第42話 初仕事の内容とは?
それからはもう、目まぐるしい日々だった。
荷物が散乱している家を、ユベール一人に託し、私とサビーナ先生はアコルセファムの中心に聳え立つ、魔術師協会の本部へ向かった。
何でも、アコルセファムに帰って来たのに、挨拶もないとはどういうことだ! という人物がいるのだそうだ。
「悪い人ではないのよ。口が悪いってだけで」
「それはちょっと……怖いです」
「でもね、リゼットのことを相談したら、魔術師協会で働く手続きを全部やってくれた人なの。あと、私の補佐をするように薦めてくれたのもね」
廊下を歩きながら、私にウィンクするサビーナ先生。
気持ちを落ち着かせるようにしているのか、はたまた相手の印象をよくするための演出なのか。後者でないことを祈った。
「失礼するわよ」
しかし、そのどれでもないことを、私はすぐに知ることになる。ノックも無しに扉を開けるサビーナ先生の姿を見て。
「リゼット。紹介するわね。この方が現、魔術師協会の会長を務める、アルベール・フォルトよ。彼も私の教え子なの」
「あの、サビーナ先生?」
「何?」
「他に言うことがあるのではないですか?」
承諾も無しに入室。さらに勝手に紹介。これは……明らかに失礼では?
「あら、私としたことが。只今戻りました。それでこちらが――……」
「もういい、エルランジュ女史。君はもう喋るな。リゼット、と言ったか。どうやら君はマトモなようだ。すまないが、当分の君の仕事は、エルランジュ女史が溜めに溜めた書類を、代わりに処理してくれ。やり方は――……」
「待ってください。もしかして、補佐というのは……」
サビーナ先生もサビーナ先生だが、アルベールという人もまた大概だった。
挨拶も無しに本題に入り、さらには突然、仕事の説明をし出すところが何とも。さすがは教え子。いや、私もそうなんだけど……。
なんだろう、この違い。もう、訳が分からなかった。
しかし、私の心情などお構いなしに話はどんどん進んでいく。
「エルランジュ女史の尻拭い……いや、世話係と言っても過言ではない。何せ、理事をしているものの、ほとんど本部にはいないのだ。お陰で仕事が滞っていて敵わん」
「あら、リゼットが落ち着くまでは、ここにいるわよ」
「そういう問題ではない。仕事をしろ、と言っているのだ。馬鹿者」
どちらが先生なのか分からないほど、アルベールさんは遠慮がない。机を叩いてまで怒りをぶちまけている。けれどサビーナ先生は、相変わらずどこ行く風だった。
「だからすまないが、当分の間はエルランジュ女史の執務室で働いてもらう。落ち着いたら、適切な部署に回すよう手配をするから、我慢してくれ」
「はい。何と言いますか、ありがとうございます。色々と気を遣っていただいて」
「いや、補佐をしてくれる者を養子に迎えるように薦めていた身でね。だから困ったことがあれば、遠慮せずに頼ってくれ。今、君に出て行かれては困ってしまうんだ」
「わ、分かりました。一生懸命、務めさせていただきます」
アルベールさんの言葉とニュアンスで、いかにサビーナ先生が迷惑をかけているのかを、思い知らされた気分だった。
***
「へぇ。意外とサビーナさんってズボラだったんだね」
その日の夜、私は一部始終をユベールに話した。
サビーナ先生では、仕事の説明をきちんとできるのか怪しいため、それ用の人をつけてくれること。毎日、魔術師協会本部にサビーナ先生を連れて来ることもまた、私の仕事なのだと、熱弁を振るわれたことなどを。
「うん。でも、お陰で歓迎されていることが分かって安心したわ。サビーナ先生の紹介だから、断り切れずに承諾したって可能性も否定できなかったから」
何せ、魔術師協会の理事を務めている。権力を振りかざす人ではないけれど、今回は緊急事態に近いものだったから、心配していたのだ。
「それじゃ、僕の方も多少は安心していいのかな。まだ、仕事ができる体制じゃないから、相談しに行けないけど」
作業台など、荷物を搬入したからといって、ユベールの方はすぐに仕事を再開することはできなかった。配置場所など、どこをどう使おうか、色々と悩んでいるらしい。
今いるこの寝室も、明日には別の部屋に成り代わっていることだってある。それくらい、ユベールは
「私も手伝えたらいいんだけど、サビーナ先生が抱えている書類が多いらしくて。早速、明日から行くことになったの」
「大丈夫?」
「うん。サビーナ先生もいるし、ようやく恩返しができる、と思うと、さらに気合が入るの」
あと、ユベールがいてくれるのが大きい。仮に仕事で凹んでも、すぐに回復出来そうなきがしたからだ。
すると突然、抱き上げられ、ユベールの膝の上に座らされた。さらにこめかみにキスをされて、私は身を捩る。が、腰をしっかり掴まれていて、逃げられなかった。
「リゼットは頑張り過ぎる懸念があるって、サビーナさんから聞いていたから、心配だよ」
「否定できないかな。ただでさえ、落ちこぼれ魔術師なんだもの。できることを頑張りたいじゃない?」
「それは僕も分かる。今の仕事にありつけるまで、何ができるんだろうって色々とやったから。その中には、全くダメなのもあったしね」
「ユベールでも?」
「得手不得手は誰にでもあるから」
その時のことを思い出したのか、ギュっと抱き締められた。
「僕も、ここで新しいお客さん相手に、無事に仕事ができるのか、不安なんだ」
「私も。二人で頑張りましょう。仕事は別々だけど、一人じゃないから」
「っ! うん、そうだね。僕たちは一人じゃない」
私たちはお互いに見つめ合い、笑い、唇を重ねた。どちらが先にしたのかは分からない。それでも私がユベールを、ユベールが私を求めたことには変わりなかった。
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