第4話 鶴亀算
蓮にはこの男の行動が理解できなかった。1株で3人分であれば26人だと9株で足りるだろう。そんな事は九九で暗算すればすぐわかる。一人分余計だがそれぐらいの予備があってもいい。
「9株でいいんじゃないですか?一人分余りますが……」
そう言った蓮の顔を、男は計算をやめて驚いた表情で見ている。
「なんで君は一瞬でそんな事が分かるんだ!」
男はやや声を荒げてそう言う。
「だって1株で3人分なら、9株だと3掛ける9で27人分になりますよね。26人なら一人分余る」
蓮は男に説明する。
「掛けるとはどういった意味なんだ? ちょっと待ってくれ、今もう一度最初から3を9回足してみるから」
そういって男はまた指を折りながら3、6、9、と足し算を始めた。そうして9本目の指を折ったところで
「確かに9株で27人分になる!」
と叫んだ。
「それは君が持つスキルかなにかなのか?」
男にそう言われて、九九だと言っても理解してもらえそうにないので
「まぁそんなところです」
と蓮は答えておいた。
「それは凄いスキルだな。王都に帰ったら私もご両親を探すのに付き合うが、その後一緒に王に謁見してはくれまいか?」
ちょっと何を言っているのかが分からなかったが、もしかしてこの世界の人間は算数が全くできないんじゃないかという疑念が、蓮の頭の中には浮かび上がっていた。
「ああ、失礼した。まだ名乗ってもいなかったな。私は王直属の聖騎士団長でトリスタンというものだ。特殊スキルを持つ人間を召し抱える事は、そのまま国力向上に繋がるのだ。ご両親も同じようなスキルをお持ちなのかな?」
トリスタンに聞かれて蓮は答える。蓮の本当の両親も九九ぐらいはできるだろう。
「ええ、それはそうですね」
もちろん両親はここにはいないだろうが、蓮は嘘は言っていない。
そこからがまた大騒ぎだった。両親はもちろん探しても見つかるわけが無いので、数日後に蓮が一人で王に謁見し、その目の前で九九を分かりやすい言葉に変えて言ってみせた。確認の為足し算で検算をしていた宮廷付きの学者たちの間でざわめきが起こった。
計算結果が一致したことを受けて、王様に両親が見つかるまで城に住み込んで、娘の家庭教師をしてくれないかと懇願されてしまった。行く当てのなかった蓮はもちろんこれを快諾し、その後一ヶ月の間に王女には九九を暗記してもらって、今では筆記すれば二桁の掛け算や割り算もできるようになった。更に簡単な算数の問題ぐらいは解けるようにすらなっていて、王女を溺愛する王は自分の娘をして神童扱いをしている。
ソフィアはもう紅茶に口を付けようとはせず、じっと蓮の言葉に耳を傾けていた。
「いいかい。8人掛けテーブルが16個だと席数は8掛ける16で128席になる。6人掛けテーブルが16個だと席数は6掛ける16で96席だ」
「先生、それくらいは私にももう分かりますよ。出席者がその間の108人だから悩んでいるんです」
「どっちを基準にしてもいいんだけど、全部が6人掛けだった方にしてみようか。16個で96席だ。このテーブルのうち一個を8人掛けに変えると席数は2席増える。全部6人掛けだった時に足りない席は108引く96で12席だったよね」
「あっそうか、一個入れ変えてて2席増えるなら12席増やすのには12割る2で、6個を8人掛けにすればいいんですね。だから6人掛けテーブルは10個で、8人掛けは6個……」
そう言ってからソフィアは紙に書いて検算を始めた。
「……ほんとだ! 検算しても丁度108席になる」
ソフィアは興奮気味に鼻息を荒くしてそう言った。
「答えがわかると、なんか快感でしょう?」
蓮は彼女にそう言った。
ソフィアはうんうんと頷いている。
「これはね、鶴亀算というんだよ」
鶴亀算は算数の問題では一丁目一番地だが、最初に解けたときの快感はなかなかのものである。蓮は自分が初めて解いた時の事を思い出していた。
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