第227話 のんびり暮らそう

 目の前で事件の首謀者たる偽物の聖女が自害した。


 心臓に短剣を突き刺し、止める間もなく絶命する。


 一応、俺が持つ治癒スキルで治療を試みるが、治癒であって回復じゃない。俺のスキルでは、死んだ人間は蘇らない。




「……問題自体は片付いたな」


 俺の口から低く冷たい声が漏れる。


 怒っているわけじゃない。ただ、全てが終わって虚しくなっただけ。

 それはスカディたちも同じだろう。偽物の聖女を見下ろし、どこか憑き物が落ちたみたいに答える。


「そうですね。外にいる魔物たちも今頃は勇者様たちが討伐してくださっているでしょうから、私たちはすぐにでもこの国から離れないと」


 目下、指名手配を喰らっている俺たちがこんな所にいると、見かけた住人に通報されてしまう。


 騎士たちが即座に駆け付けられるような状況じゃないが、それでも面倒事は避けるべきだ。

 何より、この国にはまだ敵がいる。勇者イルゼと騎士団長のエリカが。


 俺は即断した。


「ひとまず聖王国を出よう。サブプランにはなるけど、ゆっくり余生を過ごすのも悪くないよね」

「どこか行くあてはあるんですか?」


 スカディの問いに、俺はややあって答えた。


「南に下っていくと港町があるんだ。そこからさらに南、もしくは西に行くと、穏やかな土地が広がってる。きっとスカディの指名手配もされてないよ、そこなら」


 聖王国からはかなり距離のある国だ。俺たちが事件を起こしたのが早すぎてまだ指名手配されていないはず。


 偽物の聖女も死に、もはや偽りの聖女スカディを捕まえろ、殺せ! という状況ではなくなった。

 場合によっては聖女スカディは死んだことにして、適当な情報を流せばいい。


 追っ手や指名手配さえなんとかなれば、その後の暮らしはどうとでもなる。

 この世界には冒険者なる職業だってあるしな。

 力だけが自慢の俺は、魔物でも倒しながら彼女たちを養えばいい。


 一つ不安なことがあるとすれば……今後、簡単にはシナリオに介入できないって点だ。


 他にも救いたいヒロインはいたが、その活動を再開するのに時間がかかる。

 一人や二人、場合によっては死ぬ可能性があった。


 残ったヒロインは三人。どれも死ぬのは後半だ。猶予はある。あるが……妙な不安を感じる。

 俺が変えたシナリオが、どんな方向に運命を歪めるのか。

 それだけが、唯一の心残りだった。


「南の国……私はよく知りませんね。聖王国から出たことはなかったので」

「初めての場所だね。王国も初めてだったけど、不思議とワクワクするなぁ」


 リーリエが空気を和ませるために空元気を出す。クロエもそれに乗っかった。


「そうね。今更時間は巻き戻せない。過去ばかり憂いていないで、今は前を向きましょう。みんながいればなんとでもなるわ」

「リーリエ、クロエ……その通りですね。私も気分を入れ替えます。新しい生活が待っていると思えば、意外と楽しみになれますね」


「約束するよ。俺が絶対に君たちを幸せにしてみせると」


「「「し、幸せに⁉」」」


 スカディ、リーリエ、クロエの三人が、ほとんど同時に反応を見せた。

 気のせいか全員の頬が赤い。


 まさか今のがプロポーズになった……なんて言わないよね?

 そうだとしたら、俺は——それでいいかと納得した。


 もう後戻りはできない。進んだ以上、責任を取って結婚という道も悪くない。

 俺なんかでよければ、の話だが。


「やっぱり私たち三人でネファリアス様の奥さんになろうよ!」

「な、何を言ってるんですかリーリエ! 気が早いです!」

「でもどうせ遅いか早いかの違いでしかない。私はネファリアス様が好きだから」

「私も~」


 狼狽えるスカディに、リーリエとクロエはさらりと答えた。


 目の前でそんなこと言われると微妙に気まずいんだけどなぁ……うん。

 けど嬉しいから何も言わない。


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた三人を見守りながら、俺はくすりと笑った。


 ここから、新たな俺の物語は始まる。

 それが吉と出るか凶と出るか。

 この時の俺たちはまだ何も知らなかった。











「……ねぇ、エリカ」


 ネファリアスたちが聖王国から脱出しようとしていた頃。

 街に押し寄せてきた大量の魔物たちを討伐した勇者イルゼが、傍らに佇む騎士団長エリカに声をかける。


「何かしら」


「結局、僕たちの声はネファリアスくんに届かなかったね。もう逃げられちゃったかな」

「でしょうね。今後も彼には勝てる気がしないわ」

「僕たちなら彼のことを守れると思ったのに……まさか自分の力だけで全てを切り開こうとするなんて」


 無謀だ、とは言わない。だが、少しだけイルゼは寂しかった。


「辛いなぁ、この立ち位置は」

「やめる? 勇者なんてしがらみに囚われず、ネファリアスを追いかければいいじゃない」

「ダメだよ。僕は勇者だ。みんなの希望を背負ってる。神託を受けたあの日から……僕はもうただの平民じゃいられなくなったんだ」


 自らの掌を見つめる。

 傷付いたその掌には、何が浮かんでいるのか。


 しばらくイルゼは、思考の波へ体を預ける。




「私は……」




——————————

【あとがき】

諸事情により完結扱いにします。

今後更新されません。

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俺だけレベルアップする異世界で、悲劇の悪役がすべてを救うまで~クソゲーと言われた世界のシナリオをハッピーエンドへと導け!~ 反面教師@6シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi

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