第78話 ちょっと、話があるんだ


「ルビー、ちょっと話があるんだ」


 花の氷像を見ていたルビーは、和樹から声をかけられた。

 ゴウドたちはすでにいなくなっており、アンディやトーラは、ザムルバ共々マホーがどこかへ連れて行ったため、いま洞窟内にいるのは二人だけだ。


「話って、なに?」


「これなんだけど……」


 和樹が首元からスルスルと出したのは、シトローム帝国へ旅立つ前にルビーが渡したペンダント。

 今も身に着けてくれていることに、つい笑顔がこぼれた。


「帝都の店で、店主に言われたんだ。これは、その……『二つで一対になる物』だと」


「…………」


 和樹の言う通り、それはルビーが身に着けているペンダントと対になる。

 王都の店でお揃いのものを買うと決めたときに、店員が勧めてくれたものだ。

 でも、それを彼に知られていたとはルビーは思いもしなかった。


「……その人の言う通りよ。もう一つは、ここにあるわ」


 服の下に隠していたペンダントを見せると、和樹は「そうか……」と呟いただけで黙りこんでしまう。

 その反応を見ただけでルビーの胸はズキズキと痛み、息をするのも苦しくなる。

 自分の行動は、やっぱり彼を困らせてしまった。

 ペンダントを渡したときに、お揃いであると伝えるべきだったのか。

 それとも、和樹が村に戻ってきた時点で気持ちを伝えていれば……

 お互い忙しかったからと言い訳をしても、後悔をしても、もう遅い。


「ルビー、ごめん……」


 和樹の謝罪が何を意味しているのか、わかりたくないけど、わかってしまう。

 きちんと気持ちを告げる前に、自分は失恋したのだ。

 こぼれ落ちそうになる涙を、ルビーはグッとこらえる。

 ここで泣いてしまったら、また和樹を困らせてしまうから。


「カズキの話はわかったわ。じゃあ、私は先に戻るわね」


 努めて明るく、ルビーは和樹へ告げる。

 家に帰って、自室でたくさん泣いて、明日には気持ちを切り替えなければならない。

 これからも、和樹とは良き友人でいられるように……


「待ってくれ。まだ、話は終わっていない」


「えっ?」


「本当に、ごめんな。俺……ルビーの気持ちにも、自分の気持ちにも気付いていなくて、きっとたくさん傷付けていたと思う」


 鈍感にも程があるよな……そう言って自虐的に笑う和樹を、ルビーは見つめる。

 視線に気付いた和樹は、ルビーの前に箱を差し出した。


「これをルビーへ。俺の気持ちを受け取ってほしい」


 箱の中身は髪留め……細かい色石が散りばめられた、以前もらった物とはデザインが全く異なるものだった。

 色石が三色あることを確認したルビーの目から、先ほど抑え込んだはずの涙がせきを切ったように溢れ出す。


「えっと……、きちんと意味を理解した上で贈っているからな!」


「……わかっているわよ」


 堪らず抱きついたルビーを、和樹もしっかりと抱きしめ返す。


「その……この国の作法では、髪留めを二つも贈るってアリなのか?」


「ふふふ、二つも貰った話は聞いたことがないけど、私が良いのだからい・い・の!」


 日替わりで着けるというルビーの話に、「女性は、いろいろと大変だな」と和樹は笑う。

 顔を上げると、ルビーの大好きないつもの人懐っこい笑顔が見えた。

 これからは、より近い場所でずっと見続けることができる。

 和樹は、自分の意思ではなく強制的にこの世界に送られてしまった。

 でも、そのおかげで自分は彼と出会うことができた。

 召喚者にちょっぴり感謝の念を抱いてしまったことは、ルビーだけの永遠の秘密だ。



 ◆◆◆



「本当に、腰掛けても冷たくないのね……」


 貴族の庭園を再現したガゼボの中にある椅子に腰を下ろしたルビーは、不思議そうに見回している。

 ちなみに、『ガゼボ』とはあっちの世界の公園にも設置されていた、いわゆる東屋あずまやというもの。

 四方の柱と屋根だけで出来た壁のない休憩所みたいなところで、小説の中では、貴族たちがそこでよくお茶をしているよね。


 話を戻して……


 俺も氷魔法で作った氷像なのにどうして冷たくないのか、ものすごく疑問だもんな。

 ザムルバさんは、「魔力を強くこめることで、時間が経っても溶けない物に変わります」と言っていたけど、原理まではわからないみたい。

 これはいにしえの魔法らしいし、物質が変化してガラスのようになった、とか?

 まあ、ここは異世界だしな……


 ……って、こんなことを考えるために俺たちは場所を移動したわけではない。

 もう一つルビーに渡したいものがあるから、座ってもらったのだ。


「ルビー、左手を出してくれ」


「うん? これでいい?」


 俺が彼女の細い薬指に嵌めたのは、ルビーの指輪。

 そう、ばあちゃんの形見の指輪だ。


「わあ! 素敵な指輪ね。こんな輪が細くて形が綺麗なもの、見たことがないわ。これも、帝都で買ったの?」


「ううん。これは、あっちの世界の物……ばあちゃんの形見の指輪なんだ」


 こちらの世界の装飾品は、機械ではなく職人が一つ一つ手作業で作っているから、同じ商品でも形が異なる。

 指輪は特に細工が精巧だから、輪っかがやや太めだ。

 人差し指に嵌める分には良いのだろうけど、ルビーの細い薬指には似合わないと思うし、俺としてはあちらの世界の流儀でやりたかった。

 

 というわけで、店主にサイズ直しをお願いしたところ……



 ◇



「輪を小さくすることは可能ですが、大きくすることは難しいですね……。それで、その方の指の太さはご存知ですか?」


 そうだ、指のサイズがわからなければ無理だった!

 どうしようと焦ったところで、アイテムボックスに入れっぱなしだったアレの存在を思い出す。


「これで、なんとかなりますか?」


 俺が差し出した物を見て、店主が『この物体は、何?』と言わんばかりに首をかしげた。



 ◇



「えっ、あの武器から、指の太さを測ったの?」


「うん。ちょうど、左手だったしね」


 俺が店主に見せたのは、ナックルダスター。

 シトローム帝国へ行く前に、ルビーに持たせるために俺が作った護身用の武器だ。

 両手分を作って、ルビーの使い勝手の良い右手用を渡し、左手用は俺がずっと持っていた。

 まさか、こんな形で活躍するとは、思ってもいなかったけどね。


「本当は、これは『婚約の形』として贈るだけのつもりだったんだ。普段身に着けてもらうのは、新しい指輪で……」


「新しい指輪なんて、必要ないわ」


「でも……」


「私は、これが良いの! 大切な指輪を私に贈ってくれたカズキの気持ちが、嬉しいから……」


 ルビー、ありがとう。

 でも、「私の次は、娘かお嫁さんへ受け継いでいきましょうね」なんて言うから、思わず目頭が熱くなったじゃないか!

 

 ばあちゃん。

 ばあちゃんの気持ちは、ルビーへちゃんと伝わっていたよ。

 だから、じいちゃんと、俺の両親と、皆で天国から俺たちを見守っていてね。



「カズキも泣きたかったら、私のように泣いてもいいのよ?」


 少し腫れぼったい顔をしたルビーが、そんな意地悪を言ってきた。

 でも、言われるがまま泣いてしまうのはちょっと悔しいから、代わりに抱き寄せて、キスをする。

 これまでの想いをこめた、長い長いキス。

 顔を真っ赤にしたルビーが「カズキのバカ! バカ!」と怒るから、「ごめん、ごめん」と謝って再び抱きしめる。


 俺は、君と出会えて本当に良かった……


 小さく呟いたら、「私も……」と声が聞こえた。










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