第8話 宿泊 魔法補助科の少女 その2

 田舎特有の謎の野生生物の鳴き声を聞きながら一年A組の生徒はラッパの快音を目覚ましに目を覚す。


 意気揚々としたラッパの快音である。

 いつの日か見た自衛隊の朝のアレに似てるなぁ、と思いながら大半の生徒が二度寝を決め込もうとする最中、次はスピーカーで音声が流れた。


『一分以内に支度を済ませ、中庭に集まらなかったものは朝と昼食を抜きにする』


 声の主は女性で、少し棘のある声色であった。


 その文言を受け入れ、しっかりと理解する頃にはクラスメートは冷や汗を全身にかいていた。

 別にご飯抜きがどうこうって話ではない。現代、別に一日一食でも何とか生活していけるほど食事は充実している。完全食だって世の中にはあるのだ。たかが飯抜きを食らったところ何の痛みも無い。

 痛みは無いのだが、飯以上に評価が問題なのである。


 と言うか、そもそも今現在宿泊している場所は魔法補助科であり、魔法少女の第一線で活躍するエリート集団である。建物がボロっちく、職員が若者しかいない空間は確かに頼りないイメージが浮かぶが、それでも最難関の就職先の一つである。

 既に眠気などなくなった生徒は急いで支度を済ませる。


 事前準備や、説明などは一切ない。ホウジョウ先生があえて言わなかったのか、それともただ単に忘れてたのかは謎であるが。

 故に、何を準備したら良いか分からない状況なのである。が、早朝に快音のラッパと言えば一つである。


 それぞれが運動着に着替え、中庭に立つ。時代錯誤なブルマを着用して。


 時計を一瞥し、手に持った拡散器を下げる。

 茶髪ツインテールの和洋折衷お嬢様風貌の役員が声を張り上げる。若干の吊り目気味であるが、それでも年齢は二十代前半と言った若々しい女性である。和洋折衷お嬢様であるが。


「すべての生徒が集まるまで二分三十秒。初めてにしては上々だが、時間オーバーだ。各自中庭を5周。その後にストレッチをしろ!」


 上下黒のスーツ姿で言われると、言葉と姿に微妙にズレが起き、少し思考が遅れるクラスメート。その反応を見て、茶髪ツインテールーーーササノキトモヨはため息を吐く。改めて向けられた鋭い視線を受け、ようやっとクラスメートは行動する。

 行動すると言っても中庭の面積は東京ドームである。野球選手でもない、ただ優秀な高校生でしかない彼らにしてみれば一周走るのでさえも一苦労である。

 そんな状況下で息も絶え絶え「今何周?」「まだ二周目」「えぇ」と、死にそうなアイコンタクトを送り合う中。ほとんど同率一位、かつ最速で終わった生徒が二名いた。


「・・・ユウラギホムラとホダラアオイか」


 魔法少女とになってからか、若干素の身体能力が上がった事で意外とすんなり終わらせた二人を見てササキノはそう呟く。


 事前情報として話された事である。ユウラギホムラとホダラアオイは最も魔法少女に近い存在である、と。片方は男なので魔法少女に近い・・・? と言われても疑問符しか浮かばないが、そういうもんなのだろう。と無理やり納得させる。

 確かに。ササキノの目からしても運動能力は抜群。朝のラッパの音にいち早く反応し、集合したのはこの二人である。何故二人一緒に寮から出てきたのかは彼女自身も謎なのだが、それでも優秀とされる理由が垣間見れる。


 ストレッチをし、準備をしている二人を見て、ササキノは近付く。今の彼らにこの体験は必要ない、と。そう判断して


「ホムラとアオイ。君たち二人は免除だ。少し魔法補助科を見て回ると良い」


 そんなササキノの言葉を受け、ホムラの表情が明るくなる。優秀とは言っても、高校生だな。と微笑ましい気持ちになったササキノはそれ以上の言葉はない、とその場を去る。残った相手は高校生に毛が生えたような未熟な存在である。





・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・





 当初、どんな理由で場を離れようか考えていた二人であるが、日が昇っても結論が出ず、良く分からない中早朝のランニングを終えたら何故か自由行動を与えられた訳である。理由は分からない。が、それでも棚からぼたもち的な時間である。これを有効活用する他ない。


 他の職員の迷惑にならないように、との言葉を受け離れた二人。


 すぐさま人気のない場所まで移動し、魔法少女となった。魔法少女とは弱者を助ける救世主である。そして、一般人には視認されない特別な存在でもある。

 そんな特異性を活かして魔法少女化した二人を冷たい目で見るドラ。

 まぁ、魔法少女に対して、変身するしないは個人の自由なので言葉には出さなかったが。


 それでも自由に行動出来る時間が出来たわけである。二人は堂々と正面から魔法補助科に侵入する。


「それにしてもボロっちいわね。本当に魔法補助科なのかしら。税金の使い所が気になるところね」


 そんな意見を溢すアクア。

 トゲトゲで優しさのかけらもない言葉だったが、確かにその通りではある。

 世の中に未確認の存在、そして未確認の救世主が現れた事でその存在を「魔法少女」と断定し、設立した魔法補助科である。

 その補助を目的とした多額の支援金が税金として賄われているのだが、そんな大規模な組織がこんなオンボロ施設で何をやれているのか、何をやっているのか。気になるところではある。が、


「それ以上にマジカルシャドウの件だな。二年前、突如として警察組織に所属し、姿を眩ませた謎の存在。恐らく手掛かりくらいはここにありそうなんだけど」


 マジカルシャドウ。

 二年前の活動を境に公的機関に所属を宣言し、姿を眩ませた稀有な魔法少女。


 警察組織、との情報であったのだが、所属しているなら二年間行動しない理由が分からない。

 その間に多数の事件、事故、メチャワルイヤーツ関連の事が様々起こっているのだ。何か理由がある筈だ、との考えで最も存在の近い魔法補助科を探索している訳である。まぁ、何もなくても何かある訳では無いのでくだびれ儲けって訳では無いのが救いだ。


 魔法補助科の職員が各々パソコンと睨めっこしているフロアを抜け、何階か下に降る。

 徐々に照明の数が減っていき、薄暗い雰囲気の階層を歩いていた所、妙に頑丈に施錠されている扉を見つける。場所にして地下二階だろうか。少し薄暗い場所で、拳サイズの南京錠で強固に閉じられていた。


「絶対怪しいな」


「怪しい以外の何者でも無いわね」


 と、両者の意見が一致し、アクアは腰にある刀を抜く。淡い勿忘草色が一文字に入った綺麗な刀である。それを目にも止まらぬ速さで引き抜き、鞘に戻す。じゃらじゃら、と解けた南京錠が地面に落ちた。

 そんな光景を見て、少しだけ視線をアクアに逸らす。何か思うところがあったのが、慌てて彼女は弁明する。


「な、何よ。結局なかに入るんだったら壊しても一緒じゃない」


 そんなアクアを無視して中に入る。別に非難するアレは無かったのだが、物を壊すのはちょっとなぁ、とホムラの魔法少女良心が訴えかけてくるのだ。まぁ、やったのはアクアなので別に問題はないのだが。



 少しだけ落ち込むアクアを後ろに連れて、ホムラは進む。

 薄暗い空間。歪な内装。気味が悪い空気。


 そんなのを感じながら進んで行くと道が途絶えた。行き止まりのようだ。


「何よこれ・・・」


 全面を黒で塗ったような部屋。そしてその中心には異質なほど綺麗な赤紫色の衣装が祭壇の上に置かれている。ホムラは一瞬で理解した。その衣装が何なのかを。


「マジカルシャドウの服だ」


 その言葉でようやっと理解したのかドラとジラも反応する。口を開け、言葉にもならない言葉を発しながら。


 そんな異様な空間を目の当たりにして、遠く離れたドアが閉まった音がした。振り向けばそこは暗闇である。光が一歳通っていない深淵の中、背後に誰か居る事だけを感じた。

 ホムラはその両手にマジカルパワーを宿し、部屋を赤く灯す。


 そこには


「えっと、恐らく魔法少女の方がいらっしゃるんですよね?」


 と、急に明るくなった空間に驚きながらも、表情が一切変化しない青年。


 トモヤシュンスイが立っていた。

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