駄菓子屋のお姉さん

 駄菓子屋の店主のお姉さんは、歳を取らないことで有名だ。


 わたしたち子どもが「あの駄菓子屋に行ってはいけません」と言いつけられているのも、そんなお姉さんが不気味がられているからだ。でもみんな、親や先生の言うことなんて聞きやしない。つまんない他の大人より、お姉さんの方が何倍も好きだからだ。


「チビども、また来やがったのか」


 わたしたちが駄菓子屋を訪れると、お姉さんは分かりやすく面倒くさそうな顔をする。

 お姉さんは子どもが苦手だ。「すばしっこくてワガママでうるさいから」と教えてくれたことがあるが、だったらなぜ駄菓子屋なんてやってるのだろう。

 もちろん、「ワガママ」な子どもであるわたしたちは、お姉さんの迷惑なんて気にしない。学校が終わったら、すぐ、駄菓子屋に遊びに行って騒いでやる。お姉さんの駄菓子屋は、町中の子どもの遊び場になっているのだ。


「ああもう、うるさい! 静かにしろ! チビども、これでも食って黙っとけ!」


 そう言うと、お姉さんは団子やせんべいを出して、わたしたちに食べさせてくれる。そして、今日の学校での出来事や、最近流行ってる遊びや、国語の音読などを聞かせるわたしたちに「ふーん。うまそうだな」とものすごく適当に返事をしてくれる。


 でも、もしわたしたちが真剣な悩みを話すのであれば、お姉さんは二人きりで、じっと聞いてくれるのだ。

 例えば、わたしが家で殴られていることとか。

 そして、全て聞き終えたら何も言わず、やわらかく頭を撫でて、頬の涙を拭ってくれるのだ。みんな、お姉さんが好きだった。


「おうチビ。ずいぶん大きくなったな」


 久々に訪れた客にも、お姉さんは素っ気なかった。レジに座り、いつも気だるそうに本を読んで暇を潰しているお姉さんの姿は、十年経ってもまったく変わらない。

 つまり、ずっと綺麗なままだってこと。この世の誰よりも。


「お姉さん、好きだよ」


 いつも飄々としたお姉さんの揺れる瞳が、嬉しかった。


「お姉さんの正体、知ってるよ。この土地に縛り付けられた、何百年も前からの悪霊なんでしょ。親に捨てられて、生贄にされた恨みで、村を焼き尽くした悪霊なんでしょ」


 みんなは、他の大人よりお姉さんのことが何倍も好きだったけど、わたしは、他のみんなより、お姉さんのことが何百倍も好きだった。


「誰かに愛してもらわなきゃ、それも何百年分も愛してもらわなきゃ、成仏できないんでしょ。お姉さんは成仏したいけど、自分が誰かに愛されるわけないと思ってるから、諦めてるんでしょう」


 みんな、お姉さんが好きだった。でもそれじゃ、まだ足りなかったのだ。私はお姉さんの手を握った。


「私の気持ちは足りるかな」


 お姉さんの輪郭が光に包まれた。仏壇のような、金色の光と雲に消えながら、お姉さんは泣きそうな顔で「ありがとう」と掠れた声を残していった。


 これが、ちょうど五十年くらい前の話。

 何? 今のわたしはどうしているかって?


 お姉さんのいた町で、お姉さんのように駄菓子屋をやっている。五十年前から変わらない、若いままの見た目で。

 わたしは、生きたまま霊になったのだ。そして待っている。成仏する時を、ではない。


 いつか、飄々として優しくて、お姉さんにそっくりな子どもが、駄菓子屋にやってくるのを待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たなごころの百合 三ツ星みーこ @mitsuboshi-miiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ