運のいい男

 「ああ、俺はなんて運のいい男だろう。」


 道端に落ちていた一カラットはありそうなダイヤモンドの指輪を拾い上げ、その男は言った。実際男は運がよかった。この前は無料で都心のど真ん中にある豪邸を手に入れたし、その前は札束が会社の床に転がっているのを発見した。勿論交通事故にあうことはないし、通り魔に狙われることも強盗に押し入られることもなかった。


 しかし、この男も生まれたときから強運の持ち主だったわけではなかった。男が一ヶ月程前に宇宙旅行に出かけ、帰ってきてからのことだった。最近は一般人も海外旅行にいくような感覚で、宇宙旅行に出かけられるようになったのだ。


 そこで男は有給休暇をとり、一人で月まで出かけてみたのだった。そして三日間月に滞在し、帰ってきてみると、世界一運のいい男になっていたのだ。


 厳密に言うと、彼は世界一運のいい男になっただけではなかった。世界一の富豪であり、世界一健康な人類となった。世界一歌の上手い人であると同時に、世界一の美男子となった。


 なぜなら、その男以外に人類が存在しなくなったからだ。男が月でのんびりしている間に、ウィンガム星とか言うところから宇宙人がやってきて、森林が伐採されたり海が埋め立てられたりして、住むところを追われてしまった生物たち、そしてそのように無残にも切り倒されてしまった木々などを気の毒に思い、それらを苦しめている人間全員を緑色の光線銃のようなもので一掃してしまったのだ。それを男は月からぼんやりと眺めているしかなかった。自動操縦の宇宙船で地球に帰って来てみると、このように人類は男一人だけになっていたのだ。しかもその日宇宙旅行に出かけていたのは、世界中でこの男だけだった。皆やはり、新年は地球で迎えたいと思うらしかった。


 誰もいない静まりかえった渋谷スクランブル交差点を見つめて、男はため息をついた。


「ああ、俺はなんて運の悪い男だろう。」

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