第9話 宿泊 魔法補助科の少女 その3

 薄暗闇の中、気弱そうな青年が掛けた声が部屋の中で反響する。


 反芻する。


 息を潜めるようにして身動きを取らない二人。内心では「バレたのか」「見えているのか」と問答を繰り返し、どう言い訳をし、どのようにして最適解を導き出そうかと考えていた。


 魔法少女とはその姿は一般人に見える事はなく、ただ存在として『認識』は出来るだけである。その事を知らない二人は何度も思考を繰り返し、黙って隠れている後ろめたさを徐々に感じ、姿を見せる事を決めたのだった。


 変身を解く。フレアは弾けるように、アクアは溶けるように衣装が消え、残ったのはホムラとアオイの高校生としての姿である。


 突如目の前に出現した生徒に目を見張るトモヤ。

 驚く彼に対し、ホムラが頭を勢い良く下げた。


「あの、すみません。言い訳は無いです。ただ興味本位でここに来てしまって・・・。悪いのは自分だけなので、そこをどうか」


「・・・っ!」


 何か言いたげなアオイをホムラは視線で黙らせる。

 まぁ、元を辿ればホムラが100%悪い話である。付き合わされたアオイにしてみれば災難以外の何物でもない。表情を見るに「庇うのは当然よ」的な顔をしているので思わず口が滑って彼女を売ってしまいそうだが我慢する。


 素直に頭を下げる二人を見て、トモヤは一つ笑い声を溢す。異様な部屋に似つかない爽やかな笑い声だ。


「いやいや、僕は何も君たちを叱りに来た訳じゃないんだよ。確かに魔法少女が君達だってのは驚いたんだけどさ」


「叱りに来た訳じゃない・・・?」


 じゃあただ単に正体をバラしただけじゃない、と隣に立っているアオイに肘で突かれ、耳元に口を寄せられる。自身と同じシャンプーの匂いが鼻腔を擽ぐる。

 ああ、こいつもシャンプー忘れたんだなぁ、と現実逃避をしながら言葉を聞く。


「魔法少女は素性を明かさないんじゃなかったの?」


「いや・・・あからさまにバレているのに見て見ぬフリをするってのはちょっと魔法少女的良心が・・・」


「はぁ」


 完全に呆れているアオイ。ホムラとしても反論も、言い訳も出てこない事なので押し黙る。単純にホムラとして見て見ぬフリは出来なかったのだ。それが原因で仲間の素性を明かした事になる。ホムラの心の中には深い反省の念が生まれる。


 それも直ぐに消え去ったのだが。


 二人の言い争いに待ったをかけたのはトモヤである。

 首に掛けた黒いロケットペンダントを掴み、見せる。


「純粋にこれがあるから君達がいるって事を分かったんだよ。そもそも、魔法補助科としても魔法少女の観測は第一の目標だしね。・・・まぁ、でも僕以外の人だったら言いふらしていた可能性は無きにしも非ずだから、ね」


「ですね・・・」


 何故ほぼ初対面の人間に説教を食らわないといけないのか、と心底自分が嫌になるホムラであるが、確かに言っている事は確かである。それも、トモヤが言いふらさない確証はないのだが。


「その場合は記憶を失くすまで殴るまでよ」


「・・・一応君も魔法少女だよね?」


 言葉を聞いてかトモヤが若干引きながら言う。一応彼女も魔法少女です。


 実際、何度かアオイの事を魔法少女ではないナニカとして見える時がある。嘘か真か。ほぼメッチャワルイヤーツである。


 そんな頼もしく、危なっかしい相方の言葉を聞きながら、トモヤがここに来た理由を明かす。


「君達も見て分かったと思うけど・・・魔法少女、マジカルシャドウはこの世にいないんだ」


「・・・へ?」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 間抜けな表情を晒すホムラを差し置いてトモヤは過去を話し始めた。首に下げたロケットペンダントを名残惜しそうに撫でながら。







・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・





「マジカルシャドウ・・・本名はトモヤクロエ。僕の娘だ」


 いきなりデカい爆弾を落としたトモヤに驚きを隠せないホムラ。最初から最後まで驚き一色である。マジカルシャドウはいないだの、彼女は自分の娘だの。どう考えても理解し難い話であるが、彼の話す表情は真剣そのものである。


 朝、彼に挨拶に向かった懐かしい応接室にて茶菓子を摘みながら話を聞いている。隣で無遠慮にお茶を啜るアオイを無視しながら。


「ああ、その表情。『娘』って部分に引っかかったんだよね? 確かに、僕の見た目からしたらクロエなんている筈がないよね」


「ええ。娘より兄妹と言って貰った方がまだ納得は・・・」


 マジカルシャドウ。実年齢は分からないがホムラの記憶にある彼女は十五、六程の少女である。見た目のみでの判断であるが、大凡その年齢であっている筈だ。


「クロエの年齢は今年で・・・17歳だったかな? 確かになぁ。それも僕が他の魔法少女を探している理由だよ」


 そう言ってトモヤは席を立ち、棚の中から一つのアルバムを取り出した。中を開き、あるページを見せてきた。そこに写っていたのは優しい雰囲気を醸し出している中年の男性と、黒髪が綺麗な中学三年生くらいの少女の姿だ。


「・・・うーん、そうだな。馴れ初めから話そうか。まず、この写真に写っているのは僕と、そしてクロエだ」


「・・・え?」


 にわかには信じ難いが、見比べると確かに。中年男性と目の前にいる青年の特徴が酷似している。いるが・・・。


「クロエが魔法少女として活動し始めたのは・・・確か三年前からだったかな? 中学卒業間際で魔法少女として活動し始めたらしい。詳しい年代はまだ調べきれていないから謎なんだけどね。ほら、魔法少女ってほとんど見えないからさ」


 腕を組み、懐かしそうな表情で語る。


「恐らく、毎日が刺激的だったんだろうね。良く笑う素直な子だったんだけど、その日を境に元気さが爆発してね。うちではクロエを中心とした笑顔の輪が広がってさ、すごく毎日が楽しかったんだよ。いや、魔法少女になる以前も賑やかで楽しかったんだけどね? で、ある時。何か強大な敵と戦ったんだろうね、何の前触れもなくクロエが居なくなった。警察にも、その時所属していた役所の役員にも探してもらうように協力して貰ったんだよ」


 でも、と一つ前置きを置いて。


「君達が一番分かってるよね。『魔法少女』は一般人には見えない、って」


「はい、確かに見えていないようです」


「うん。だから捜査も難航したし、手掛かりの一つも見つけられなかった。日にちだけが過ぎて行き、僕も結構な立場になってね? このように魔法補助科って言う重要なポストで働けるようになったんだ。それを見越してなのか、それを待っていたのか。ある日突然クロエが帰ってきたんだ。全身に酷い火傷痕を残して。呼吸も浅く、顔色も悪い。魔法少女ではない僕から見ても一目で分かったよ、毒に侵されているって」


 一息つくようにテーブルに置かれているお茶を一口含み、微笑みかける。


「ごめんね、こんな話僕達の胸の中に秘めていたものだったんだけど。それをようやく話せるってなると、ちょっとだけさ嬉しくて。・・・もう少しだけ続くよ」


「大丈夫です。娘さんの話をもっと聞かせて下さい」


 話の内容的にマジカルシャドウが戦った相手は毒を持っているメチャワルイヤーツである。

 それを倒したのか倒せなかったのかは謎であるが、魔法少女に感染し、心身を壊す毒は凶悪でしかない。気を引き締める。


「流石魔法少女だ、強いね。・・・そこから三日かな? クロエは苦しんで苦しんで苦しんで、魔法少女として死んだよ」


 話を聞き、一つ疑問が生まれた。


 それは魔法少女として死んだ、との部分である。何故死んだと分かるのか、そもそも魔法少女とは見えない存在ではなかったのか?


 謎に思ったホムラを見て、トモヤは説明を入れる。


「これも仮説なんだけど、魔法少女が大きな怪我ーーー命に関わるダメージを受けると魔法少女としての姿と人間の姿が混同するみたいなんだ。毒に侵されて姿を見せたクロエは僕の目からでもしっかりと見えたんだ」


 恐らく、恐らくだが。

 魔法少女の姿を保っていないと毒のダメージを受ける事はできず、だが一人では完治する事は出来ない。何か手はないかと考えた末の魔法補助科の職員である父を頼ったのだろう。だが、魔法少女の姿は一般人には見えない。一般人に見えるようになるのは命に関わるダメージを受けた時。即ち命が残り僅かな時である。

 必死に助けを求めても姿は見えず、変身を解いたら即死してしまいそうな毒の中で戦い抜いたマジカルシャドウ。

 ようやく認知してくれた時には息も絶え絶えな状況。考えただけでも恐ろしい。


 ホムラやアオイからしてみれば全く想像のできない痛みと苦痛だっただろう。少しだけ二人の顔が引き攣る。


「クロエが死ぬまで色んな事をやった。魔法少女の研究なんて殆んど手に付かなかった未知の存在だったからね。何をどうすれば良いのか分からず完全に手探りの状態だったよ。その研究の副産物か、それともクロエの力なのかその時にいた職員は皆、僕のように若返ったんだ。ーーー丁度二年前だね、彼女が死んだ数日後にマジカルシャドウの名を公言した。もしかしたら他の魔法少女がこの話を調べてくれると、クロエの犠牲を無駄にはしたくは無かったからね」


「だからあの時、生放送じゃなくて映像だったんだ」


「そ。で、結果的に今日。摩訶不思議高校と繋がり、君達魔法少女と知り合えた。クロエの犠牲は無駄では無かったって事だ」


 そう、瞳に涙を浮かべながらそう呟く。

 計り知れないモノがあったのだろう。魔法少女だからといって、ホムラとアオイは一端の高校生である。痛みを完全に理解する事は出来ないが、それでも出来る事は少なからずある。どのように言葉を掛けようか、言い淀んでいるとアオイが口を開いた。


「痛みとか、苦しみとか、悲しみとか私には分からない。分からないけど、魔法少女として困っている人がいたら見捨てないのがポリシーだから。もう安心して、トモヤさん。クロエさんの敵は私達が討つわ」


 今まで茶菓子とお茶を嗜んでいた奴とは思えない真剣そのものな表情で、一直線にトモヤを見詰めてそう言い放つ。

 その言葉に気押されるように、包み込んでくれるような頼もしさに頬を緩ませる。


「ああ、ありがとう。・・・実はクロエを死に追いやった敵の情報は何となく纏める事が出来たんだ。さっきの部屋に書類は置いてたと思うから」


 立ち上がったトモヤに続くように二人は席を立つ。


「・・・アオイ、めちゃめちゃ良い事言うじゃん。見直したよ」


「見直すって・・・これでもホムラよりも歴が長い魔法少女何だけど」


「いや、普段のあれこれを見てたら、さ」


「あれこれって・・・まぁ、でもこれでホムラが知りたかった事は解明されるから良いんじゃないの。マジカルシャドウだっけ?」


「ああ、そうだな」


 知りたかったと言うより会いたかった側面の方が強いが、命の奪い合いである。

 ホムラとしても、初対面の時、死に掛けていたアオイの姿を見ていたのでそこら辺は重く見ている部分ではあるが、それでも人の口から『魔法少女が死んだ』と聞かされるのは少々心に来るものがある。

 その面では、表面上は何事もないように振る舞っているアオイは流石先輩魔法少女である、と言えるだろう。


 やはり魔法少女なんだな、とアオイの事を見直しながら道を進んでいく。殆んど道中はダンジョンである。薄暗い道、奇妙で劣化している壁。モンスターが出現しても違和感がない空間である。

 辺りを見渡すように、キョロキョロと顔を動かしていたホムラを見て、トモヤは口を開く。


「実はクロエが来る前まではここも綺麗な場所だったんだけどね、クロエの毒が原因か、徐々に建物が劣化していってね。今ではお化け屋敷みたいになってしまったんだよ。っと、ここか。・・・あれ? 鍵が壊されてる?」


 到着し、手に持った懐中電灯で真っ二つに両断された南京錠を照らす。視線を後ろに向けるアオイが素知らぬ顔で、吹けない口笛を吹いていた。あからさま過ぎる。


 鍵くらい適当に買い換えれば良いか、とすぐに視線を戻したトモヤによって救われたのだが、そのすぐ後に声が聞こえた。


「・・・クロエの服が無くなってる」


 その声を聞き、二人は慌てて中に入る。

 確かに、祭壇の上。良く良く見れば苔が生えたベットの上に置いてあったマジカルシャドウとしての衣装がなくなっていた。

 泥棒でも入った? と素っ頓狂な事を呟くアオイを差し置いて、トモヤは徐々に顔を歪ませる。彼が口を開くのと同時に、地上で大きな爆発音が聞こえた。


「アオイ、行くぞ!!」


「ええ分かってる」


 急いで駆け出し、走る道中で魔法少女に変身をする。


 全身を赤いベールに、青いベールに包んだ二人はフレアとアクアに変身し、次の一歩で外に出た。明るく、爛々と照らす太陽の下には全身を黒いヘドロで覆ったような異質な人型がいた。

 手には身の丈ほどはある大鎌を持ち、ゴスロリと言い表した方が良いだろう服装を身に纏い、鷹揚にして豪勢なスカートを膨らませるーーーホムラの記憶にあるとある魔法少女の姿と酷似していた。


「ーーーマジカルシャドウ?」


 そんな呟きを聞いたのか、ヘドロを全身に纏った彼女は三日月のような笑みを浮かべて空中から地上へと急降下を始めた。大鎌を振りかぶってフレアに叩き付ける。

 衝撃の瞬間、前に出たアクアが勿忘草色の刀で攻撃を受けていた。


「ね、ねぇ!! その、マジカルシャドウってこんな奇妙な見た目なの!? と言うか完全に敵対行動とってるんだけど、倒しても良いよね!!??」


 そう叫んで刀を一度消し、急に支えがなくなった事で前のめりになったマジカルシャドウへと再出現させた刀で胴を一刀両断する。


「答える前に行動するなよって話だけど・・・生憎と相手は魔法少女じゃないみたいだな」


 二つに分かれた体を、粘土細工かのように合わせ、繋がる。

 そんな異質な姿を見た二人は一旦距離を置く。


 何というか、直感というか、聞いた話というか。触ったらまずい気がするのだ。


 どうやらその場から動く気がないマジカルシャドウを視界に収めながら二人は作戦会議をする。

 あーでもない、こーでもない、あーじゃない、こーじゃない、と色々と意見を交える中で、二人の背後に現れた一つの気配には気が付かなかった。


「やぁ、マジカルフレアにマジカルアクア。初めましてだな」


 そう言っていきなり現れた新しい魔法少女。

 ピンクの長髪を背中に流し、魔法少女と言えば! で構成されているふわふわキラキラな衣装を身に纏い、手には女児モノのステッキを持っている妙に無愛想な年増。魔法少女と言うより魔女と言い表した方が良い彼女を見て、アオイは一言。


「・・・ホウジョウ先生? コスプレですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女エモーショナルハイスクール 椎木結 @TSman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ