【3-33】 鍋の煤落とし

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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「ブルカンッ、この城、貴様にくれてやる」


「……!?」


 落としたばかりのエルドフリーム城塞本廓ほんぐるわに、主君・レオン=カーヴァル以下、ブレギア軍の主だった将軍たちが集っていた。


「……ありがたき幸せ」

 ソルボル=ブルカンは、恐懼きょうくし頭を下げる。


 この城塞攻略に、先鋒を務めた宿将は、麾下に多大な損害を被っている。バンブライやブイク、ナトフランタル等、譜代の臣下たちも満足げにうなずき、喜ばし気な視線を交わした。


 その対面といめんで、ブリアンやユーハ、ハーヴァ等、補佐官たちは「意外」と「不服」を絶妙に調和した表情を並べている。


 ――また、勝手なことを。

 筆頭補佐官・ドーク=トゥレムが最も不服顔であった。


 レオンの脇にたたずむ彼は、確かに浅黒い肌の老人の部隊を先陣に起用しろと勧めた。だが、一番の果実まで与えろと言ったつもりはなかった。


【3-29】 うたた寝

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662312865674



 ブランやスコローン等、御親類衆は距離を置いていた。宿老衆や国主補佐官衆とは一線を画するように。


 しかし、その親類衆筆頭・ウテカは、見せ場に入った芝居を前にしたように、大きな目を細めては、各人の様子に観入っている。




 主要構造部をことごとく占拠・破壊され、城主・ムニル=セーフリが自らの頭を撃ち抜いたことで、エルドフリーム城塞攻防戦は幕を下ろした。


 とりわけ、主要ぐるわである第1堡塁ほうるいの陥落は、城塞側の将兵に与える衝撃が大きかった。


 総大将に発破をかけられたブレギアの各隊は、遮二無二、同堡塁にしがみついた。


 そこから先は、ひたすら力戦りきせんであった。


 攻め手のブレギア兵・受け手のエルドフリーム兵は、敵味方の屍の上で力の限りぶつかった。しかし、結果として数の上で上回る前者が後者をすりつぶした。


 両軍の激突は、ヴァナヘイムの残暑の気温を底上げした。


 ニール河下流では3日間、両軍の将兵の血が流れ続けたといわれている。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 エルドフリーム城塞は、その全貌ぜんぼうと語り掛けて来る堅牢堅固けんろうけんごさを、各堡塁の織りなす連携共闘が折り紙付きにしてきた。


 見た目以上の防御力を発揮することで、古来寄せ手に攻略を諦めさせてきたのだ。


 寄せ手のは、一押しして城塞の堅牢さに触れるや、味方の損害に懸念を示し、を選択してきたのである。


 ブレギア先代の「小覇王」も、その1人であったといえる。



 逆に言えば、今回のように常軌を逸した――味方の屍を踏み超えてなだれ込んでくるような――外敵との攻防など経験がなかった。


 小銃で撃ち殺しても機関砲で薙ぎ払っても、まっすぐに押し寄せてくるブレギア軍に、城兵たちは気味悪さを感じたほどである。


 第1堡塁の指揮官・ドフリー=アンドフは、「いい加減に諦めてくれ」とエーシル神に内心祈ってばかりいた。




 第1堡塁を落とした満身創痍そういのブルカン隊は、攻撃を中断した。


 この一時停止は、兵馬の著しい損耗が理由ではない。


 草原の老勇将・ソルボル=ブルカンは、第2堡塁指揮官・フリム=アンドフの調略を再開したのである。この内部工作は攻城前から仕掛けていた。


 エルドフリーム城塞におけるアンドフ兄弟は、旧ヴァナヘイム国内でも名をせてきた。第1堡塁の兄と第2堡塁の弟による阿吽の呼吸は、城塞の守りを遺憾なく高めている。


 しかし、ヴァナヘイム国滅亡後、その呼吸が嚙み合わないものとなった。兄に比べ、弟は帝国への従属をよしとしておらず、戦意に乏しい――兄弟間の機微をブレギア先鋒の宿将は、掴んでいたのであった。



 このような緩急織りなす攻城の手腕は、ブルカンが武辺一倒の将軍ではないことを証明した。


 力戦から調略へのシフト――敵将への手土産としての好待遇提示を、ブレギア軍総司令部官たるレオンは即座に承認した。むしろ、「緩」の要請を待っていたようですらあった主君に、筆頭補佐官は眉をしかめている。



 調略に移ったとはいえ、草原生まれの老将軍は、攻城時の苛烈極まる姿勢を忘れたわけではなかった。


 先述のとおり調略は早い段階で行われていた。攻城戦当初――古典的な密書の取り交わしを始めた頃こそ、そこには優柔不断な第2堡塁指揮官をおもんばかる呼び掛けが散見された。


 ところが、第1堡塁攻略後、同堡塁指揮官の首級とともに送り付けられてきた手紙には、「兄と同じ運命をたどるのか、ブレギアの好待遇に甘んじるのか、さっさと決めろ」という激烈な文言に終始する。


 ブルカンからの烈火のごとき文面を前に、フリムは兄の仇を討とうという気概など消え失せてしまった。一部の反対派を処分すると、第3、第4堡塁へ向けて砲撃を開始し、ブレギア軍に向けて城門を開放したのである。


 丘陵上で繰り広げられた同士討ちを前に、各国新聞の記者たちは、「まるでのようだった」と報道した。「すすけた鍋」という、エルドフリーム城塞の別名を皮肉った記事である。



 こうして、エルドフリーム城塞は落城した。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブルカンの名采配にシビレた方、堅固な要塞も内側の人間が崩れればそれまでだったな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ブルカンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「本音とは裏腹に 上」お楽しみに。


ブレギア兵によるエルドフリーム城内の巡検が終わった。

安全が確認され、簡易清掃が施された個室にレオンは入る。


城主・セーフリが、平時過ごしていた私室だという。岩山をくり抜いた城塞にしては、この部屋だけは自然光を拝むことができた。


すぐにノックの音が響く。きっちりと3回。


「……」

口をつこうとした一息を飲み込むと、レオンは入室を促す。


来訪者は案の定、トゥレムであった。

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