博士と銅像

 「うむ、これで完成だ。」


 研究室の中で、一人の博士が満足そうにうなずいた。彼の前には大きなウイルスの入ったびんが並べられている。博士はこれから、その中に入っているウイルスを世界中にばらまくつもりなのだ。


 博士がこのウイルスを発明することに決めたのは、一年ほど前にこのようなニュースを見たからだった。


「世界中で産まれる人間の胎児に、足が生えなくなるという現象が発生いたしました。専門家によりますと、二年に勃発した戦争が原因で、こどもを戦地に送りたくないと願った人類が我が子を守るために足のないこどもを産み出し、戦地に行けなくしたのではないかということです。専門家はこれを人類の進化の一つとみていて、足のないこと以外はそのこどもたちに異常は見られないようです。」


 世界中の人々が、戦争のない世の中を望んでいるのだ。そうでなかったらあそこまで劇的な進化を遂げることなどあり得ないと感じた博士は、その日からこの人類を救うウイルスの開発にいそしんできたのだ。


 博士の作成したウイルスは、強力な戦闘能力を持ったロボット、つまり人間と一緒に戦争に参加していたロボットと、足の生えた人類にのみ感染するものだった。感染したものは皆、苦しむこともないが死んでしまう。世界を作りかえるには、こうするしかないのだ。足のある人類を残しておくと、いつ誰がまた部品を集めて殺人ロボットを作り出してしまうかわからない。


 足のない産まれたばかりのこどもたちは、生き残ったロボットが世話をしてくれる。現在のベッドは自動で家中を移動して人々を運んでくれるから、問題はない。

 博士は世界中にウイルスをばらまいた。


 ウイルスの力は偉大だった。戦闘用ロボットは勿論、足の生えた人類も次々と静かに息をひきとっていった。


 博士は大満足で、最後にロボットに自分の銅像を造らせた。そして自分の業績を細々と書き込み、国会議事堂の前に配置させた。文句を言う人などいなかった。みんな亡くなってしまったのだから。博士だけはウイルスが上手く感染しなかったら改良する必要があるので、専用のマスクをしていたのだ。


「これで、地球は平和になるに違いない。そして将来、足のないこどもたちが大きくなったときに、私の銅像を見て私の成し遂げたことを知り、感謝するに違いない。私は神のように崇め立てられるのだ。」


 最後の殺人ロボットが機能不全な状態になったのを見届け、博士は満足そうにマスクを外した。そうして足の生えた最後の人類も、安らかに息をひきとった。


 しかし博士は少々うかつだった。確かにこどもたちは何の問題もなく善良なロボットに育てられ、すくすく育つに違いなかった。戦争など起きない、平和な世界になるに違いなかった。


 だが何しろ、彼らには足がないのだ。そして自動に動くベッドは、家の中しか動かないのだ。だから人類が今後、家の外に出ることはないのだ。そしてロボットは人類を傷つけられないような、小型のものしか残っていない。だからロボットが人を外に運び出してくれることはないのだ。かくして博士の銅像は彼らに見られることはなく、博士は神のように崇められることもないのだ。国会議事堂の近くに住むこどもたちが大きくなったら、窓から博士の銅像を目にすることはあるかもしれないが、細々と書かれた博士の業績までは読めない。だから、誰だろうと少し思われた後、忘れ去られてしまうに違いないのだ。


 平和を作り出した博士は、その平和の中で、一人さみしくさびれていくだけなのだ。

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