【3-32】 総攻撃

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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 エルドフリームへの攻撃開始から3日が経過した。しかし、ブレギア軍は城塞に取り付くことすら出来ずにいる。


 先鋒を務めたブルカン隊は特に損耗が激しかった。同隊は、おびただしい数の僚友の屍骸を、ニールの河面に浮かべている。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 各将たちがそれぞれの配置で指揮を執っているため、ブレギア軍総司令部内は、将校の密度こそ薄いものの、重たい雰囲気に包まれていた。


 撤退命令が下るのではないか――従卒たちが見つめるなか、レオン=カーヴァルは立ち上がり、幕舎の外に進む。


 機を見るにさとい従軍記者たちは、一斉にカメラを構える――大天幕から姿を現した金髪の若君に向けて。



 表に出ると周囲など気に掛けることなく、レオンはステップを踏み始める。独特な足運びに合わせた抑揚のまま、祈文を口ずさみながら。


 若者による一人踊りの中心では、焚火が起こされていた。大地にうがたれた小さな穴へくべられるは、乾燥馬糞である。


 白き雫を飛ばすは、馬乳酒に浸せし左右二対儀礼用の剣。


 馬糞ホモールの剣舞であった。


【3-2】 馬糞の剣舞

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662302056478


 馬糞の剣舞とは、草原の伝統的儀式であり、ブレギア軍において悲願達成のために誓約したことは絶対とされた。


 レオンが口ずさむ祈文は、このように結ばれる――全軍の将兵潰えるまで前進を誓うゆえ、エルドフリーム城塞を陥落させたまえ。




 薄暮はくぼにかすむ「すすけた鍋」をにらむや、レオンは腰のサーベルを引き抜き、振り上げた。まるで雑念を払いのけるように。


 そこへ一斉にフラッシュが焚かれる。



 主君の動きに呼応して、伝騎が総司令部から一斉に駆け出す。


 扇形に散る命令系統が伝えた――各隊、遮二無二前進し、城塞を蹂躙じゅうりんせよ、と。




 総攻撃開始の合図であった。



 総司令官 兼 国主の並々ならぬ意気込みが伝わったかのように、前線各隊からはブルカン隊の生き残りを先頭に、騎翔隊が突進していく。


 彼らは河原に折り重なる人馬の遺体を足場とし、踏みつけながら前進する。


 カメラの発光により、レオンの周囲だけが昼に戻ったようだった。


 サーベルの留め具が緩んでいるのだろうか。若君の白い手袋に握られた剣柄たかみが、カタカタと小刻みに音を立てている――それらも閃光が覆い隠してしまった。



 城塞側も疲労困憊なのだろう。蟻のように群がり、鼠のように俊敏に押し寄せる敵騎兵を迎え撃つには、撃ち下ろす鉛弾にまとまりを欠いた。おまけに日没のため狙いも定まらぬ。


 ブレギア騎兵は、水流に足を取られながらも、ニール河を渡り切る。そして遂に城の端――丘裾おかすそまでたどり着いた。



 ブレギア軍による反撃が始まる。足元からの突き上げるような射撃は、苛烈を極めた。


 彼らは弾の補充が続く限り、銃身の焼けたライフルを捨てては、新たな小銃を手にした。そして、それらが動作不良になると、腰の拳銃に持ち替え、上空に向けて撃ち続けた。


 寄せ手のすぐ後ろは河川である。退路なき草原兵の迫力は、尋常ではなかった。


 おまけに、馬糞の剣舞において、城が潰えるまでの前進を天上界神と地下界神に誓っている。ブレギア軍に後退は許されない。

 


 被弾し斜面を転がり落ちた城兵が、次々と樹木や岩にぶつかり弾かれていく。彼等は断末魔のうめき声をあげ、ニール河へ落下していった。


 城内からも最後の力を振り絞り、銃弾のシャワーを降りかける。跳弾という跳弾がヒステリーな音と火花と土埃とを巻き上げた。


 たまらず、ブレギア騎翔隊が軍馬ともどもよろめき下がり、次々と河中に倒れていく。それらがまとう純白の外套は、ことごとく朱に染まっているだろうが、漆黒の水が色もろとも押し流していく。



 結局、ブレギアの砲弾・銃弾を、さらに一晩吸い込み続けたエルドフリーム城塞・第1堡塁ほうるいは、遂に衰弱のていを隠せなくなる。


 堡塁指揮官・ドフリー=アンドフが重傷を負うと、部署を放棄する下士官、兵卒を引き留めることが出来なくなったのだ。


 城塞主郭しゅかくからは、ノーアトゥーンに向けて、何度となく援軍要請の電報が打たれた。最後には、城主・ムニル=セーフリ自らが、トン・ツーを叩いたほどである。


 こうした城塞からの悲痛な叫びは、ギャラールやビョルグ等、途中の各都市の中継地点は間違えることなくリレーした。


 だが、旧都・ノーアトゥーンの帝国軍は、動こうとはしなかった。


 否、動けなかった。ヴァーガル河での敗戦の傷が、この時もまだ癒えていない。


 何より、勢い絶頂である草原の蛮族と、正面から事を構えることについて、東都・ダンダアクの黒狐――ターン=ブリクリウ大将は嫌気が差したことが大きい。


 結局、旧都のズフタフ=アトロン大将からの再三にわたる出撃申請に対し、東都のアルイル=オーラム上級大将は、許可を出さなかったのである。


再掲:【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 第1堡塁からの抵抗が弱まるや、ブレギア軍では、ブルカン以下、バンブライ、ブイク、ナトフランタル各将軍が、馬を乗り捨てかちにて一挙に突撃を敢行したのだった。


 丘城の裾野から中腹にかけて、白刃がきらめき、叫喚がこだます。白兵戦で深手を負った敵味方将兵が、斜面を転がり落ちていく。



 たちまちニール河は、両軍万余の遺骸で埋め尽くされていった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


力技に頼った城攻めに、固唾を吞まれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「鍋のすす落とし」お楽しみに。


「ブルカンッ、この城、貴様にくれてやる」


「……ありがたき幸せ」

 ソルボル=ブルカンは、恐懼きょうくし頭を下げる。


先鋒を務めたこの宿将は、麾下に多大な損害を被っている。バンブライやブイク、ナトフランタル等、譜代の臣下たちも満足げにうなずき、喜ばし気な視線を交わした。


その対面といめんで、ブリアンやユーハ、ハーヴァ等、補佐官たちは「意外」と「不服」を絶妙に調和した表情を並べている。

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