【4-3】 ぐーたら参謀の新婚生活? 下

【第4章 登場人物】

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「蜂蜜さんや筋肉くんじゃね……」


 時は少しだけさかのぼり、帝国暦385年3月。帝都・陸軍省管轄下、煉瓦造りの建物――最上階執務室では、コナリイ=オーラムが悩んでいた。


 金髪の童女准将を悩ませていたのは、今回の「企て」に際して、実行者の選任だ。


 当意即妙――主担当は弁の立つ者を据えねばならない。コナリイは古参の部下たちを見渡しても、結局、立案者たる紅髪の青年中佐セラ=レイスは外せなかった。


 それを補佐する人物となると――潜伏期間中の護衛から総仕上げまで、銃の腕は必須マストとなる。


 蜂蜜頭の少尉ニアム=レクレナが、両手を万歳して補佐役に立候補したが、コナリイの水色の瞳には映らなかった。彼女の拳銃は、レイスの背中を打ち抜きかねない。


 補佐役は、レイス一党の副長――蒼みがかった黒髪の中尉キイルタ=トラフに落ち着いた。


 黒髪美しい副長さんを補佐役に据えるのは、順当な人事だろう。それなのに、少女の胸の内にモヤモヤとしたものが湧きおこるのは、どうしたものか。



 副長が内定した途端、自分も帯同させてほしい、と筋肉だるまアシイン=ゴウラの暑苦しい顔が迫った。コナリイの短身瘦躯はのけぞったが、方針を変えようとはしなかった。


 この作戦は、隠密を貴ぶという。レクレナやゴウラが加わったら、たちまち見世物小屋のようなやかましさになってしまうだろう、と。


【2-2】 初顔合わせ 中

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 それでも、異国の地へ長期間の潜伏である。おまけに交易関係者が住まう集合住宅だ。レイス・コナリイの2人だけでも、上官・副官の関係が前面に出ていたら、目立ってしまう。


 2人へ辞令を手渡し終えた後も、コナリイは淡い金色の頭をひねっていたが――閃いた、とばかりにポンッと手を打った。


「セラ=レイスと副長さんの関係は、夫婦ということにしたらどうかしら」

 白手袋の人差し指を立てて、コナリイはニッと笑う。


「フーフ?」

 辞令を受けたった時そのままに、しばらくトラフの灰色の瞳は、感情に乏しいものだった。


「そう、副長さんは奥さんなの」

 悪乗りしている――少女には自覚があった。でも、どうしてか悪ふざけの衝動を押しとどめることができない。


「……ふ、フ、ふ、ふーフッ!?お、お、お、おくさん!!??」

 副長殿はワンテンポ遅れて、さんの提案内容を理解したようだ。

 


「いっそのこと、本当に結婚しちゃう?――ヒッ!?」

 いたずらっ子の表情全開となったコナリイの眼前に、異様な光をたたえたものが2つ――トラフ中尉の瞳だ。もはや灰色ではなく、赤みを帯びている。


「それ、命じてください」

 いま命じましょう、さあ命じましょう、そら命じましょう――副長殿の圧から逃れようと、コナリイは背後を振り返る。


「ファ、ファディ、助けて……」


 だが、七三眼鏡の中佐ファーディア=モイルは、いつものように主人のもとへ颯爽と駆けつけない。


 彼は、少女から一定の距離を保ったままであった。縁なし眼鏡のせいで表情はうかがいにくいが――どうやら、怒っているらしい。


 そういえば、何度かこの傅役ファディを怒らせたことはあるが、いつも以上に感情を表に出さず、静かにたたずむのだった。


 でも、いまどうして怒っているのかしら――迫りくる副長さんの鼻息が、コナリイの思考を中断させる。


「ファ、ファディ、た、助け、に、にゃああああーーーー」


 コナリイの桃色のほっぺに、犀利さいりなもの――トラフの鼻先――が突き刺ささった。



***



 トラフは、洗面台の鏡に見入り、意気阻喪しょぼんと頭髪を整える。


 あの時、オーナーたる童女准将を鼻先で小突き回してしまったのは、やり過ぎだった。


 おまけに、勢いに任せて、大きなハートマーク入りのエプロンまで買い込んだことを、彼女は恥じ入っていた(当該エプロンは、赴任の途中――洋上で正気に戻った際、大海アロードへ投げ捨てた)。


 は論外としても、共同生活の間、上官は自分に対して興味を示さない。


 蒼みがかった黒髪を下ろしていることにも、彼はまるで関心がなさそうだ。長い髪など隊務に邪魔なのでは、くらいにしか思っていないのだろう。


 胸中に湧きおこる寂寥感をなだめつつ、口元ほか薄い化粧も整えていく。


 だが、ここは草原の国の西端だ。赤髪の娘ソル蜂蜜頭レクレナも、何より金髪の司令官コナリイも――邪魔者恋敵はいない。


 あのさんが、はじめての恋心に気が付くのも、もう少し先のことだろう。


「ま、まぁ、ゆっくりやっていけばいいわね」

「何をだ?」


 トラフは慌てて口をつぐみ、「ぎゃ」という声を飲み下す。だが、ほうきのよう逆立った黒毛は、どうしようもない。


 用便のために来たのだろう、鏡にはわずかにかしげられた紅髪が映っている。


 怪訝そうな表情を浮かべる上官を、彼女はトイレの個室に押し込めてしまった。

 


 窓外からは、鳩の間延びした鳴き声が再び聞こえて来た。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイスとトラフの新婚生活ごっこを楽しんでいただけた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


トラフたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「宣伝効果」お楽しみに。


エルドフリーム城塞陥落の一報は、大陸中を駆け巡った。


ブレギア初代・ファラ=カーヴァルすら攻略を諦めた要害堅固な城である。それを二代目がやってのけた訳であった。


「小覇王の再来」

「猛将の遺志を受け継ぐ若き国主」

「草原を駆け抜けし金髪の勇者」


新聞各紙は、持てる語彙ごい力をフル活用してレオンをこれでもかと賛美した。本陣前で、サーベルを振り上げる金髪の青年の雄姿は、連日新聞の紙面を飾っている。

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