【3-13】 同族同士の肉弾戦
【第3章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575
【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249
【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407
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帝国暦385年3月5日――この日、ブレギア軍総司令部の大天幕に集められた諸将に対し、ドーク=トゥレムによりウルズ城塞攻撃案が新たに提示された。
水道橋前の防御網へ、ハウグスポリ隊、スキルヴィル隊、フレーヴァング隊を主軸とする旧ヴァナヘイム領降伏組が、正面突破を試みるという。
ウルズ城塞の守備陣を整えたのは、帝国軍のズフタフ=アトロン大将であった。これまで攻撃をことごとく
「正面から突っ込んでは、被害は甚大なものになりましょう」
「そのような無謀な作戦、直ちに中止すべきだ」
アーマフ=バンブライ、クェルグ=ブイク両宿将は、ただちに反論する。あのアトロン老将が、簡単な防御線などを組んでいるはずがない、と。
しかし、それら宿将たちの反論も余裕をもって受け流しつつ、トゥレムは口を開く。ほかにあの城塞を攻略する
「彼らが率先して、陣頭に立ちたいと申してきているのです」
本人たちが希望するものを、わざわざ止めることもないだろう――筆頭補佐官は、表情はそのままに、語気だけを強めて言い切った。
「なにぃ」
ブイクは、表情に乏しい筆頭補佐官の顔から、降将たちへ視線を向ける。
ハウグスポリとフレーヴァングは神妙に顔を伏せており、スキルヴィルは
――人質か。
ブイクは反吐が出そうな気分を押さえ、代わりに大きく舌打ちして押し黙った。
降伏した者たちを最前線に置き、かつての同僚にぶつける手法は、古来より大陸のそこかしこで見られた。自軍の損害回避にはうってつけの策といえよう。
降伏組は、新たな所属先に信頼と居場所を確保するため、必死になって昨日までの友軍と殺し合うからだ。
理屈の上では、効率的な策であることを否定はしない。だが、戦場において武人の誇りを重んじて来た宿老衆にとって、唾棄すべきやり方であった。
ウルズ城塞前の防御網では、旧ヴァナヘイム王国の将兵同士が激突した。
「うろたえるな!これまでどおり、ブレギアの連中を引き付け、野砲で粉砕しろ!敵陣が乱れたところを、銃兵が狙っていけばよい」
しかし、戦闘途中に斥候兵から手渡された潜望鏡で、寄せ手を確認した際、彼は思わず沈黙した。
「……」
合わせ鏡の原理を用いた筒は、「丘」や「風」を示す紋章を映し出していた。
目の前に押し寄せてきた攻め手は、かつての
ハウグスポリ隊の将兵は、防衛線にたどり着く前に、バタバタと凍野に倒れた。
防御陣営からは、寄せ手は丸見えであり、鉄盾などの装備が十分でなかった彼らは、集結すれば的になり、散会すれば命令が伝わらないといった、苦しい進軍となった。
それでも、スキルヴィル隊は味方を盾に前進し、土嚢までたどり着いた。すると奇声を上げてその先に躍り込む。
たちまち、銃剣で顔面や喉を突き合い、サーベルで相手の腕を切り落とすなど、凄惨な白兵戦が始まった。
次第に銃剣の留め金がゆるみ、用をなさなくなったため、台尻で殴りつける者もあれば、指を失った兵士が相手に噛みつくなど、人間の所業とは思えぬ惨状が、土手の内側のそこかしこで繰り広げられた。
城塞側の防御網では、同民族どうしが凄惨な格闘を繰り広げていた。しかし、時が経つにつれ、攻め手が劣勢になっていく。
守り手が完全にペースを握ったと思われた時だった。土嚢の向こうからブレギア下士官・兵が次々と手投げ弾を放り込んでいく。虫の息だった攻め手もろとも、守り手は木っ端微塵になる。
味方と元味方が吹き飛んだ穴を、ブレギア将校に促されフレーヴァング隊が飛び越えていく。ヴァナヘイム人の肉片や血糊をヴァナヘイム人の軍靴が踏み潰した。顧みる余裕などはない。
こうした遮二無二押し通るだけの肉弾戦法は、寄せ手――降伏組各隊におびただしい数の犠牲を強いた。土手陣は三重四重と続いたが、驚くべきことに攻撃側は愚直に力任せの戦法を貫いたのだった。
防御指揮官・ビフレストは、声を
彼は断線した送話器を放り捨て、自らも髭を振り乱し、銃剣を構えて戦った。しかし、麾下の守備陣営はほとんどが沈黙していった。
攻め手のヴァナヘイム降将たちも大損害を被った。
各隊とも7割以上の死傷者を出す結果となり、スキルヴィル指揮下は、予備隊もなくなり、最後は司令官自らが突入し、その体を無数の弾丸が貫通し昏倒した。
降伏組が切り開いた道に、バンブライ、ブイク、ナトフランタル各隊が押し入る。
遂に、アトロン防御網は、ブレギア軍に突破されることになった。
そこかしこで崩れかけた土手、累々たる傾いた防柵……幾重にも連なるウルズ城塞の守備陣には、旧ヴァナヘイム兵士たちの亡骸という亡骸が倒れ込み、
それらの合間をレオン率いるブレギア中軍が進んでいく。粉雪は、沈黙した防衛陣に等しく薄化粧を施していった。
アトロン防御網を抜けたブレギア軍の前に、煉瓦造りの巨大な水道橋が、無防備な姿をさらした。
ハウグスポリ、フレーヴァング各隊の生き残りが、ビフレスト水道橋占拠という一番手柄を得るべく、石造りの橋脚に近づいた時だった。
彼等の頭上に、砲弾や銃弾が降り注いだのである。
「……!?」
「あれは」
「なんと……」
ブレギア全軍が驚いたことに、水道橋そのものも武装していたのであった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
同族の間で繰り広げられた白兵戦に複雑な気持ちを抱かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします
👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533
降伏組将軍たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「武装した橋」お楽しみに。
誰もが考えていた――この場に宰相・キアン=ラヴァーダが居たら、どのような采配を振るったことだろうか、と。
慎重論ばかり口にする老将たちだけではなく、補佐官たちすら、脳裏に「撤退」の2文字が浮かんだ時だった。
「……橋ごと粉砕すればいい」
筆頭補佐官が、低く言い放った。
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