第5話 バレたらそこで即終了

『ラプラスだ。聞こえるかテツ?』


「……あぁ、聞こえるよ。ここは?」


『そこはだな、えーっと。〈ロプトドア公国〉のようだな』


「ロプトドア公国? 公国って確か貴族が支配する君主制国家くんしゅせいこっかだよな」


 俺のオタク知識がようやく役に立ちそうな展開がきた。このバロック様式ようしきの建築物が立ち並ぶ風景は、異世界の王道〈剣と魔法が織りなす西洋ファンタジー〉的な世界で間違いないだろう。



『さぁ、我は異世界に興味は無いし』


「おいおい、アンタ異世界案内人だろうが」


『異世界案内人と言ってもあたしは最近入ったばかりのバイトだからな。そんなことよりも、お前たちにはこれから冒険者ギルドへ向かってもらうぞ』


「お! 来たね、冒険者ギルド。小二からラノベを読み漁ってきた俺だ。知識武装ちしきぶそう無双むそうしてやるぜ」


『でもその前に。マコちゃんを借りるぞ』


「え? なんでマコちゃんだけ?」


【バヒュン】


 あ、マコちゃんだけどこかへ転送しちゃったよ。なんか俺への説明がどんどん雑になっていくな、あのバイト。




 テツが1人で愚痴ぐちっていることなどつゆも知らないラプラスとマコちゃんは、再び真っ白な世界で対面していた。


『あの……どうしてわたしだけ連れて来られちゃったんですか?』


『マコちゃん、いや〈朝日奈彩音〉よ。お前は自分の置かれている立場がわかっておるか?』


 マコちゃ……いや、彩音はラプラスから問いを受けると、前足をほおに当てて「ふ~む」と考えた。あまり考えがまとまっていなかったが、とりあえずで答えてみる。



『テツくんが異世界でSランククエストをS評価でクリアする。そのための相棒使い魔がわたしですよね? いやー、テツくんに選ばれなかったらどうしようかと、使い魔選びの時間はずっと泣きそうでしたよ。本当によかった。さすがはテツくんだ、エヘヘ』


『そういうことではない。お前、自分の正体が朝日奈彩音だとテツにばれたらだとわかっておるのか?』


『へ? あたし即終了……なんですか?』


『もちろんだ。だから、異世界にいるうちはお前が朝日奈彩音だと言うことは絶対にバレてはならぬぞ』


『あわわ……まさかそんな恐ろしい制約せいやくがあるとは……。名前をマコちゃんにしておいて助かった……』


『うっかりバレてしまったらお終いだからな。だからお前だけ連れてきた。話は以上だ』


『わわ、わかりました』


【バヒュン】と音がして、マコちゃんこと彩音はテツのいる異世界へと再び戻された。



「あ、マコちゃん。早かったじゃないか」


『あ、うん。そーだね』


「何を話していたの?」


『いや、特に大したことは……』


「そっか、まぁポンコツだしな。あのバイト」


 見ると、マコちゃんはめちゃくちゃな速さで前足で顔を洗いまくっていた。顔でも汚れたのか?



 それから俺たちはラプラスの指示通り、冒険者ギルドへと足を運ぶ。中は思った以上に広々としていて、窓口が6つほどあった。俺たちは〈新規登録〉と書かれた窓口へと並んだ。


「はーい、次の方」


「あ、どうも。お願いしまーす」


 窓口の受付嬢うけつけじょうは耳の先が尖ったエルフのお姉さん。うんうん、よくある設定だ。大好物。それにしても、実際に目の前でエルフを見てみると、その見た目の美しさに驚かされる。

 

 新緑しんりょくのようなあざやかな色の髪はきぬのようだし、肌なんてピカピカに光っているようにさえ見える。それぞれ顔の造形ぞうけいは異なるものの、一定以上の美しさが保証されているような、そんな印象だ。


「では、ここに名前と年齢だけ書いてください。ステータスチェックはこのあと個別に行いますので」


「はーい。あ、これってフルネームすか?」


「登録名ですから何でもいいですよ」


「何でもいいのか……スゲー適当だな」


 それならと言うことで俺は「テツ 15歳」と記入した。横でふわふわと浮かんでいるマコちゃんにも声を掛ける。


「マコちゃんはマコちゃんでいいよな? 歳はいくつ?」


『うん、マコちゃんでいいよ。歳は15』


「え? マコちゃんって15歳なの? 俺と一緒じゃん。全然見えないね」




(しまったーーーーーッ!)


 わたしは内心焦りまくっていた。見た目にはわからないかもだけど、この綺麗な毛並みの中では冷や汗をかきまくっていた。


【自分の正体が朝日奈彩音だと絶対にテツにバレてはならぬぞ。バレたら即終了だ】


(あわわわわ……)


 これはマズいッ! 設定なんて全然考えてなかったよ。どうしよどうしよ。適当に過ごしていたらすぐにボロが出てバレちゃいそう。細かい設定はあとでめちゃくちゃ考えるとして、とりあえずこの場をどうにかしのがないと。




『あ、15歳ってのは人間の年齢にするとってことだよ。わたしは1歳だった。エヘヘ』


 マコちゃんは明後日の方向を向き口笛を吹いていた。どうした一体?


「へぇ、猫って1歳で俺と同じくらいの歳になるんだ。だからマコちゃんとは話しやすいのかも。うんうん了解」


 さらりと「マコちゃん 1歳」と記入した。




「これで俺たちもいよいよ冒険者だな」


 ギルドの登録を済ませると外に出て空気を胸に思い切り吸い込んだ。マコちゃんの首輪にもFランクのギルドバッジがぶら下がっている。



『ねぇキミ。最初のクエストはどうするの?』


「あぁ、それならもう決めてきた。人助け」


『人助け?』


 マコちゃんは覗くような視線を送ってくる。



「そう。なんか飼っていたペットが亡くなってから毎日のようにお化けが出て困ってんだってさ。面白そうだろ?」


『面白くなーい! やだやだ怖い! お化け嫌い!』


「そうなの? じゃあマコちゃんは留守番だな」


『へ?』


「言ったじゃん。もう決めてきたって」


『……キミのそういうところだよ』


「え?」


『……ふふっ、何でもない』


 それまで苦笑いを浮かべていたマコちゃんがフッと柔らかな笑顔に変わる。

 その表情はどこかなつかしくて、心をそっとくすぐられたような気がした。



第一部 完

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異世界青春狂騒曲~クエスト失敗で即終了!?~ 月本 招 @tsukimoto_maneki

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