【3-29】 うたた寝

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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「おまえは、ものしりだなぁ」


「お話はおしまいです。今夜はもうお休みなさいませ」

 銀髪の青年は、カンテラの火を落とそうと手を伸ばす。


「そのあと、すてんかおうこくぐんは、どうしたの?きになってねむれないよ」

 金髪の少年は唇をとがらし、不平を鳴らした。


 少年はベッドに横になったまま、短い腕をせいいっぱい伸ばして、青年の白い衣の裾を引っぱる。


 この土地の大人たちがみんな身にまとっている白い服だが、父や叔父などは袖を通している姿を見たことがない。


「連日、夜更かしをさせたと知れたら、御父君に叱られてしまいます」

 青年は、形の良い銀色の眉をハの字に曲げる。


 それに構うことなく、毎夜、金髪の少年はたくさんの歴史談義を彼に求めるのであった。


「ステンカ=V=ラージン様は、とても勇敢な方でした。御父君・カーヴァル国主も崇拝なさるほどに」

 今夜も、根負けした青年が昔話を続けてくれる。


 少年はそれを聞きながら、少しずつまぶたが落ちていくのを知覚する。それがまた心地よい。でもお話を中断されないように、右手は白き衣の裾を離さないようにしないと――。



***



「……?」

 レオン=カーヴァルは、いつの間にか浅い眠りに落ちていたようだった。


 金色の前髪は額にかかり、赤い軍服・金モールの袖からのぞく両腕は、いつしか組むことを忘れ、緩んでいた。


「……この炎暑が去れば、刈入れの時期となります」

「帰国までにかかる日数から逆算しますと、あとひと月もこの地には滞陣できぬかと」


 この日も宿将たちに囲まれ、諫言かんげんを浴びていたレオンは、睡魔に負けていたらしい。



 帝国暦385年7月にさしかかってからというもの、暑気は連日連夜続いている。それは、高原育ちのブレギア将兵を悩ませており、金髪の若者も睡眠不足が続いていた。


 かつて、イエロヴェリル平原で帝国軍を散々悩ませたヴァナヘイムの夏である。平原ほどではないにせよ、その暑気の一端に触れるほど、ブレギア軍は侵攻していた。


第1部【8-1】炎暑 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700427872019646



「……早いものだな。もう刈入れの季節を考えねばならんか」

 顔を見合わせる老将たちに構わず、レオンのつぶやきは続く。

「また、兵たちを故郷に戻さねばならんな」


 諫言が容れられたのだろう――ほっとした表情を浮かべる宿老衆を前に、金髪の主君は勢いよく立ち上がると、鋭い口調で言い渡した。


「エルドフリームを落としてから、ブレギアに帰るぞッ」


「「「「ハッ!」」」」

 脇に控えていたドーク=トゥレム以下、レオン直属の若者たちがすぐに唱和する。


 驚きを押しとどめながら、尚も慎重論を述べようとする老将たちを、レオンは片手で制する。これ以上の反対は許さぬとの、若い主君の意思表示であった。


 この一連のやり取りに、御親類衆もやや動揺するなか、その筆頭・ウテカ=ホーンスキンは腕を組んだまま、おどけたような表情を浮かべていた。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



「ブルカンに先鋒を任せろ、だと?」

「御意」

 その日の夜、トゥレムはレオンの幕舎を訪れていた。日没後も気温・湿度ともさして下がらず、幕外では澱んだ空気のなか、虫が鳴いている。


 筆頭補佐官の突然の訪問に、若い主人は警戒の色を強くする。


 だが、レオンのそうした様子などトゥレムは気に留める様子もなかった。黒髪癖毛の青年の瞳は、カンテラの光すら飲みこむように暗い。


「エルドフリームは、これまでの城塞とは規模、防御機構ともに格段に優れております」

 トゥレムは、分かり切った事実を口にする。そんなことは昼間、爺様たちから散々聞いた。


 この補佐官が言いたいことをレオンは先読みする。


「……大きな損耗が予想される戦場など、土民の棟梁にでも任せればよい、か」


 主君の理解力に、筆頭補佐官は満足そうな表情を浮かべる。


 宿将・ソルボル=ブルカンは、草原の国生まれの勇将だ。かの名宰相・キアン=ラヴァーダが将帥に推挙した、ブレギア英傑えいけつの1人である。


 トゥレムはよどみなく主張する。

「我らの戦いは続きます。これからは、臣下をうまくしていくことです」


 ――我らに降ったヴァナヘイム人を、ウルズ城で使い捨てにしたようにか。

 レオンは奥歯を強く噛みしめた。鼻から吸い込んだ生暖かい空気が、肺を満たす。


【3-13】 同族同士の肉弾戦

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662306599160



「もはや、軍議のたびに老人たちの撤退論へ御耳を傾けるのも、時間の無駄かと」


「なるほど、反戦派の老将軍たちの口を封じるため、その内の1人を最前線の配置に置き換えよ、ということか」


「御推察のとおりでございます」


 さすれば、根っからの戦士である彼らは、眼前の敵の対応に集中するだろう。



 筆頭補佐官は、通り一遍の事柄しか口にしなかったが、その主人はそこから意味するもの全てを汲み取っていた。主従2人の意思疎通は完璧であった。


 だが、理解と賛同は、必ずしもイコールではない。


「しかし……」

 若い主人は補佐官の提案に、俄かに承知しかね、言いよどむ。筆頭補佐官の人を人とも思わぬやり口が気に入らないのだ。


 それでいながら、反論できないのは、進言の内容に一理あると認めたからにほかならない。


 カンテラに羽虫が入ったのだろう。炎が揺れ、室内の照度が安定しなかった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


1日も早く父王や宰相を超えたいレオンにとって、筆頭補佐官の胸糞悪いやり方を否定できない――それが一致した呼吸になっていると気が付かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「先鋒」お楽しみに。


宿老たちからの非難がましい視線を、柳に風と聞き流すと、先代遺児はすくと立ち上がり、口を開く。

「ブルカンッ」


「……ハッ?」

一呼吸遅れて、ソルボル=ブルカンが進み出る。


白い民族衣装を羽織った老将は、若き主君に名指しで呼ばれたことに、驚いた様子を隠せていない。


「貴様に、エルドフリーム攻略の先鋒を任せる」


「……ッ!?」

草原出身の将軍は、主君の命令をにわかに理解しかねたようだ。

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