第79話 エピローグ


 この日、俺は朝から非常に緊張していた。

 いつもよりもきちんとした服に着替え、髪も綺麗に整え、準備は万端。

 

 いざ、決戦の地へ……


≪父上、そんな心配をせずとも許しは得られる。なんと言っても、私の父上なのだからな≫


 アンディは楽観的なことを言うけど、大事な娘を奪っていく男は父親の敵と言うからな。



 ◇



 ルビーとの結婚の承諾を得るため、俺はゴウドさんへ正式に挨拶をしに行くことになった。


「父さんは、私がカズキと一緒になることをずっと望んでいたから、反対なんかされないわよ」


 ……なんてルビーは言っていたけど、そのときはゴウドさんも俺が異世界人だとは知らなかったわけだし。

 もし反対されたら、俺はどうすればいいのだろう。


≪私とトーラも、家の前まで同行したほうがよいか?≫


 ごちゃごちゃと頭を悩ませている俺を、アンディは見かねたらしい。

 アンディ、トーラ、ありがとう。

 でもな、さすがにそれは……


≪しかし、父上とルビー嬢には必ず夫婦めおとになってもらわぬと、私の壮大な計画が破綻してしまうのだ≫


 うん?

 『壮大な計画』って、なんだ?


≪私は折を見て、生まれ変わる計画なのだ……父上たちの子としてな≫


 ……はい?


≪さすれば、本当の親子になれるからな……フフッ≫


 アンディが、いつもの悪い顔で不敵に笑う。

 俺が彼の真意を確かめようとしたとき、いきなり家のドアが勢いよく開いた。

 ソウルくん、ノックくらいしなさい。


「おい、アンディ。早く店に来てくれよ! おまえが居るのと居ないとでは、客の数が違うから!!」


≪もう、そんな時間であったか。すまぬ、すぐに行くとしよう≫


「カズキ、またアンディを借りるぞ!」


「いいけど、皆の店に平等に回れるようにしてくれよ。じゃないと、苦情が俺やドレファスさんのところに来るんだからな!」


「わかってるって!!」


 ソウルは、本当にわかっているんだろうな?

 アンディを連れそそくさと出て行くソウルの後ろ姿に、愚痴の一つも言いたくなる。

 はあ…とため息を吐いていたら、今度はコンコンとドアがノックされた。


「カズキさん、トーラ殿を迎えに来ました」


「はい。じゃあ、トーラもいってらっしゃい!」


 トーラは、村の職員に連れられて大型のまま外へ出て行く。

 これから彼は、団体客を出迎えるという大事なお仕事があるのだ。

 あっちの世界にあった『ネコ駅長』とか『イヌ館長』みたいな感じで、『トーアル村村長代理』という立派な肩書きまで付いている。

 

 アンディとトーラは、無事、村人たちへ受け入れられた。

 ゴウドさんたちが、モホーから譲り受けたアンデッドと従魔だと説明してくれたこともあり、最初は遠巻きに眺めていた人たちも徐々に慣れ、今は一人と一匹を皆が可愛がってくれる。

 そんな彼らにお返しをしようと、アンディは店の前で客引きを、俺はトーラを連れて村内の見回りをしていたら、その効果は想像以上にすごいことに。

 

 美少年に引き寄せられた観光客で店の売り上げは上がるし、トーラが目を光らせているから不届き者は村へ来なくなり、ますます治安が良くなった。

 オバーケを体験した子供たちの間では一人と一匹は超有名人だから、子供の団体客の出迎えにトーラが抜擢されることになったのもそのため。

 ただ、アンディを巡って店同士で些細な揉め事もあるから、ドレファスさんが少々頭の痛い日々を過ごしていることも事実だったりするけどね。

 

 そんなドレファスさんだけど、アニーさんと正式にお付き合いすることが決まったとルビーが言っていた。

 お兄さんのルカさんへも報告済みで、特に反対はなかったらしい。

 でも、ルビーがアニーさんから聞いた話では、『相手が騎士や冒険者だったら、自分と互角、もしくは勝てる相手じゃなければ絶対に認めなかった』とのこと。

 いやいや、Sランク冒険者と対等に渡り合える人がどれだけいるの?と、思わず突っ込んだのは内緒の話。



 ◇



 さて、俺もそろそろ出かけようと思う。

 深呼吸をして、心を落ち着けて……


「カズキ殿、大変です!」


「カズキさん、マホー殿が……」


 今度は、エミネルさんとザムルバさんがやって来た。

 今日はやけに来客が多いけど、なぜだろう。

 

 それで、マホーがどうかしましたか?


「私が村内の見回りをしていたところ、フラフラと歩く人物を見つけ保護したのですが……」


「まずは、見ていただくのが一番かと。とにかく、マホー殿の家へ参りましょう!」


 えっ、今からは無理です。

 俺は、これから人生の一大イベントが……



 ◇



 有無を言わせず連れてこられたマホーの家に居たのは、一人の若い女性。

 へえ、マホーもなかなか隅に置けないな、なんて感心していたら……


「誰かと思ったら、おぬしじゃったか」


 うん?

 女性の声なのに、聞き覚えのある話し方……まさかね。


「マホー殿は、突然女性になってしまったようなのです」


「はあ? いやいや、マホーが魔法で皆をからかっているだけなんだろう?」


「さすがの儂でも、そんなことまではできぬ! 儂を、一度鑑定してみればわかるぞい」


 へいへい、わかりましたよ。

 


      【名称】  ジノム・エンドルア/25歳

      【種族】  人族

      【職業】  -----/トーアル村

      【レベル】 9236

      【魔力】  9497

      【体力】  8514

      【攻撃力】 魔法 9025

            物理 3284

      【防御力】 8892

      【属性】  火、水(氷)、土

      【スキル】 飛行

            製薬、鑑定、探知、空間、風操作

            回復、召喚

            雌雄操作

      【固有スキル】 吸血取込

      



「見慣れないスキルがあるぞ。『雌雄しゆう操作』って、なんだ?」


「先日、儂はアレ(吸血虫)を飲みこんだ(取り込んだ)じゃろう? そのせいじゃな」


「雌雄操作って、『性別』を操作するってことか?」


「おぬしの国では、『カタツムリ』や『ミミズ』『ナメクジ』じゃったか、あれらがそんな生態を持っておるそうじゃぞ」


 あ~はいはい、理科の生物の授業で聞いたことがあったな。

 たしか『雌雄同体』だっけ?

 同じようなものを、吸血虫も持っているってことか。

 それを、マホーが一緒に取り込んじゃったわけね。


「原因がわかりました。マホーが変なのものを食べたせいで、変な能力が発現したみたいです」


「治療院で、一度診てもらったほうがよいのではないですか?」


「えっと……特にその必要はないかと。そのうち、自分で元に戻る方法を見つけ出しますから」


 マホーは大魔法使い様だから、全然問題ない。

 心配そうな二人に、うちの師匠が大変ご迷惑をおかけしましたと謝り、この日はそのまま解散することに。

 そして次の日、マホーはちゃんと男に戻っていた。

 

 しかし、このときの俺は気付いていなかった。

 この半年後、『大人向けオバーケ』のラスボス役として、仮面を着けた最強魔女が降臨することを……



 ◇



 やれやれ終わったと急いで村長宅へ向かって歩いていたら、大きな人だかりがあり、その中にルビーもいた。

 何をしているんだろうと覗いてみたら、吟遊詩人が歌を歌っている。

 彼らは諸国を遍歴しながら恋愛歌や民衆の歌など歌う方々で、あっちの世界で言うところの大道芸人みたいな人たちなんだろうな。

 村でも観光客へのサービスの一環として、吟遊詩人たちと契約を結んだと聞いている。

 今日は、その初日らしい。


「……カズキ、ちょっと聞きたいことがあるの」


 俺の姿を見つけたルビーが、人だかりからは外れた場所へ俺を連れていく。

 

る国で人助けをしていたのは、カズキなの?」


 えっ、どういうこと?

 唐突な質問の意味が理解できない俺に、ルビーは説明を始める。

 

 吟遊詩人たちが、とある国で起きた出来事を歌にして広めていること。

 ある日突然現れた黒髪の少年が、困っている人たちに次々と救いの手を差し伸べ、名乗らずに去っていく。

 その国ではもともと勇者伝説が残っていて、子供向けの本の題材にもなっている。

 その物語に登場する勇者が黒髪であることから、勇者の再来か?と噂になっているというのだ。

 

 ……うん。

 どう考えても、とある国とはシトローム帝国のことで、黒髪の少年はアンディのことだよな。

 そのことを簡単に説明すると、ルビーは「実は、いま王都で……」と言いにくそうに口を開いた。


「王都の子供たちの間で、勇者ごっこ遊びが流行っている?」


「吟遊詩人たちが王都のあちこちで歌っているから、らしいわ。私も今日初めて観光客から聞いて、知ったのよ……」


 なるほど。

 アンディに観光客が引き寄せられるのは、美少年というだけでなく『黒髪の勇者』を彷彿とさせるからか。

 まあ、実際に本人なんだけどね。

 

 子供たちが真似をするということは、それだけ大人たちへも浸透しているわけで……


「ん? じゃあ、俺は王都へ行くときに身分証は提示しないほうがいいってこと?」


「……そういうことに、なるわね」


 ガーン。

 マジですか……


 村の住人と正規職員となった時点で、俺にもようやく身分証ができた。

 もしかしたら職業の『召喚勇者』が『トーアル村職員』と上書きされるかも…と期待したけど、マホーの鑑定によると、職業が二つになっただけとのこと。

 それでも、ギルドへ登録しなければレベルはバレないし、王都の受付で氏名と職業を簡単にチェックされるだけ。

 ライデン王国はシトローム帝国と違い、勇者のことを認識している人はほとんどいないからと安心していた。


「ルビーと出かけるのを、楽しみにしていたのにな……」


 せっかく恋人同士になったんだから、デートくらいしたい。

 美味しい物を食べて、景色の良い場所に行って…なんて、二人で計画を立てていたのに……(涙)


「でも、身分証明書がなくても、お金を払えば王都へは入れたのでしょう? だったら、そんなに落ち込まなくても……」


 それはそうだけど、かなり金額が高いから、そう頻繁には出かけられないよな。

 結婚をするからしっかり貯金しないといけないし、無駄遣いはなるべく避けたい。

 俺がガックリと肩を落としていると、誰かが走り込んできた。


「……カズキさ~ん! 探しましたよ!!」


「ドレファスさん、そんな慌ててどうしたんですか?」


 体育会系ではないドレファスさんが、珍しいな。


「いま、冒険者ギルドから書簡が届きまして、『トーアル村での支部創設について話をしたいから、ぜひ王都までお越しいただきたい』と」


「!?」


「身分証明書を作っておいて、よかったですね。ゴウドさんが、ぜひカズキさんにも同行をお願いしたいと仰っています」


 はい、喜んで!!

 俺が一番目指していた、トーアル村に冒険者ギルドを誘致すること。

 その実現が、いま目前に迫っている。

 もちろん同行させてもらうが、一つ気になることが……


「『身分証明書を作っておいて、よかったですね』とは、どういう意味ですか?」


「初対面の方と会うときには、自分の身分証明書をお互い相手へ見せるのですよ。今回の場合でいうと、ギルドマスターや副ギルドマスターへですね」

 

 おそらく、名刺代わりということなのだろう。

 でも……どうして、このタイミングなんだ!


「……ルビー、俺は今からゴウドさんへ相談してくる!!」


「私も行くわ!」


 これは、結婚の挨拶どころではなくなった。

 上司であり義理のお父さんになる人へ、俺はきちんと『報・連・相』ができる人間だと証明しなくては……

 

 時間が惜しいから、俺はルビーをお姫様抱っこして役場へ向けて走り出す。

 ルビーは「カズキのバカ!」と恥ずかしそうにしているし、村人たちには「よっ! 次期村長!!」と冷やかされるけど、気にしない。

 気にしたら、そこで負けだから。


 本日も、トーアル村には平和な時間が流れていた。


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目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり?)恩返し gari @zakizakkie

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