第226話 退場
女性悪魔エイミーを助けようとした男性悪魔ベレトを討伐する。
首が地面に落ち、体が力なく倒れた。
その光景を見届けて、俺はようやくホッと胸を撫で下ろす。
「終わった、のか……」
言葉には様々な感情、意味が籠められている。
戦いが終わった。
無駄な争いが終わった。
聖女スカディの物語が——終わった。
ここまで国が荒れ果てたのなら、もはやベレトが語ったように聖女信仰など地に落ちたも同然。
今更誰が聖女を称える。そもそも聖女とはなんだ。
守るべき民を失い、守るべき国は崩れ、守るべき秩序は……。
周囲から聞こえてくる住民たちの悲鳴。それが、洗脳の終わりと日常の終わりを告げていた。
ここからスカディを元の聖女に戻すことはできるのか?
偽物の聖女を捕まえて悪魔の死体を見せつけてもなお、住民たちの心はただただ聖女への疑問で満ちるだけ。
下手すれば偽物の本物も処刑すべき、という意見が出てもおかしくない。
どちらも殺せば、新たな聖女はいずれ生まれる。ある意味それが一番手っ取り早い。
「ひとまずスカディたちの下に帰るか……」
くるりと反転、ゆっくり来た道を戻る。
なんだか酷く疲れた。考えが固まらない。
呆然と周囲を見渡しながら歩いていくと、やがてスカディたちの姿が見えてくる。
彼女たちは様子の戻った俺を見て、一斉に駆けた。スカディもしっかり復活している。
「ネファリアス様! よかった……あの悪魔は倒されたのですか?」
「うん。ちゃんと二体ともとどめは刺したよ。それより……安心したのはこっちだ、スカディ」
俺は彼女を抱き締める。
「ね、ネファリアス様⁉」
スカディが驚きの声を上げるが、今は羞恥心云々など言ってる状況ではなかった。
ぽつりと言葉を漏らす。
「ごめんな、スカディ。俺がお前をしっかり守ることができていれば……。俺が、もっとうまく行動していたら、すんなり聖女に戻れたかもしれないのに」
「ネファリアス様……」
全て俺の弱さと判断のせいだ。
この状況は、俺が作り出したと言っても過言じゃない。
「そんなこと言わないでください」
きっぱりとした声がスカディはそう返した。
腕を回して彼女のほうからも俺を抱き締める。
「ネファリアス様が傍にいてくれたからこそ、私たちはここまでやってこれたんです。ネファリアス様がいなかったら、とっくに私たちは捕まって殺されていました」
「そうだよ! ネファリアス様は悪くない! 私たちがもっと役に立てれば……」
「今回ほど自分たちの無力さを痛感した戦いもなかったわ。ネファリアス様にばかり負担をかけて……」
リーリエもクロエもスカディに続いて懺悔する。
三人の顔には、俺を責める感情も後悔の色もなかった。
純粋に自分たちの責任を感じているだけ。それも、常人なら発狂してしまいそうなほど苦しい中で。
「みんな……ありがとう」
本当はどうしようもない気持ちを抱いているはずだ。
これでほぼ確実に全てを捨て去ることになる。後戻りはきかない。前に突き進み、何もできなかった。
俺でさえこれだ。救われなかった彼女たちがどのような内心なのか……少しだけ察することができる。
だが、これ以上は何も言わない。
彼女たちが納得したと言ってるのに、いつまでも俺がほじくり返すのは違うだろう。
今はただ、今後のことを考え、彼女たちをいかに守るのか——それが大事だった。
「はは……あはははは!」
ふいに、前方から女性の笑い声が聞こえた。
全員の視線がそちらに向く。
笑っているのは、同じく全てを失った偽物の聖女。
彼女は、虚ろな瞳で俺たちを見つめる。
「悪魔に魂を売ってでも私は幸せになりたかっただけなのに。結局は何もかもが手元から零れ落ちたわ……あはは!」
完全に正気を失っていた。
彼女はどうするべきか。殺すか、神殿に突きだすか。どちらも間違っているようで間違っていない。
殺せばスカディの鬱憤は晴らせる。本人が嫌がってもきっと楔になっているはずだ。
逆に神殿に突き出しても、処刑されるかまた聖女の地位に返り咲くか。
実際に結果を見なきゃ解らない。だから、俺は少しだけ彼女の処遇を考える。
その時。
俺もスカディたちも油断していた。彼女はもう何もしないとばかり高をくくっていた。
その隙を突くように、偽物の聖女が短剣を取り出す。
護身用の短剣だろう。鞘から抜いて——逆手に持った。
自らの心臓へ向けて、偽物の聖女は短剣を振り下ろす。
「しまっ——」
出遅れた。反応が遅れた。もう間に合わない。
スローモーションのように動く偽物の聖女。彼女の胸元に短剣が刺さり、真っ赤な血が飛び出した。
最後まで偽物の聖女は笑みを変えない。苦しみながらも笑い、倒れる。
「か、は……っ」
血を吐いて絶命する。目を開け、最後に見た光景は——空。
澄み渡るような青空だった。
「あれが……彼女の選択ですか」
どこまでも自分勝手に彼女はこの世界から退場した。
わずかに伸ばした俺の手は、虚空を掴んで下がる。
今度こそ全てが終わった。
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