第7話 宿泊 魔法補助科の少女

 一ヶ月というのは長いようで短いのである。


 ホムラが所属している摩訶不思議高校のカリキュラムは相当にギチギチなのである。

 メチャワルイヤーツへの座学や魔法補助者への適正を図るための体力測定、そしてその合間に高等教育である。人間の頭はそんなに無理やり詰め込んでも・・・と、思ってしまうが頑張れば何とかなるのだ。現状では脱落いなく、元気に過ごせている。


 だが、その日常生活にプラスしてホムラ達は魔法少女としての活動があるのだ。頭も体も身も心も粉にして動いている。


 疲れた表情のホムラと違い、何故か表情が変わらないアオイ。先輩ってすごいんやなぁ、と素直に称賛していたのだがジラに話を聞いた所、メチャワルイヤーツの討伐を殆んどホムラに任せているそうで。

 最近妙に優しかったのはそのせいか・・・と、真実に一歩近付く。


 そんな過酷な毎日である。

 疲れが日に日に溜まる一方なのだが、ホムラは少し変わった男子高校生である。現状、疲労よりも楽しさが優っている。表面上は優等生の男子生徒が、実は日夜、人が知らないところで魔法少女になって悪と戦っている状況は最上級のストレス発散方法と言っても過言でははないだろう。


 何故か日を重ねるごとに意気揚々としているホムラに対して、恐れからか、優しい態度を見せていたアオイである。オーバーワークも遥かに超えた毎日なのに笑顔は欠かさない。そんな相手に怖い以外の感想は浮かばない。アオイの方が正しいまである。


 そんな背景があり、つい先日行われた定期テストすらも春風のように通り過ぎていったのだ。


 もはや定期テストなんて誤差である。毎日を学業と魔法少女に捧げているホムラの順位は学年総合十位。相当高いが、まだまだ上を目指せる順位である。ホムラとしても満足のいく結果だった。

 のだが、ふとアオイの自慢げな表情に連れられ、結果を見たら『学年総合一位』の文字。表には出さなかったがその日はずっと疑問符で一杯だった。どうしてそんなに頭が良いの? 授業なんてずっと寝てるぞこいつ。

 こうしてまた一つ、ホムラの個人的な七不思議が一つ足されたところで場面は変わる。








・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・








 本日は六月十二日。

 待ちに待った魔法補助科への体験入学の日である。


 やはり摩訶不思議高校。無駄に金だけは持っているので無駄に巨大で屈強なバスを貸切にして拠点のある東京へと向かうようである。

 見上げるようにしないと全容が掴めない巨大なバスの姿に、


「これが恐竜って奴なんだねぇ」


 と驚きの声を漏らすドラ。ほぼ恐竜だ。何ら間違いはない。


 朝の朝礼を、これまた巨大で屈強な門の前で終了し、バスの中に入って行く。さて、席順はどうしよっかなぁ、とドキドキワクワクしながら見渡しているといきなり腕を掴まれた。掴んだ人物はホウジョウ先生である。


「クラス代表は前の席だぞ。ほら」


 そう言って運転席の真後ろの席に案内される。まぁ、だろうね。と案外すんなりと納得する。特に反論はなかった。


 前日のバスの席決めの時、ホムラの名前が無かったのだ。そうなんだろうなぁ、と思っていた所である。希望は希望でしかないのだ。

 荷物自体はバスの荷物置き場に置いたので、手元にあるのは二泊三日のしおりとスマホだけである。目的は学びであるが、それでも記念写真くらいは撮って良いよね、とウキウキで持っている訳である。

 続々と入ってくる三者三様の反応を見せるクラスメートを眺めながら、隣に空いている席を見る。恐らくそうだろうな、と彼女を待つ。


 一か月も経てば美少女も板につくようで、最近友達が増えて楽しそうなアオイがバスの中に入ってきた。若干髪にパーマを当て、顔にうっすらと化粧を乗せた彼女である。もう美少女がいたについている彼女である。

 そしてホムラ同様に腕を捕まれ、空いている席に案内される。有無を言わせない強引さだ。


「え、は?」


 理解が及ばない様子でアオイは席に座らされる。


「クラス代表だからな。よし、これで全員揃ったな〜? 揃ってなくても時間だから出発するぞ〜。では、お願いします」


 と、徐々に誠に遺憾な表情を見せるアオイを無視してホウジョウ先生は運転手に声を掛ける。先生は運転手の隣の席である。プシュ、とノンアルコールビールを取り出し一口。いつもの光景である。

 最近委員長がホムラであると知ったホウジョウ先生はやりたい放題しているのだ。先日はコンビニで買ったイカのゲソを理科の実験室で炙っていた程である。この人程学校を学校と思っていない人物はいないだろう。その分、常識の範囲内であればある程度の自由は許されているが。


 バスの中に漂うビール臭に眉を顰めながらホムラは手際よく、窓を開ける。換気の目的もあるが、ホムラは酔いやすい体質なのだ。しかも席の場所はタイヤの上である。目的地までは数時間は余裕で掛かる。途中で休憩があるとは言え、恐らく到着した頃には半死半生だろう。


「アオイ、後は任せた」


「任されないわよ」


 以前何かの機会で乗り物に弱いと伝えていたので、先程までの不満げな表情は何処へ。母性溢れる表情に変化していた。出発数秒であるが、ホムラはゲンナリし始めたので彼女の変化に気付かないが。


「酔い止め飲んでるわよね? 腹は八分目よね? 飴とか舐める?」


「ああ、大丈夫だ。大丈夫じゃないが」


 もはや介護である。

 普段の学校生活では立場が逆な事もあり、世話する役割であるホムラが世話されている状況。すなわちシャッターチャンスである。助手席で息を潜めているホウジョウ先生の手元には一眼レフが握られていた。


 パシャリ、と豪快に響く車内。

 その音に反応したクラスメートは記念写真だと勘違いし、めちゃめちゃ良い笑顔をホウジョウ先生に向ける。渋々彼女は生徒たちに向けシャッターを数回押した。その嫌そうな表情は到底教師が見せていいものではないが。


 シャッターの音と、騒がしい車内に対しナイーブになり始めたホムラは一つの手段を思い付く。


「(もう俺だけ魔法少女になって現地集合しようかな)」


『(ダメだよぉ。現地集合なのにホムラの方が到着早くなっちゃうじゃんかぁ)』


 それは適度に時間を潰して合流するわ、普通に考えたら分かるだろ。と文句を呟きながらアオイの介護を受ける。手渡しで飲み物を渡される。水筒である。ほぼオカンだ。


 素直に親切を受けるホムラの姿を見て、アオイはその見に宿る母性本能が擽られる。普段は面倒見てもらう側だったのに、一転して面倒見る側になっているのだ。


「いざとなったらゲーしても良いのよ。袋あるし。大丈夫? リクライニングする? クーラーの風は直接当たらない方が良いわよねぇ。ぐへ、ぐへへへへ」


 お世話がお節介に変化し、徐々にそれは厄介へと変化する。

 悪戯好きのヤンチャな表情に変化した彼女に対し、ホムラはほんの少しだけ目を開ける。


「ありがたいけど黙っててくれ」


「ごめん」


 しゅんとした表情でアオイは懐からスマホを取り出す。シャッターが出ない設定で、こっそりとぐったりとしているホムラとのツーショットを頂く。


「やっぱアオイさんエグい事すんなぁ。やってる事ヤンデレと同じやで? それか変質者。無駄に顔が良くても犯罪は犯罪やで」


「・・・本音は」


「黙っといてやるからワシにもデータ送ってくれや」


 悪の取引を行っている一人と一匹を見ながらドラはため息を吐く。ぬいぐるみは乗り物酔いから程遠いのだが、契約者がダウンしているとぬいぐるみも若干ダウンするのだ。今日はドラのテンションが些か低い。本来なら止めるなり楽しむなりするのだが。


 楽しい筈の宿泊研修。幸先から困難である。個人的なものであるが。








・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・









 摩訶不思議高校から魔法補助科への場所までは数時間程かかる。その為様々なパーキングエリア、サービスエリアを経由するのだがそもそもの立地的に経由するまでも時間が掛かる。その為死んでは回復し、また死んでは回復するといった負のループがホムラに襲い掛かっている。南無。


 摩訶不思議高校から少し離れればそこは木々が溢れる森である。

 森の中に無理やり開通させた道路にけったいな図体で進むバス。もはや峠攻めである。パシパシと、時々車体に当たる木々の嫌な音に運転手は顔を顰めながらも順調に進んで行く。


 移動中、車内ではカラオケ大会などの様々なレクリエーションで盛り上がっていた。全てホムラが考えたものである。自分は盛り上げる事はできないから、せめて盛り上がるものでも。と聖母のような考えのもと提案されたものである。流石模範生。ホウジョウ先生は手が掛からないと笑っていた。


 マイクは席順に回っていき、アオイの番になる。

 彼女の特技はカラオケで九十点以上しか出せない事である。そんな特技を活かしてバスの中を盛り上げていく。選曲は今流行りのアニメの曲だったりボカロだったり。少し時代を遡り、懐かしの着メロだったり。生徒も運転手も楽しめる選曲で、クラス代表としての責務を全うする。


 一通り盛り上がり終わったら後は携帯イジイジの時間であり、その後は就寝タイムである。これこそ学生の本分である。騒いで寝るだけ。

 そんな赤ちゃんのようなサイクルを迎え、車内には静寂が訪れる。聞こえるのは華麗な運転手のギア操作であり、エンジンの音である。そんな中、気付いたら眠ってしまっていたホムラが目を覚ます。


「・・・うぇ、まだか」


 完全に嫌悪満載で呟かれた一言はエンジンの音に紛れる。だがスルーされた訳ではなかった。助手席の方からチラリと、ホウジョウ先生の深紫の瞳がホムラを見ていた。恐怖である。


「こわ」


「到着まではまだだね。場所的には・・・うん、森の中だから到着まで30分と少しってとこだな。気が付けば到着してるさ。もう少しの辛抱だ」


「30分かぁ。カップ麺10個作れますね」


「一つずつ作るのか、富豪だな」


 眠りにつく前の、羊を数える容量でカップ麺にお湯を注ぎ入れる映像がホムラの中に流れる。カップ麺の匂いを思い出し、


「うげ・・・」


「何やってんだコイツは」


 吐き気を催す。呆れられる。


「何も考えるな。外の風景だけ見てろ」


「はい・・・」


 久しぶりに教師らしい言葉を受け、正直に従う。一面木である。木と木と時々竹。そんな緑一色な風景を見ながらホウジョウ先生は口を開いた。


「正直ホムラが居て助かった。教師としては長いが、担任は初めてでなぁ。教えるのは大得意なんだが導くのがちょっと。ほら、苦手じゃん?」


 確かに苦手そうだなぁ。姿がそう表してるもん。

 そんな事を思いながら緑一色の風景を眺め続ける。・・・ん、話それで終わり? と視線をホウジョウ先生の方へ向かわせる。めちゃめちゃコチラを見ていた。


「えっと、その。まぁ、はい」


 どうやら相槌を求めていたようである。満足いったように話を続ける。クソ程めんどくさいなこの女。


「ホムラや、まぁアオイもそうだな。率先して皆を纏める行動をして助かるよ。今日だってホムラからレクリエーションを企画したんだろ? 流石だなぁ」


「いえいえ・・・」


「流石だよ。まぁ、でも。頑張るのも良いけど、たまには今みたいに休めよ? お前だけの人生なんだから」


 と、何やら良い事を言っている風なのだが実際は死にかけの車酔い男子高校生を私欲の為にこき使っている悪魔である。良い事を言いたいのであればもっと調子が良い時に言ってくれ、と心底思いながら再度瞼を閉じる。内臓を弄られるような、頭をシェイクされているような。そんな気持ち悪さから逃れるように。心地の良いアオイの寝息をBGMに。夢の世界へ。


「・・・ちょ、ヨダレが」


 クソ程大きい溜息を吐きながらポケットに入れていたウェットティッシュを取り出し、乱雑にアオイの頬を拭う。一応女だろうが。せめて取り繕ってくれ、と思いながら再度瞼を閉じる。聞こえてくるアオイの寝息BGMは心地よさから一転、若干苛立ちに変わりながらホムラは眠りの世界へ旅立つ。










・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・










 気が付けば目的地である。

 異様な青春をバックミラーで見ていた運転手は、どうとも言えない表情でホウジョウ先生に見送られ、その場を後にする。このクソみたいな道を戻らないと行けないのか、と想像するだけでも気を失ってしまいそうなものを感じる。


 そんな体の良い感想を抱きながらホムラはアオイと一緒にホウジョウ先生に連れられて魔法補助科へと先んじて向かう。他のクラスメートは荷物を置きに宿へと向かった。徒歩10分ほどらしい。東京にそんな場所あるんだね、とそう思ってしまう森の中。

 ポツンと佇む古さを感じられるコンクリート建造物。ホラー映画の舞台だろ、とそう言われた方が納得しそうな建物である。アオイは怖さを、ホウジョウ先生は怠さを、ホムラは喜びを。それぞれの想いを胸に秘め、恐怖の館へと足を運ぶーーー。


 よく見れば形は小さな役所であるが。



 受付のお姉さんの指示で二階へと向かった三者。待ち受けていたのは優しそうなメガネのお兄さん。そして案内された応接室。大きく包み込むようなソファに、温かいお茶。そしてほんのり甘い茶菓子。田舎の役所である。


「遠くから遥々いらっしゃいました、ようこそ魔法補助科へ。摩訶不思議高校には色々とお世話になっています」


「いえいえこちらこそ。私の方からも改めて、研修の方受けて頂きありがとうございます」


「ーーーー


 と、色々と大人の会話をする二人を他所に一口。お茶を啜る。うん。うまい。

 隣に座るアオイは行儀良さそうに茶菓子を手頃に切り、口に運んでいる。表情からとても美味しそうなのが伝わる。しっかりと残りも味わったアオイはホムラの耳に口を寄せ


「あの人って他所では大人なんだね」


 そう呟く。わざわざ内緒話で無礼を同意させようとするな。


 思わず吹き出してしまいそうになったが、ギリ耐える。また毒を吐くだろうな、と予想して口に何も含んでいなかったのが幸いだ。


 確かに、まぁ。言われてみればそうであるが。

 バスの中での一件であったり、色々と気を抜いて良いところは抜くが、やる事はやる先生なのだ。気を抜いて良い時の抜きようは半端じゃないが。


 どうやら二人の話も終わったようで、ようやくホウジョウ先生から自己紹介のターンを渡される。


「初めまして、今日から三日間お世話になります。摩訶不思議高校から来ました、一年のユウラギホムラと申します」


「同じくホダラアオイです」


 そう言って軽く頭を下げる。

 ホムラとしてある程度の常識と知見は得ているが、それでも社会人には到底及ばない。取り敢えずは無礼のないようにありきたりな挨拶をしてみる。反応を見る。優しそうな表情のお兄さんがもっと優しそうなお兄さんに変わる。正解だった様である。


「こちらこそよろしくお願いします。魔法補助科、第二班の班長トモヤシュンスイです。いやー、高校一年生? めちゃめちゃしっかりしてるねー。お兄さんが高校生の時なんてそこまでしっかり出来なかったよー?」


 と、お褒めの言葉を預かる。


 色々とやんやかんや事務的な話をし、本格的に活動するのは明日の朝からと言う確認を行う。案の定、ホムラとアオイは蚊帳の外であるが、変に意見を求められる方が嫌なので口を紡いどく。時々意見を求めるようにトモヤがホムラの方を見るが、ホムラ的には勘弁してもらいところである。摩訶不思議高校と言っても中身はただの高校生である。何を求めてるんだ。

 何故かハラハラドキドキしながら会話は終わり、ではまた明日との話で終わる。


「じゃあ明日楽しみにしていますんで」


「はい、よろしくお願いします」


 頭を下げ、踵を返す。

 数秒。我慢に我慢を重ねていたが、その我慢のダムは決壊してしまう。ホムラが口を開く。


「あ、あの!」


 いきなりの声に少し驚いた様子でトモヤが目を開く。糸目お兄さんである。開眼すると若干怖い。


「何かな?」


「魔法少女・・・マジカルシャドウってこの三日間で会えたりしますか!?」


 素性も素顔も知っているのは魔法補助科の人だけである。


 ホムラとしては学業も運動も日常生活も大事なものであるし、重要であると理解している。だから手を抜かずに真剣に毎日を過ごしているのだが、それ以上に全てを投げ捨てでも知りたい事があるのだ。それこそが魔法少女について、である。

 もしかしたらトモヤが魔法少女・・・? とホムラと同じなのかもしれない、と考えたのだが会話の最中に永遠とソーラン節を踊らせていたドラとジラに一切目を向けない辺りそうではない。普通だったら一瞬でも視線がそこに向かってしまう筈である。


 同様に、この部屋にいる職員に対しても目を光らせていたのだが、結果は同じ。


 誰か知れたら良いな、とそんな気持ちだったがそれで終わらないのであれば強硬手段である。

 大慌てのアオイと、何故か爆笑しているホウジョウ先生を無視して視線を逸らさない。


 そんなホムラに対して、少しだけ笑いの息を溢すトモヤ。


「僕からは何にも。ただ運が良かったら会えるかも知れないね、とだけは言っておくよ」


 何故か悲しげに、首に下げた真っ黒に染まったロケットを握り締めそう話した。


「(・・・おいおい、いるじゃん。て言うかワンちゃん会えるかもじゃん!? 何この反応、脈アリどころじゃないんだけど!!)」


「(すごく嬉しそうだねぇ。僕も何だから嬉しくなっちゃうよぉ!)」


「(何でドラが嬉しくなってんだよ)」


「(じょ、情緒不安定だよぉ。まだ車酔いしてるみたいなんだよぉ)」


 と、オヨヨと、悲しげにソーラン節を踊るドラ。どちらかと言うと情緒不安定なのはドラの方であるが、それは突っ込まない。ぬいぐるみ二匹の踊りは絵になるのだ。


 ホムラの元気の良い質問に対しての笑い。返答する時の悲しげな声色。そして意味ありげに握っている首から下げたロケット。

 どうやら明日はホムラ&アオイの探検が始まりそうであった。


 魔法補助科を後にし、宿へと戻る。

 豪華な天然湧きの温泉と、豪勢な料理の数々。その場で、自分の手で焼いて食べるステーキは格別であった。


 食事も風呂も終わり、時刻は二十時を少し回った頃である。クラスメイトとの和気藹々も終了し、ホムラは自室へと帰る。ワンルームの、畳十畳ほどの大きさである。そんな部屋のドアノブを握り違和感を覚える。扉にノックを一つ。すぐに鍵が開く音が聞こえる。


「友達と遊んでるんだと思ってたんだけど。戻るの早いな」


 そう言いながらよっこらしょ、と入ったすぐそばの畳に座る。

 言葉に対し、


「男グループに呼ばれてるんだよねぇって言ってどっか行っちゃった。いや、誘われたんだけどね? 誘われたんだけどわざわざ異性の部屋に行かなくてもなぁって思ってさ」


「自分の部屋に男いるもんな」


「うるさい」


 罵られ、枕を投げられる。


 どうやら部屋割りもバスの席順と同じだったみたいで、部屋に割り振られた時にはホムラとアオイ二人であった。ポカーンと、口を半開きにして惚けているとそのままホウジョウ先生は夜の世界に消えていったので消息不明である。

 友達の部屋に入れてもらうってのも考えたのだが、部屋割りである。相手はホウジョウ先生とはいえ、しっかりと話し合いで決まった部屋割りと言うルールを叛くのはいかんでしょ、との訳で現状に至る。


「いざとなったらマジカルウエポン出して斬るから」


「こんな場所で魔法少女になるなよ・・・つか、変な事はしないって」


 変な事はしないが、変死はしそうな空間である。暴力系魔法少女であるアオイと同室とかホムラ自身もお断りしたいのだが、持ち前の優等生頭脳ではどう考えてもルールを守りながら、かつ穏便に済ませる手段は探せなかった。

 一つの案として誰か一人がベランダで寝るって選択肢もあるが、アオイは一瞬で「女の子にそんな事させる気?」と否定したし、何ならホムラも嫌である。誰が好きで宿のベランダで一夜を過ごさなければいけないのか。アオイが性別を盾にするならホムラだって魔法少女になる気は全然ある。


 そんな訳で男女仲良く同じ部屋である。

 いよいよホウジョウ先生の脳みそがとち狂ったんじゃないかと本気で心配したが、どう取り繕ってもイカれ狂ってるのは確定なので手の施しようがない。


 まぁ、たかが寝るだけである。特に問題はない。


 パパッと、寝床の準備を完了させる。消灯時間は二十一時である。まだ一時間程はある。風呂に入り、すっぴんになった綺麗な顔で、俯きながら髪をイジるアオイ。そんな彼女に対し、ホムラは気を利かせて話題を提供する。


「アオイは好きな人とかいるのー?」


「何で恋バナしようとしてんのよ!」


 そう言って回収した枕を再度投げつける。枕のワタも投げられる為のものじゃないのに・・・て泣いてると思うぜ? そんな諸行無常を感じながら枕をキャッチし、そっとリリースする。


「いや、何か暇そうだったからさ。良いじゃん恋バナ。顔だと誰が好みー?」


「だからしないって! 否定してんのに無理やり話題を突き通そうとするなって!」


 必死そうに否定するアオイ。それだと好きな人を隠しているようにしか見えないぜ? と、微かに芽生えているホムラのSっ気に火が灯りそうになるが鎮火させる。恐らくアオイに消せない炎が生まれるので英断である。

 じゃあ何を話すのよ、最近流行りのイケメン俳優の話? と話題を考えていると、アオイがそう言えばと切り出した。


「トモヤさんに魔法少女の話聞いてたでしょ? その後にめちゃめちゃ悪い顔してたんだけど何考えてたの」


「めちゃめちゃ悪い顔してたんだ」


「うん」


 全然隠せていなかった。


 遅かれ早かれ。今夜言うか、明日アオイを叩き起こして言うかの差だったので特に隠す意味はないとホムラは話す。


「いや、トモヤさんの反応がさ、完全に『何か隠している』反応だったからさ。明日にでも隙を見つけてアオイと一緒に魔法補助科を探索してみようかなって」


「へぇ、そうなんだ・・・て、ん? 誰と探索するって?」


「だからアオイ。お前だって」


 名前を受け、アオイは考える。ポカンと、思考を少しだけ空中に移動させて、頭上の広いキャンバスで、アオイ・・・? そんな人物他にいたっけ? お前? この場所に私以外の人っているっけ? いないよな。まさかホムラは見えない存在を見る事ができる・・・!?

 と、現実逃避をして見るが、現実は変わらない。直視する。


「ちなみに拒否権って」


「別にあるけど。その場合マジカルパワーの訓練には付き合いません」


「それくらいだったら別に・・・」


 と、アオイは考え、上を見る。ジラの方を見た。めちゃめちゃ首を横に振ってた。


「マジカルパワーは才能あるものと一緒に訓練する方が断然ええんや!! アオイさん、ここは我慢やで!!」


「・・・」


「個人的には魔法少女二人の絡みは見てて飽きないからもっとヒッチャカメッチャカに絡んでるのがあわよくば見たいんや!!」


 アオイの突き刺す視線には耐えられないようで、ジラは聞かれていない事をペラペラと語る。いつものようにアオイにキレられ、亀甲縛りで放置される。クジラなのに亀甲縛りである。手足縛れていないのでほぼ意味はないが。

 恍惚とした表情に変化したジラを放っておいて、アオイは渋々といった表情で首を縦に振る。


「その代わり、マジカルパワーの訓練にはしっかりと協力してよね」


「勿論!」


 良い笑顔でサムズアップする。ホムラの笑顔とサムズアップは魔法少女の為にあるのだ。


 別に探索するくらいなら一人の方が行動しやすいのだが、アオイは魔法少女である。ホムラの魔法少女好き属性がアオイを一人にさせない。何かと理由を付けて行動を共にしたいのだ。そんな初々しい恋心みたいなホムラに、まんざらでもない表情を見せるアオイ。面食いである。


 残り時間は適当に駄弁り、消灯の時間になる。健康少年と睡眠少女である二人は静かな暗闇と、暖かい布団があれば一瞬で寝れてしまえるのだ。すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

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