ふと気が付くと、目の前に箱が落ちている。何の変哲もない、小さな箱だった。拾い上げて中を見てもからっぽで、裏を見ても特にこれといった特徴はない。それなのになぜか、その箱を見ていると飾り付けなくてはならないという使命感が湧き上がってくるのだ。男は街中を駆け回り、箱にぴったりの装飾品を見つけ出し、汗水たらして懸命に箱を飾り付ける―


ここで男は目を覚ました。ああ、夢だったのかと安心して、額の汗を拭う。


ベッドから起き上がり、いつも通りパリッとしたワイシャツを着て、ネクタイを締める。鏡の前に立つと、なんの特徴もない男がこちらを見つめていた。特徴がないといっても悪い意味でではない。なんとなく人当たりが良さそうで、優しそうな雰囲気の顔だ。背も低すぎて不格好なわけでも、高すぎて人を威圧する感じもない。


男は鏡に向かってひとつ頷くと、いつも通り会社に向かった。この頃には、今日みた夢などすっかり頭から消えていた。


会社に入ると、受付嬢が客に愛嬌を振りまいている。それを横目で見届け、男は自分のオフィスに戻った。会社にかかってきたクレームに対応し、客に頭を下げる。上司に叱られ、また頭を下げる。


何の特徴もない一日を経て、男はとぼとぼと家まで帰る。男はコンビニのお弁当で夕飯を済ませ、眠りについた。


 夢の中で男は、昨日の箱に出会った。その箱は、また男の前に落ちている。男はそれを拾い上げた。


俺はこれを売り込まなくてはならない。


男はなぜかその考えにとりつかれ、今度はその何の変哲もない箱を多くの人に買ってもらうために街中を駆け回る。


この箱は一見何の変哲もないありきたりの箱に見えますが、こんなときやあんなときに一番役立つのがこの箱なんです…


お買い得ですよ。普段なら値が張る商品ですが、今ならなんとこちらのお値段で…


客の顔は見えない。男は誰彼構わず買ってくれそうな客に箱の宣伝をした。こちらは必至で説明をしているのに、客の反応はいまいちだ。売れないことに焦りが出てくる。


もっと良い言い回しはないだろうか。どうしたら客にこの箱の魅力が伝わるだろうか―


ここで男ははっと目を覚ます。なんだか同じような夢を前にも見たような気がするが、あまり気にせずまたスーツを着る。綺麗に歯を磨き、髪型を整える。今日もどこにでもいそうな、普通の男が出来上がった。


朝早くに家を出て、会社に向かう。いつもと同じ朝だ。会社に向かう人にもまれ、静まり返った電車の中から外の景色をぼんやりと眺める。


会社につくと、自分のオフィスに向かった。今日もいつもと同じく上司に叱責され、営業成績が伸びずに落ち込む。そして、いつも通り夜遅い時間に帰路についた。

家のベッドにもぐりこみ、男はほっと息をつく。リラックスしたのも束の間、男は眠りについた。


 男の前にはまた、箱が落ちている。拾ってはいけないと思いつつ、男はそれを手に取ってしまう。見れば見るほど、何の変哲もない箱だ。


飾り付けなければ、という思いに駆られる。売り込まなければ、と思う。


男が箱を抱えて家を飛び出すと、小さな女の子がこちらを見上げていた。

「おじさん、その箱、なぁに。」

女の子が無邪気な顔で箱を見つめる。いつも通り箱の良さを語ろうとして、男は口をつぐんだ。


この箱は、何なのか?俺は、どうしてこの箱を―


男は目を覚ました。何かを発見できそうだったのに、と少し残念な気持ちが残る。そんな気持ちも、着替えをするうちに忘れてしまった。


仕事場では、隣で同僚が電話に向かって話している。

「少々遅れておりますが、何の問題もございません。うちの商品には―」

男のところにも電話が回ってくる。男も同僚と似たり寄ったりの言葉を並べる。


男は疲れ果てて家に帰った。寝巻に着替え、ベッドに入る。


 男の前にはまた箱が落ちている。男はじっと箱を見つめた。箱はただ、そこにあった。男は意を決して箱を持ち上げ、家の外に運んだ。人目につきそうなところに箱を置き、家の中から箱を見守る。


箱の横を多くの人が通り過ぎて行くが、誰も箱に見向きもしない。人々はその箱が目に入っていないかのように歩き去って行く。


俺が宣伝したときは興味を示してくれた人もいたのに、とぼんやり考える。


長い時間が経ったが、誰もその箱に見向きもしなかった。


男は家を出て箱を取り上げる。そしてその箱をじっと見つめた。


俺は、どこかでこの箱を―


男はベッドの中で目を覚ました。布団から出て、着替えをする。しっかり眠ったはずなのに、疲れが取れていない気がする。


男はいつも通り電車に乗る。受付嬢が、今日も笑顔で客に対応している。男はそれを横目にオフィスに向かった。あの商品を売り込むために―

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