進化

 「おはようございます。七時です。起きてください。」

小型のロボットが寝室に入ってきて言った。

「もうそんな時間か。さあ、おまえたちも起きなさい。」

男は隣で眠っている妻子を揺り起こした。

「おはよ、パパ。」

三歳になったばかりの娘が飛び起きていった。男は妻と娘と三人で暮らしている。しかし、もうすぐで家族は四人になる。妻のお腹はもう相当大きくなっており、一ヶ月後には男の子が一人、生まれる予定である。


 今男が住んでいる家は横に広い。ただし天井は低く、1.5メートルほどしかない。しかし別に不便ではないし、誰も不満は感じていない。


 全員が目を覚ますとベッドが動いて、三人をダイニングルームへと運んでいった。朝食はロボットが作ってくれる。今日のメニューはトースト、スクランブルエッグ、サラダとミルクで、デザートの果物はブドウだった。ロボットは三人の食べる量をそれぞれきちんと把握していて、ちょうどいい量を皿に盛り付けてくれる。


 「今日は何をしようか。」

男は言った。

「あたしね、ママにお裁縫教えてもらうんだ。あたしがチクチクするんだよ。」

娘がうれしそうに言った。昔の人にしてみれば何も変わったことはないかもしれないが、未来において人類は自分で裁縫などしなくなってしまったのだ。できなくたって、すべてロボットが代わりにやってくれる。だから裁縫や料理などというのは、子供の遊びの一つになってしまった。世界一のシェフが作ったところで、ロボットの料理にはかなわないし、ロボットよりも速くきれいに洋服を作ることなど不可能なのだから、真面目に学ぶ必要などないのだ。


 「そうか。じゃあパパは何をしようかな。」


男は誰にともなくつぶやいた。いつもの台詞なのだから、みんないちいち返事などしない。何しろみんなやることがなくて困っているのだから。会社などというものは存在しない。ロボットがすべてやってくれるからだ。


 食べ終わった皿をロボットが片付けていった。そして娘の話をしっかり聞いていて、裁縫道具を二人分用意して持ってきてくれた。


「電話でもかけようかな。」


 二人が裁縫をしているのを少しの間眺めた後、男がつぶやくと、ロボットがすぐに携帯電話を渡してくれた。


 親友に電話をかけると、着信音一つですぐに出てくれた。ロボットが大変優秀で、電話が鳴った瞬間飛びついてくれたのかもしれないし、親友が男と同じように暇だったからかもしれない。


「もしもし。」

「やあ、私だ。暇だから電話でもかけてみようと思ってね。」

「こっちも同じくだ。ひまでない人など、この世に存在しないだろうよ。」

「うちの娘は飽きもせず、ロボットのやる仕事を練習しているんだがね。裁縫やら料理やら、色々と。覚えたところで役に立ちもしないのに。」

「いやあ、でも、やることがあるというのは、いいものだよ。やらせてあげるといいさ。」


 ここで二人同時にため息をついた。つまらない世の中になってしまったものだ。ロボットが何もかも行ってしまうなんて。


「誰か何か、とんでもないことをやり出そうとするやつはいないのかな。昔は戦争なんてものを、やっていたみたいじゃないか。そういうド派手なことをやり出すやつは。」

男は言った。

「ああ、そうなったら面白いだろうな。でも、現れるわけがないさ。君もわかっているだろうと思うが。」


 男は自分の足元を見た。足元、というのは一種のたとえで、男に足などないのだ。この男が特別なのではなく、妻も娘も親友も、皆そうなのだ。


「昔は居酒屋、なんてものがあったそうだ。知っているか。」

親友は話題を変えて言った。

「酒を飲むところだろう。皆会社帰りに寄っていたようだ。」

「今もそんなところがあればなあ、君と一緒に行くのだが。」


 そのようなことを言ってみたところで仕方がない。足がないのだから、居酒屋など行けるはずがない。


 このようなことになったのは、百年前に戦争が勃発したためだった。世界中の人がその核戦争のために命を落とし、もうこれ以上戦争などしたくないと思ったのか、産まれてくる子供に足が生えなくなったのだ。なるほどこれでは戦地に出かけることもできない。そしてそれと同時に一人の博士が、強力な戦闘能力を持ったロボットと、足の生えている人類にのみ感染するウイルスを世界中にばらまき、戦闘ロボットや核ミサイルを機能不全な状態にしてしまった。


 だから今この世に存在している人類は、皆善良な心しか持たないロボットに育てられてきたのだ。


 しかし、これでいいのだ。居酒屋には行けなくなってしまったが、頼めばロボットが酒を持ってきてくれるし、ド派手なことをやっている人を見たかったら、映画ならばいくらでも見られるのだ。古い映画ばかりで、俳優には皆足が生えているが。


 足がなかったところで、ロボットがすべてやってくれるのだ。そして戦争で人が亡くなることもない。何の問題もないではないか。暇だと言うことぐらい、何だというのだ。


 人類だって、環境に応じて進化するのだ。

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