【4-2】 ぐーたら参謀の新婚生活? 中

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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 アリアク城下町の外れでは、鳩の間延びした鳴き声が聞こえる。


 メゾネット式住宅の窓辺では、紅髪の青年が朝食つついていた。限りなく昼食に近い時間ではあるが。



 蒼みがかった黒髪うるわしい女性は、自身もエプロンを外しつつ隣に座る。窮屈だった胸部が、わずかに楽になった。


 彼女たち主従は帝国籍の軍人だが、その身なりは商人関係者を装い私服である。


 もっとも、上官の方は寝間着のままだ。彼は外出しないことを決め込むと、1日中就寝時の服パジャマのまま過ごしてしまう。



「昨夜よくお休みになられたようですね」

 キイルタ=トラフ中尉は、上官に紅茶を差し出す。砂糖とミルクをたっぷりと入れて。


「……船集めの疲れが抜けんのだ」

 そう言うセラ=レイス中佐のあおい両目は、半分も開いていない。


 確かに、あれは2度とごめんですね――とばかりに、トラフは肩をすくめる。


 レイスはフォークを置いた。彼の薄目は新聞に見入る。


 彼女もティーカップに口をつけながら、灰色の瞳で上官が手にする紙面を眺める。

「気になりますか」


「何がだ」

 黒髪の副官の言葉に、紅髪の青年将校はあくびと咀嚼そしゃくを交えながら応じた。


「ここから、はるか西の戦場のことです」


 春先の休戦に前後して、数カ月間繰り広げられている帝国・ブレギア両軍の衝突。それは、両国の国境近くから旧ヴァナヘイム国東部領域にまで及んでいる。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 その戦闘記事を、紅毛の上官が興味深そうに読みふけるのが、この貸家では毎朝(毎昼)の恒例行事となっていた。


 特に、昨年11月のヴァーガル河の戦闘においては、新聞記事だけでは飽きたらず、帝国軍戦力分析科に詳細な報告を求めたほどである。


【1-2】 全騎 突入

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330660783497725



「間もなくエルドフリーム城は落ちるでしょうか」


「……もう興味が失せた」

 レイスは新聞をカップに持ち替え、ミルク入りの紅茶をすすりはじめた。だが、言葉とは裏腹に、文面へ視線を向けたままである。


「そうですか」


「騎兵で城攻め強行とは、ご苦労なことだ」


 紅毛の上官は新聞紙面ではなく、従軍記者たちが取材を続けている荒野――ブレギアの騎翔隊が駆け抜けていく戦場――を見ているのだろう。


【3-32】 総攻撃

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「思いのほか城塞の将兵は、だらしねーな」

 ブレギア軍による第2堡塁指揮官への調略記事に差し掛かると、紅毛の上官はやや不機嫌になる。


 エルドフリームの将兵は、あまりにも打たれ弱かった。城塞の防御力を己の物と錯誤してきた結果にほかならない、と彼は言う。


 レイスは、ようやく新聞から視線を外した。ミルクティーの入ったカップを、両手で包み込むようにして持ち、つぶやく。

「だが、ブレギアの連中の猪突ちょとつは、そろそろ息切れするな」


「はい」

 蒼みがかった黒髪を揺らし、トラフはうなずく。


 2人はどちらかともなく不敵な笑みを浮かべた口元に、ティーカップを運ぶ。1人は乳白色、もう1人は薄茶色の液体を、喉の先へゆっくりと流し込んだ。




 ――今日も軍事の話になってしまった。

 洗面所に1人立ったトラフは、大きな吐息をもらす。


 2人の共同生活は、長いものとなっている。


 本業――帝都にてセラ=レイスが立案し・コナリイ=オーラムが承認した企ては、順調に進んでいた。


【2-9】 お金は大事

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330666858485979



 だが、賢明な読者諸君はすでにお分かりだと思うが、この部屋の若き2人の間には何らもなかった。


 草原の若君の戦いぶりについて、上官が鋭い分析を入れ、それに副長はフフフ……とさかしら気に相槌をを打つばかりで、日を重ねてしまっている。


 ――『フフフ』じゃない!

 トラフは、蒼みがかった頭を振る。洗面台がもげるほど両手に力が入る。


「……」

 彼女の灰色の瞳の前では、歯ブラシが1本ずつ、2つのコップに収まっていた。


 生活を始めた当初は1つのコップに2本が収まっていたのだが、中佐殿は「1コだけじゃ不便だ」とコップを買い足してしまったのだ。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイス・トラフはずっとこのままでは……と心配になった方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


トラフたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「ぐーたら参謀の新婚生活? 下」お楽しみに。


蒼みがかった黒髪を下ろしていることにも、彼はまるで関心がなさそうだ。長い髪など隊務に邪魔なのでは、くらいにしか思っていないのだろう。


胸中に湧きおこる寂寥感をなだめつつ、口元ほか薄い化粧も整えていく。

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