【4-11】コナリイのお客様 上

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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 コナリイ=オーラムは、金髪麗しい女の子だ。しかし、まごうことなき帝国陸軍准将でもある。襟章は伊達じゃない。


 女児准将は忙しい。


 ピカピカの小さな軍靴が、いつもパタパタと行き来している。背後に七三眼鏡の傅役もりやくを従えて。


 帝国暦385年の暮も迫ろうとする今日も、スケジュールはなかなかハードである。


 朝は自国領内の者たちと年始祝賀会の段取りについて協議し、昼前には軍議参加のため馬車で陸軍省へ出かけ、ティータイムには応接室で客人の対応だ。


 慌ただしい移動の際も、コナリイはすれ違う相手に笑顔や敬礼を忘れない。白手袋をはめた片手が掲げられるたびに、淡くやわらかな金色の髪が揺れる。


 そうした答礼のえいよくし、直立不動の下士官たちがまた、女児准将に首っ丈となるのだ。



 だが、准将は会議や軍議に参加し、時折愛想を振りまいていれば務まるものではない。


 将官とて書類仕事と無縁ではいられなかった。スケジュールの合間に未決の書類に目を通しては、小さな手で一生懸命サインしている。


 読解時の癖なのだろう――かたちの良いおでこに皺寄せて、水色の瞳をうんと細める様子は、ちょっぴりおじさんくさい。


 この日も、そうこうしているうちに、来客応対の時間になってしまった。



 コナリイビルを訪れる客層は、千差万別――人種に富む。


 陸軍省の高官から財界のお偉いさんまで、女児准将に進んで会いに来た。そこには、多かれ少なかれ損得勘定が付きまとっていたはずだ。


 だが、古傷重々しい強面こわもても、狡知こうち極めし髭面も、淡き金髪少女を前にすると骨抜きメロメロになってしまう。大方、孫娘の顔を見にやってくるような塩梅あんばいだ。




 レクレナ少尉は小さく深呼吸してから、応接室の扉をノックした。トレーの上にはティーセットが収まっている。


 蜂蜜頭の少尉は、コナリイ准将閣下からお茶の給仕を頼まれていた。


 この日のお客様は3名――どの方も女児准将の愛らしさに取り乱すことなく、落ち着いている。


 主賓は、オーク教の僧正・ダラン。帝国国教・太陽神信仰における最上位者であった。


 白髪を清潔に整え簡素な祭服を身にまとった初老の男は、穏やかさのなかに貫禄を兼ね備えている。


 彼は、帝国最高学府・オーク大学の学長でもあった。


 コナリイは教えを乞うため、帝都郊外の丘上にある学びの門を定期的に叩いている。父宰相の命により、家庭教師とは別に易学・暦学・歴学をダランから直に学んできたのであった。



 レクレナは部屋の片隅でソーサーを並べ、カップを重ねていく。そして、そこへ琥珀色の液体を注いでいった。湯気とともに。


 長らくの学問の師を務めていた僧正は、間もなくアロード大海を東に渡るらしい。


 イーストコノート大陸のはるか北原にて営まれる大法要――それを執り仕切るのだという。ここのところ、帝国軍を悩ましているブレギア国からの依頼なのだそうだ。


 帝国と銃火を交わしている相手だろうと関係ない。信徒であらば要請をいただいた以上、大海すら渡る――それが、オーク教派のあるべき姿なのだ。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

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 彼等は、長い歴史に裏付けられた独立独歩の気概が強い。分派したシャムロック教派とは異なり、権力機構にびることはしないのだ。


 太陽信仰が、帝国の権力闘争の末に元祖のオーク教派と、新興のシャムロック教派に分派したことは、随分前に書いた気がする。


第1部【9-7】舟出 上

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「ブレギア……」

 草原の国名を漏らすや、しばし口をつぐんでいた女児准将は、ハッとした様子を見せた。その刹那、少女は表情にたちまちを施す――しばらく授業はお休みなのか、と水色の瞳を輝かせて。


 僧正は優しくかぶりを振った。留守の間、代わりの先生を紹介するという。


 それが、もう1人のお客様だった。


 ダランに促され、隣のソファに腰掛けていた人物が心もち姿勢を正し、頭を下げる。



「すぅっっっごおく、綺麗なでしたぁぁぁ~~~」

 レクレナ少尉は、階下のレイス麾下執務部屋に戻るや、客人が絶世の美女だったと先輩・同僚へ報告する。


 長い銀髪は後頭部で束ねられ、お馬さんの尻尾テイルのよう。肌はベリーク産の陶器のように白くすべすべで、菫色の瞳の上にあるまつ毛はとても長くって――レクレナの興奮は止まらない。お客様へ引っ掛けることなく、無事にお茶を提供し終えたことで、自信満々なのだ。


 美の傑作のような客人は、最高学府始まって以来の秀才なのだという。飛び級を重ね、二十歳そこそこで助教の位に就いてしまったそうだ。


 僧正が御留守の間、その銀髪美女がコナリイ准将閣下の教師を担当するのだという。それも、オーク大学ではなく、このコナリイビルまで御足労いただけるそうな。



「「「「よっしゃー!」」」」

 カムハル少尉以下、ニール准尉、ロビンソン軍曹、ムーア曹長等男衆は、一斉に沸く。


 美女家庭教師は、このコナリイビルへ毎週通うという。男どもは、出仕に精が出るというものであろう。


 蒼みある黒髪あでやかなトラフ中尉副長が、レイス中佐ボスと共に帝都を離れて久しい。おっかないけれども、ボスに夢中だけれども、美麗な副長の不在は男性陣に寂寥せきりょう感をもたらしていた。


【4-3】 ぐーたら参謀の新婚生活? 下

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 女児准将は、とてつもなく可愛らしいが、彼等からすると幼過ぎるのだ。帝国宰相の娘という高貴すぎる身分も、畏れ多い。



「でも~~銀髪先生、七三眼鏡さんとお知り合いのようでしたよ~」


「「「「なにいぃぃぃッ!!???」」」」

 蜂蜜頭の少尉の何気ない一言に、全員が浮かれていた言葉を飲み込む。



「モイルさん、お久しぶりです」

「……」

 銀髪美女はやや落ち着いた声音で、童女准将後方の青年に挨拶したそうだ。七三眼鏡は、無言のまま軽く会釈を返したのだという。


 だが、レクレナの給仕係としての仕事――室内観察――はここまでであった。全員にお茶を提供し終えた以上、いつまでも応接室に残っているわけにはいかず、退室を余儀なくされたのである。



 ぐぬぬぬ……男衆から見ても、腹立たしいことに、モイル中佐は黒髪涼やかなハンサムだ。


 銀髪美女と七三イケメン眼鏡は、お似合いカップルではなかろうか。2人は、どのような間柄だったのか――レイス隊の面々は、もはや仕事どころではない。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブレギア国の先代国主の法要と、新国主の即位式を執り行った太陽信仰のダラン僧正と言えば、賢明な読者様は覚えておいでだろうか(筆者は失念しておりました……)。


【4-8】 凱旋と就位 下

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818093072958788775


思い出された方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「コナリイのお客様 下」


「先任少尉殿は放っておこう」

カムハルたちは先輩に対して素っ気ない。先任少尉殿の頭のなかには、副長とソル嬢と筋肉しか詰まっていないのだから、と。


天井に届きそうなほど大きな人物の両目が、蜂蜜頭をとらえたようだ。クワッと口が開き、そこから野太い声が響く。

「嬉しい!ありがとーーー♡」

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