第6話 買い物

 その日、蓮はソフィアと一緒に城下町に遊びに来ていた。もちろんソフィアはお忍びだ。二人が普通の庶民服を着ていれば、ただの子供にしか見えない。しかしながら流石にソフィアの髪は手入れが行き届いた美しいブロンドであるので、フードを被ってこれも見えないようにしている。


 フードを被っている子供というのもあまり見かけないので、逆に目立たないのかなと蓮は心配したが、どうもお忍びと言いながら彼女の正体を町の人々は気が付いている様にも見えた。チラチラと視線を感じるのだ。ソフィアの方はそれが分かっている風でもない。


「ここ、ここ、ここのヒマワリの種が私大好物なの。山もりだって食べられちゃう」

 心なしかソフィアの口調は城の中にいる時とは違ってくだけている。いや、二人だけの時はいつもこんな感じかもしれない。


「えーと、こっちの袋が100ジルでこっちが80ジルか……でも入っている量が違うな~。どっちがお得なんだろう?」

「100ジルの方は120gで、80ジルの方が100gですね。そんなに変わりないし、お金ならあるんだから好きな方を買えばいいんじゃないですか?」


「せん……じゃなくてレン、それはダメよ。私今は庶民の子供なんだから!少しでもお得な方を選ばないと……」

「こういう場合は同じ重さの時にいくらになるかを計算して比較するか、同じ金額でどれくらいの量が買えるかを比較するかのどちらかですね」


「えーと……じゃあまず1ジル当たりの量を計算すると、120÷100と100÷80を比較すればいいわけね……でもこれ計算が難しすぎるでしょ! じゃあ逆に1グラムあたりを計算すると100÷120と80÷100……もっと難しいじゃないの!!」

 ソフィアが僕を睨んできた。


「確かに暗算じゃ難しいよね。でも算数の問題はいかに簡単に解くかが鍵なんだよ。計算しやすく考え直しちゃえばいいんだ。例えば100ジルで120gはきりがよさそうだから、こっちを基準にするとして、80ジルを100ジルにするには4で割って5倍すればいい。100gを4で割ったらいくつになる?」


「4で割るって事は半分のまた半分だから25gね」

 ソフィアも簡単な割り算なら暗算できるようになっている。

「その25gを5倍にすればいい」

「25×5……暗算じゃちょっと難しいかな」

「そのまま計算しなくてもいいよ。さっき、25gの4倍が100gだったよね、それに25g足してやれば5倍って事になる」


「あ、そうか。じゃあ結局80ジルで100gの方は、100ジルだったら125gって事になるね。今売ってる100ジルのヤツは120gだから、80ジルの方が5g分お得だ!!」

 ソフィアは興奮気味に話す。蓮は一国の王女様が、そんな端数を気にするのもどうかと思ったが黙っておいた。


「これ面白いわ。もっと他のものも計算してみたい」

 ソフィアはそう言うと80ジルの方の種を二袋買うと、ひとつを蓮に渡して更に街の向こうの方へと駆けて行く。そうして肉屋の前で立ち止まる。

「ねぇ今度はこの二つの干し肉を比べてみようよ!」

 蓮の方を向いてそう叫んだ。店頭にはいくつかの干し肉がぶら下がっている。


「えーとこっちの大きい方が1200ジルで、少し小さい方が900ジルか……ねぇお兄さんこの二つの肉の重さを計ってくれない?」

 店の若い男があいよと言って重さを計ってくれた。大きい方は480gで小さい方は320gだった。この世界のはかりはあまり正確ではないので、10g単位より下はあてにはならない。蓮の元いた世界でこの手の店は、普通は100gいくらという値付けがされているものだが、この世界の人々は難しい計算は出来ないので、全ての商品の値段は勘でつけている様だ。それでいてちゃんと社会が回っているのだから、逆に凄いのかもしれない。


「重さはどっちもきりが悪いわね。こういう時はどうしたらいいのかしら……なんか1200と900という値段に注目したほうがいい感じかしら。1200は300の4倍で、900は300の3倍だわ。じゃあ300ジルで何gなのかを計算すればいいのかしら」

「姫……じゃなくてソフィア凄いね。九九を覚えている成果が出ている。ゼロが増えてもこういう時すぐに勘が働くから九九は暗記する事が大切なんだよ」


「えーと、大きい方は480gだから4で割ったら半分の半分で120gね。小さい方は320gだから3で割ったら……あれ全然割れそうにない。九九の範囲からはみ出てる……」

「前にマンドレイクが大量発生した時、僕が守護の腕輪の計算をしたのを思い出してみて」

「そんな事があったわね。えーっと320gを300と20に分けて300の方は3で割れば100。20の方は……九九で近いのさんしち21、さぶろく18……ピッタリとはいかないけど、6と7の間って事ね。ということはさっきの100を加えて106gから107gって事ね。大きい方は300ジルで120gだったんだから。大きい方が全然お得って事だわ」


「そう、比較するだけなら別に最後まで正確に計算する必要ないよね。それで干し肉も買うの?」

「え?別に要らないわよ。計算したかっただけ」

「そういうのはだめだよ。仕事の邪魔したらお店の迷惑になるだろう?」


 ソフィアは店の男を上目遣いに見る。

「迷惑だった?」

 そう言われて男は取り乱す。そうだったソフィアの正体はきっとバレバレなのだ。王女にそんな質問をされたら店の男もハイとは言えないだろう。

「いいや、そんな事は無いよ。さっきから話を聞いていたけど、あんたたちスゲーな。そうか、ちょっと小さい方は高過ぎなのかな? 少し値段を下げるかな」


「量が多い方が安くなるというのは商売の鉄則でしょうから、それでいいんじゃないですかね」

 蓮はすかさずフォローした。

 

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宮廷算術師レン 十三岡繁 @t-architect

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