第5話 守護のベルト

 蓮にはソフィアの家庭教師という役目とは別に、もう一つの肩書があった。それは宮廷算術師というものだ。良くは分からないが、国の運営にかかわる様な事項で計算が必要なものが任されるという役職の様だ。


 とは言ってもこの国の算数レベルが足し算と引き算位がやっというものなので、それまでにその役職の人間がこなしてきた仕事の内容というのもたかが知れていた。とはいえまだ子供の蓮になぜそんな面倒臭い役が回ってきたかと言えば……それはまだソフィアが掛け算の基本である九九を覚え、その先の簡単な掛け算を教えていたぐらいの頃で、割り算はまだこれからという時であった。

 

 その時蓮はソフィアが王の御前で掛け算の学習成果を披露する場に立ち会っていた。いくつかの簡単な掛け算の九九問題をソフィアが答えては、それまで宮廷算術師と呼ばれていた初老の人間が検算をしていく。ソフィアがすぐに答えるのに比べて、宮廷算術師の検算には物凄く時間がかかった。足し算を繰り返していくのだから、それは当然だった。数問のやり取りが続いていたその時、謁見の間に一人の兵士が駆け込んできた。


「お取込み中申し訳ありません。城下の郊外でマンドレイクが大量発生しました!」

 マンドレイクとは植物の魔物で、根の部分が人の形をしている。地上に出ている部分は草と変わらないのだが、引き抜いて人間の形をした部分が地上に出て来ると悲鳴をあげる。その悲鳴は様々な状態障害を引き起こし、酷い時は死に至るのだ。しかしその根は様々な薬剤として利用ができるので価値は高い。

 しかし時たまその変異種が発生すると、地上に出て来て根っこの足の部分で走り回る。悲鳴を上げ続けて被害を広げてしまうのだ。


 王は傍らにいたトリスタンに指示を出す。

「すぐさま騎士団と衛兵から必要な人数を差し向けて捕獲するのだ」

「了解しました。しかし相手がマンドレイクとなると、守護のベルトが必要になるかと思います。守護のベルトをせずに向かっても犠牲者が増えるだけでしょう。必要以上の兵を出すと城下の警備も手薄になってしまいます。ベルトがある人数だけで出撃するのがいいかと思います」

 トリスタンはそう答えた。


「うむ、すぐに守護のベルトを用意させよう。現在城にはどれくらいが置いてあるのだ?」

 王は同じく同席していた大臣に聞く。

「現在128本であればすぐに準備できます」


「守護のベルトってなんですか?」

 蓮はソフィアの所に行ってそう聞いた。

「守護のベルトは状態異常から体を守ってくれるんです。それをつけていればマンドレイクの悲鳴を聞いてもダメージは受けないで済みます。でもベルトは両手両足と首にも装着しないと効果が発揮されません」

 ソフィアがそう教えてくれた。

「なるほど一人に付き、5本が必要なわけですね」


 王がトリスタンに指示を出す。

「128本のベルトで賄えるだけの兵をすぐに出撃させるのだ」


「……それは一体何人でしょうか?」

 トリスタンは困惑していたが、そんな事を聞かれても王には答えが分かるはずもない。王は宮廷付きの学者たちの方を見る。


「とにかく五十人ぐらい集めて装着させてみてはいかがでしょうか?」

 学者の一人が答えた。

「五十人も兵を持ち場から外す事ができるわけが無いだろう!」

 トリスタンが一喝した。


「お待ちください」

 蓮はそう叫んで前へと進み出る。そうして後ろを向いてソフィアに

「今から割り算を教えますね」

 と小さな声でささやいた。


「まず128本を100本と28本に分けます。一人に5本が必要であれば100本の方で20人が装着できる。5×20で100……ですよねソフィア様」

 蓮はソフィアに向かってそう問う。彼女は既に簡単な掛け算であれば暗算もできる。

「九九でごにじゅう。その10倍で100ですから間違いありません」

 ソフィアが言った。


「残り28本については、九九で5の段から近い物を探してみてください」

 蓮の言葉にソフィアは九九をそらんじる。

「ごごにじゅうご、ごろくさんじゅう……このあたりですね」

「そう5本が5人で25本になる。余るのは28-25で3本です」

「先生、分かりました。兵で装着できる人数は、先ほどの20人と合わせて25人で3本余るって事ですね」


 そのやり取りを聞いていた王は声を上げる。

「流石は我が娘! 内容は良く分からんが、兵の数は25人が丁度いいという事だな!」

 そういうとまたトリスタンに指示を出した。

「直ぐに25人の……」

 そこまで言った王の言葉をトリスタンが遮る。

「私もお話は伺っておりました、既に召集の伝令を飛ばしております」


「うむ、流石はトリスタンじゃ。動きが速いのう」

 王は安心したようだ。そうして蓮の方に向かってこう言った。


「そなたのそのスキルはやはり素晴らしいものだ。どうだ、ソフィアの家庭教師だけではなく宮廷算術師として、国の運営にも協力してくれぬだろうか?」


 突然の王の言葉に蓮は戸惑いを隠せない。ここでは算数ができるとは言っても、自分はまだ小学六年生だ。大人たちに混じって国の運命を左右するような判断を求められても困る。

「お父様、先生が困ってらっしゃるじゃないですか。肩書は良いとして、どうしても困って解決できない時だけ、意見を求めるという事では如何でしょうか?」

 ソフィアが助け舟を出してくれた。


「それもそうだな。まだ年端も行かぬ子供にあまりに責を負わせても気の毒だ。どうかな蓮殿アドバイザー的な立場で良いので、宮廷算術師の称号だけは受けては頂けぬか?」

 王の言葉に蓮は答える。

「かしこまりました。時々という事でしたら喜んでご協力差し上げます」

 そう言って蓮は深々とお辞儀をした。そうしてソフィアに小さな声で話しかける。

「ソフィア様助かりました」


「子供に働かせようなんて、お父様がいけませんよ。第一私に算数を教えてくれる時間が減ってしまうでは無いですか」

 そう言って彼女はウィンクをした。


 その後早期の対応が功を奏してマンドレイクの大量発生はすぐに解決した。むしろ大量の貴重な薬の原料が手に入って、国にとってはプラスになったくらいだった。

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