バズれメロス

青水

バズれメロス

 メロスは激怒した。

 必ずかの邪知暴虐のセリヌンティウスを、登録者数で抜かさなければならぬと決意した。我が友セリヌンティウスは、登録者一〇〇万人超えのユー〇ューバーである。対して、メロスは登録者三桁の弱小ユー〇ューバーである。悔しくてならぬ。メロスは嫉妬した。


 メロスは村の牧人である。けれども、自己顕示欲と承認欲求に対しては、人一倍敏感であった。メロスは羨ましかった。人気ユー〇ューバーとなったセリヌンティウスが羨ましかった。美しい女房をもらったセリヌンティウスとは異なり、メロスは独身で一六の内気な妹と二人暮らしだ。しかも、その妹は近々結婚し、メロスは一人暮らしとなる。


 メロスは、シラクスの市を歩きながら煩悶した。

 どうしたらバズるだろうか、と。


 石工系ユー〇ューバーセリヌンティウス。

 牧人系ユー〇ューバーメロス。

『石工』と『牧人』でどうしてここまで人気に差が出るのだろうか。『モノづくり系』はユー〇ューブにおいて需要がある一方、『飼育系』は需要がないのだろうか。否、犬や猫の飼育動画で、登録者が一〇〇万人を超える人気ユー〇ューバーだって多々存在するはずだ。


 動物の種類が駄目なのだろうか。犬や猫と異なり、羊には大して需要がないのだろうか。『羊の毛、刈ってみた!』という動画をアップしたものの、動画の再生数はひどく伸び悩んだ。一〇〇再生をわずかに超えた程度だった。

 対して、セリヌンティウスの『予算一億! 大理石で家つくってみた!』という動画は、バズりまくって再生数が五〇〇〇万を突破していた。コメント欄は古代ギリシア語以外にも、英語、サンスクリット語、シュメール語、日本語などなど世界中の言語で書かれている。メロスの動画には、古代ギリシア語のコメント一つすらないことがデフォルトだというのに。

 邪知暴虐と言えば、王もユー〇ューバーをやっている。その辺を歩いていた老爺に質問を重ねて聞き出したのだ。


「王様は人を殺します」

「なぜ殺すのだ」

「バズるためです。炎上系の極致と言えるでしょう。この前も『悪心を抱いている家族・親戚を処刑してみた』という動画をアップし、大炎上してネットニュースになっておりました」

「驚いた。国王は乱心か」

「いいえ、乱心ではございません。国王は『バズる喜び』を知ってしまわれたのです。炎上してネットで叩かれまくることすら、快感になってしまわれたのです。悪名は無名に勝る。たとえ叩かれ罵詈雑言を浴びせられようと、大量のアンチを生み出そうと、目立った者が勝者となる――それが現在のユー〇ューブなのです」

「現代の闇だな」


 メロスは感心した後、激怒した。


「呆れた王だ。生かしておけぬ」


 メロスは単純な男であった。バズるために王城に不法侵入し、呆気なく警吏に捕縛された。全身を調べられ、懐から短剣が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。

 上空では自動操作型ドローンに取り付けられたカメラが、一部始終をライブ配信していた。同時接続者数は、登録者の一〇〇倍超え――一・八万人ッ!!!


「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」

「『邪知暴虐の王、殺してみた!【ドッキリ】』をするつもりだった」


 よく見ると、その短剣はおもちゃだった。人に突き刺すと、刃の部分が引っ込み、同時に血糊が出てくる構造だった。


「知ってるか、王よ。今、ユー〇ューブでは『ドッキリ動画』が人気なのだ」

「黙れ、下賤の者。それくらい知っておるわ。貴様のような不届き者は、この場で磔にして、その様子をライブ配信してくれるわ」


 激怒する王を見て、メロスは慌てて早口で喋る。


「こ、これは命乞いではない。ただ、私に情けをかけたいつもりなら、処刑までに三日間くれ。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ずここへ帰ってきます。約束は守ります、絶対。そんなに私を信じられないなら――よしっ、この市にセリヌンティウスという登録者一〇〇万人越えの石工系ユー〇ューバーがいます。あれを人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮れまで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺してください」


 王は残虐な気持ちでほくそ笑んだ。

 セリヌンティウス。登録者一〇〇万人越えの石工系ユー〇ューバー。何回か動画を見たことがある。奴を磔刑に処したら、話題になること間違いなし。ライブ配信をすれば、スパチャと罵詈雑言が嵐のように飛び交うだろう。


「ちょっとくらい遅れて帰ってきてもよいぞ」

「ふざけるな!」


 竹馬の友、石工系ユー〇ューバーセリヌンティウスは、深夜ベッドで寝ているところを叩き起こされ、王城へ召された。最近、コラボした美容系ユー〇ューバーによるドッキリ企画かと思っていたので、メロスは事情を丁寧に説明した。

 セリヌンティウスは激怒した。縄打たれた。同接は五万人を超えた。視聴者はセリヌンティウスに同情し、夜食代としてスパチャを投げまくった。赤スパがコメント欄を飛び交った。メロスと王に対する罵詈雑言も飛び交った。


 メロスはスマートフォン片手にすぐ出発した。村に着くまでに、一〇〇〇万のスパチャが投げられた。その大半は結婚するメロスの妹に対するご祝儀であった。汗だくになったメロスに対するスポドリ代もわずかながらあった。


 村に着くと、疲労困憊でメロスは倒れそうになった。妹に綺麗な衣装を渡すと、彼女はすぐにその衣装に着替え――踊り出した。一六の内気な妹は、ティッ〇トッカーであった。

 メロスは仮眠を取ると、ニ〇生主である花婿の家を訪れた。


「ちょっとした事情があるから、結婚式は明日にしてくれ」


 メロスは自分勝手なことを一方的に述べた。


「ちなみに、結婚式の様子は私のユー〇ューブチャンネルでライブ配信させてもらう」


 婿の反論を、メロスは聞き流した。婿は自分の意見が聞き入れられないと悟ると、すべてを諦めた。

 結婚式は休日の真昼に行われた。飛び交う赤スパ、同接一〇万オーバー、チャンネル登録者数は知らぬ間に一〇万人を突破していた。祝宴の最中に宅配業者がやってきて、メロスに銀の盾を渡した。目指すは金の盾――いや、ダイヤモンドの盾だ。


 メロスは宴席から立ち去ると、羊小屋に潜りこんだ。『羊小屋で眠ってみた!』という動画をアップすると、深い眠りについた。

 翌朝、アップした動画の伸びとコメント欄を見てみると、プチ炎上していた。『羊さんが可哀想』『動物虐待だ!』『衛生的にどうかと思う』……。煽り耐性のないメロスは、アンチコメントすべてに長文を返した。すると、『顔真っ赤じゃんwww』『煽り耐性ゼロwww』などと古代ギリシア語でさらに煽られた。一時間にわたるレスバトルの果てに論破されてしまったメロスはコメントを非表示にした。

 まだ時間は十分にある。メロスはゆうゆうと身支度すると、雨の中走り出した。


「私は今宵殺される! 殺されるために走るのだ!」


 上空を舞うドローンのカメラを意識しながら、メロスは独り言を口にする。ファンとアンチによる応援コメントが矢継ぎ早に流れていく。気がつけば雨はやみ、氾濫した川を越え、山賊が現れた。メロスはドッキリを疑い、四方を見回してみたが、カメラも看板を手にした人もいなかった。

 空手一〇段、柔道一〇段、その他諸々の格闘術をマスターしているメロスは、奪い取った棍棒を用いて山賊を鎮圧した。

 その後、疲れ果てながらも必死に走っているメロスのもとへ、セリヌンティウスの弟子がやってきた。彼も石工系ユー〇ューバーである。


「メロス様、走るのをおやめください。もう遅い、手遅れなのです」

「……君、名前なんだっけ?」

「フィロストラトスでございます」


 そんな名前だったか。弟子は並走しながら、メロスに諦めるよう言った。だが、諦めるわけにはいかない。チャンネル登録者数は今この瞬間も伸び続けているし、スパチャもコンスタントに投げられている。このまま伸び続ければ、金の盾もじきに手に入る。メロスの説得を諦めたフィロストラトスは、すうとフェイドアウトしていった。

 やがて、日が沈む一歩手前のタイミングでメロスは刑場に突入した。


「私だ、メロスだ! 私はここにいる!」


 メロスが叫ぶと、なんやかんやありセリヌンティウスの縄がほどかれた。メロスは双眸に涙を浮かべると言った。


「セリヌンティウス。私をな――」


 言い終える前に、セリヌンティウスの拳が、メロスの右頬を打ち抜いた。

 メロスはお返しに、セリヌンティウスの頬を殴ろうとした。しかし、その拳は空を切った。カウンターがメロスの左頬に打ち込まれる。


「ありがとう、我が友よ」


 セリヌンティウスに抱きつこうとしたメロスは、腕を掴まれ背負い投げをされた。石畳に背中を強打したメロスは、痛みのあまりおいおい声を放って泣いた。


「……すまん、やりすぎた」

「いや、すべて私が悪いのだ」


 二人は抱き合った。

 群衆から啜り泣きの声が聞こえた、と思ったが、耳を澄ましてよく聞いてみると、それは鼻を啜る音だった。群衆の後ろにいた暴君ディオニスが二人に近づき、顔を赤らめて興奮したように言った。


「感動した。お前らは、わしの心に勝ったのだ。どうか、わしも仲間に入れてはくれまいか。三人でグループユー〇ューバーをやろうではないか。三人寄れば文殊の知恵。きっと、シラクス一――いや、世界一のユー〇ューバーになることだってできるはずだ」


 群衆の間に、歓声が起こった。


「王様万歳! メロス万歳! セリヌンティウス万歳! ユー〇ューブ万歳!」


 ライブ配信の同接が三〇万人に達した。まさに絶頂だった。メロスのチャンネル登録者数は一〇〇万人を突破していた。『一〇〇万人突破おめでとう』というコメントと赤スパが飛び交った。宅配業者が群衆を掻き分け、メロスに金の盾を渡した。

『金の盾、開封してみた』動画を撮ろうとしていたメロスのもとに、一人の少女がやってきて、マントを渡した。

 首を傾げるメロスに、竹馬の友セリヌンティウスは言った。


「メロス、君は真っ裸じゃないか。早くそのマントを着るがいい。このかわいい娘さんは、メロスの『裸体』を世界中の皆に見られるのが、たまらなくくやしいのだ」


 勇者はひどく赤面し――『牧人メロスの羊飼育チャンネル』は、ユー〇ューブのコミュニティガイドラインに抵触したとして垢BANされた。


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バズれメロス 青水 @Aomizu

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