10話
「おい、ほんとに大丈夫なのかよ」
「しつこいな。道は覚えてるって言ってるだろ」
まだ日も昇らない暗いうちから、雪上車は集落を背にして発進していた。
「問題ないよ……多分。そもそも一方向に進んでいくだけなんだから迷いようがないさ」
「聖二は山を舐めていると思う。すっごく不安」
「なんでお前は山を知ったふうな口なんだよ」
努めて明るく、というわけではないが――できる限り
本人は帰りも自分が運転すると言い張ったが、まだ無理をするなと皆が
聖二とて別に自信に溢れているわけではなかったが、愛海のことはしばらく休ませ、それでいて速やかにあの集落から離れてしまいたかった。
住人たちは逃げ惑うでも、あるいは怒り狂うでもなく、分厚く固いパイクリート製の家々に
大人たちは勿論、後から生まれた
王を失った
その終わりの運命からは、おそらく逃れられないだろう。
唯一の肉親である父と生まれ故郷とを、愛海は
人間のことを、未だに同類とは思っていないけれど。多くの狩人たちに、今の自分と同じ悲しみを振り撒くところだったのだ。
この胸の痛みはきっと、受けるべき報いなのだろう。
そしてこれから先も、きっと色んなことに傷つきながら、自分は生きていく。
ワイルドハントとしての目覚めは、陽彦たちにとってはただ
関わっていくあらゆることを、もう誰のせいにもできはしない。
「……みんな、ずっと一緒にいてくれますか?」
問いかけた言葉に、三人が深く頷く。
それだけが唯一、いまの愛海に残された救いだった。
※※※
太陽が空へと昇り、青ざめた月が掠れていく。
雪面の傾斜が緩やかとなり、やがて平らとなって、しばらく走った頃――見慣れた英数字の標識を見つけて、ようやく聖二は安堵した。あとはもう目印を辿っていくだけだ。
少し休もうと雪上車を停めて、そこで火を焚いた。
珍しく愛海も血液以外の経口食を求めたので、取っておいた配給の
「ありがとうございます……おいしいです、温かくて」
「ああ、なんせ僕は温め名人だからね」
冗談めかした言葉に、愛海がようやくくすりと微笑んだ。
食事を終えたあと、火を片付けて一息つく。
「なあ、誰も苦しまなくていい世界って、あると思うか?」
遠くの空を眺めながら、陽彦が漠然とみなに問いかけた。
「
「その頃も、紛争や問題は絶えなかったらしいけどね。まあ、五十億もの人間が生きていたっていうぐらいだ。いまと比べれば、遥かにマシだったとはいえるのかもしれない」
途方もない数だった。現実にそんな時代があったなど、今を生きる四人には想像すらも難しいほど。
「無理やり終わらせたりすることは、できなかったんですよね?」
「ああ。かつて試みた国があったけど、うまくいかなかったよ」
それが人間たちの社会が出した結論だった。たかが数名の狩人が、ちょっとした境地に立ったからといって変わることなどない、目の前に横たわる現実。
「おれらでやんねえか。クソみたいな厳冬を、ぶっ殺すんだ」
どこまで本気なのか分からない声で、陽彦がそう提案する。
「悪くないね。何から手をつけたらいいのかも分からないけど」
「お前に分かんねえなら、おれにも分かんねえけどよ。あの『聲』みたくとんでもないモン見せられた後なら、おれたちだってなんかできそうな気がしねえか?」
それもそうだとみな頷いた。陽彦は
「ちょうど残り三本だ。お前ら吸うか?」
「
「いや、今これ吸ったら、禁煙しようと思うんだよな」
その言葉に、みなが驚いた。特に深雪が、わざとらしく
それを無視しながら、陽彦が続ける。
「別に、
「ああ、確かに。それにどのみち、ずっと一緒に居てあげなきゃいけない子もいるしね」
「仕方ないから、手伝ってあげる。あなたたちどうせ、私抜きじゃ大したことできないだろうし」
「みんな一緒なら、きっとできちゃいますよ。もしかしたら、拍子抜けするぐらい簡単に、当たり前に」
ライターの小さな火を皆で分ける。混ぜ物だらけの安っぽい多幸感に脳みそを
凍てついた世界の中心で寄り添う四本の煙が、晴れ渡った空に立ち上っていった。
凍てつきのワイルドハント 霰うたかた @9_dokumamo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます