女神たちの茶会 〜好物は人間の愚行話〜

子鹿なかば

女神たちの茶会 〜好物は人間の愚行話〜

『女神のお茶会〜好物は人間の愚行話〜』


 ここは天界のとある小さな島。一面に広がる芝生の中にぽつんと白いテーブルが置かれている。そのテーブルを囲んで、3柱の女神がお茶を飲みながら世間話をしている。


「でさー、この前転生させた人間がさぁ」

「前話していた人間でしょー? どうなったのー?」

「聞きたい!」


 彼女たちの話題はもっぱら人間が起こす事件についてだ。


 女神たちはそれぞれ1つの宇宙を管轄している。


 泡のように無限に発生する宇宙。その宇宙1つ1つに女神が配属されていた。彼女たちの務めは管轄する宇宙に生を授けること。文字通り「母なる女神」だ。


 そんな女神たちの最大の敵は「退屈」だった。何万年・何億年と宇宙を見守らなければならない女神たちはとても暇なのだ。


 暇に耐えきれなくなった女神たちがここにいる。


 赤髪の女神が話しを始めた。


「今回転生させた人間は30代の山田って男。孤独なまま事故で人生を終えた寂しいぼうやだったから、女神の庇護で運命をやり直させてあげようと思って」


「いいように言っているけど、ただの暇つぶしでしょー?」

黄色髪の女神が鼻で笑う。


「私の管轄の人間だったのに。勝手に転生させてさ。で彼はどうなったの?」

青髪の女神が特に気にしない様子で先を促す。


 ここにいる女神たちはタブーを犯していた。生物の魂を記憶は残したまま別宇宙に転生させていたのだ。


 本来、生物が亡くなった場合、魂は記憶が浄化されて別の宇宙で再利用される。この作業は女神の務めだ。


 しかし、この女神たちは、記憶の浄化をせずに別の宇宙に転生させるいたずらを、3柱の中だけで勝手におこなっていた。


 なぜか?暇だからだ。社会が混乱する様子を楽しんで観察していたのだ。まさに神の遊びだ。


 3柱が管轄する宇宙にはそれぞれ人間に似た種族が生息していた。この生物ならば、記憶そのままに別の宇宙に転生させてもすぐに順応できた。


 人間の人生が再び終わりを迎えたら、その顛末をこの茶会でみんなに共有する。


 他の女神たちはそれを聞いて涙を流すほど笑うのだ。女神たちは愚かな人間が巻き起こす事件が大好きなのである。


 赤髪の女神が話しを続ける。

「山田は孤独なまま35歳で命を落としたから、転生後は承認欲求が満たされる人生を過ごさせてあげようと思ってさ」


 エピソードを披露するときは顛末をじっくり話す。女神は結論を焦らない。女神には時間が無限にあるのだ。


「で、転生させるときに私は彼にとあるスキルを付与したの」


「どんなスキル?」青髪の女神が聞く。


「今回付与したのはコピースキル。自分が倒した生き物を食すと、その生き物の能力を自分のものにできるの。例えば、鳥を倒して食べると、背中から羽をはやして空を飛ぶことができる」


「また便利なスキルあげたねー」黄色髪の女神がニヤつく。


「でしょ? 山田はそのスキルを知ってからはもうなんでも食べ始めちゃってさ。オークを食べたときは、笑い通り越して嫌悪感しかなかったわよ」


「うげ」青い髪の女神が舌をだす。


「で、しまいにはワイバーンの飛行能力、バジリスクの毒、ガーゴイルの石化など強力なスキルを手にしていったわ。そうなったら山田に敵なしよ。彼は一人で強力な魔族たちを打倒していった」


「なるほど。で?」そんな英雄譚には興味がない青髪の女神が続きを促す。


「魔族に襲われていた国は山田を英雄として迎い入れた。国民から多大な称賛を得た山田。しかし、彼の人生はここから大きく転落していく」


「きたきたー」待ってましたとばかりに黄色髪の女神が目を輝かせる。


「その後も山田はスキルを駆使して、国の危機を救い続けた。転生前は褒められることがなかった彼にとって、称賛がなによりも気持ち良かったの。ただ、次第に彼の身体が悲鳴をあげていく。コピーによる身体変化はやはり人間の身体には負荷がかかりすぎていたみたい。肌はボロボロで青く変色し、髪は抜け落ち、まぶたはただれ、目は視点が定まらない」


「もう魔物じゃんー」


「そうなの。彼は普段兜をしていたから、なんとか醜い姿は隠せていた。けれど、ある日、子供がいたずらで彼の兜を奪い取ったの。彼の素顔を見た国民たちは悲鳴をあげた。称賛から嫌悪に。噂が噂を呼び、以降は誰も彼に近づかなくなった」


「山田にとってそれはきつかっただろうねー」黄色髪の女神はなんだか楽しそうだ。


「手のひらを返してきた国民を恨むようになった山田。彼は人里離れた丘の上に家を構えて引きこもった。しかし彼だって買い物に行く必要がある。兜では安心して外出できなくなった山田はある生物に目をつけた」


「なになにー?」


「その世界には自分の身体を背景色に変色できる爬虫類がいたの」


「まさか」


「その爬虫類を食べて、彼は背景に溶け込む能力を身につけたの」


「それってつまり透明人間ってこと?」


「そう。実際は特殊な鱗で皮膚をおおって色素細胞を常に変色させているだけなんだけどね」


「すごい能力だわー」


「彼はそのスキルを使って、人知れず街へ出る。目的は食物と日用品の購入。盗むのには抵抗があったから、代金はお店の人のポケットにこっそり忍ばせておいた」


「真面目ねー」


「しかし、その真面目さも最初だけだった。誰も自分を見ていない。何をしてもバレることはない。だんだん彼の悪意が膨らみ始めたの」


 人間の醜さが大好きな女神たちは目を輝かせる。


「食欲は盗みで、性欲は夜這いで、睡眠欲は国王のふかふかベッドで、自分の欲求を好きなタイミングで満たすようになっていった」


「バレることはなかったの?」


「物理的には存在しているからバレることは何度もあったわ。けれど、見つかったとしても彼はケルベロス並の脚力を持っていたし、ワイバーンみたいに空だって飛べる」


「ほんとチートねー」


「彼は常に透明のまま、自分の欲望を満たし続けた」


「でー?でー?」黄色髪の女神が先を急かす。


「山田はこのままずっと透明でいようと思った。醜い身体を周囲に晒さずにすむのだから。けれど3ヶ月が限界だった。透明スキルって自分も自分の身体を見ることができないの。それって実は脳にとって危険なことだったのよ。実存が感じられなくなって、自己の認識が希薄になってくるの」


「幽霊みたいなものなのね」青髪の女神が冷静に分析する。


「そう、まさに。怨念だけが残った魂と同じよ」

 

「それで諦めて透明を解除したのー?」


「さらなる悲劇が山田を襲う。変色能力を解除しようとしたけれど、解除できなかった。脳が自分の身体の色を忘れてしまっていた。変色させようにも元の色に戻せなくなっちゃったの」


「えーまじでー!?」黄色髪の女神が嬉しそうにさわぐ。


「完全なる透明人間になってしまったのね」冷静な青髪の女神も、不幸な展開にだんだん笑みを隠せなくなってきた。


「悲しき山田の身体はずっと透明なままに」赤髪の女神が芝居がかった演技で悲しい素振りをする。


「自暴自棄になった山田は欲求を爆発させた。性欲と食欲を満たしているときだけ自己の身体を認識できたからね。しかし、さすがに国民も対策をとる。鼻の効くウルフが放たれ、すぐに居場所がバレた。ついには山田は国から逃げるしかなくなったの」


「あら大変」青髪の女神が感情ゼロの感想を述べる。


「荒野を一人歩き続ける山田。もう誰も自分を褒めてくれない。誰も自分を認めてくれない。生きる気力を失った彼は、ついに自死を決意する」


「まぁそうなるよね」


「彼は手を剣に変化させると、自らの胸に刺しこんだ。全身に激痛が走る。吐き気とめまいが襲う。苦しいけれどもうこれで終われる……しかし!」


「なになにー?」黄色髪の女神は楽しそうな声を出す。


「どれだけ時間がたっても彼の意識は消えなかった。地面には大量の血が流れているのに」


「なんでー?」


「これもやっぱりコピースキルが理由だったの」


「もったいぶらないで早く教えて」


「彼は昔、川辺で魔族との戦闘中に、川の水を大量に飲んでしまっていたの。飲み込んだ水の中にはエタヒドラと呼ばれるその星の微生物が含まれていた。その生物の特徴は驚異の再生能力。身体が千切れようとすぐに再生を始める不死身の生き物だった」


「ということは」


「そう、山田も不死身になっていたの」


「えー!残酷ー」


「彼だって色んな方法を試したわ。火、水、毒、絶食、窒息。どれを試しても死ぬことができない」


「でも痛みはあるんでしょ?」


「そうなの。痛みを感じてしまうのが辛いところよ。死ぬほどの苦しみを感じながらも身体は再生を始める。しかもずっと透明のまま」


「きゃー地獄ー!」黄色髪の女神が口に手をあてる。


「身体より先に精神が崩壊したわ。もう自分が誰なのか、なぜここにいるのかさえもわからなくなった。荒れ果てた砂漠の上に横たわり、彼はとうとう動かなくなった」


「だよね」


「それから300年」


「300年ー!」


「山田の身体には苔がはえ、次第に身体は土に埋もれていった。その土地はもともと植物が育たない不毛の地だった。けれど彼が栄養源となり、一本の木が根付いた。その木は大きく大きく成長していった。その木の下で今もなお山田は息をし続けている……」


「おしまい」赤髪の女神が話し終える。


 ……


 ……


「アーハッハッハッー!」

「イーヒッヒッヒッヒッ!」

「キャーキャッキャッキャッ」


 女神3柱が腹を抱えて笑い出す。バッドエンドは女神たちの好物だ。


「かわいそすぎるってー!アーハッハッハッー!」黄色髪の女神は涙を流しながら、テーブルをバンバン叩いている。


「今も土に埋まってるんでしょ。しかも透明のまま。イーヒッヒッヒッヒッ!」青髪の女神は顔を紅潮させながら、腹を抱えている。


「今ではその木は聖なる木として現地の人々から祀られているらしいわよ。キャーキャッキャッキャッ」話しを披露した赤髪の女神はどこか得意げだ。


 愚かなる人間。これだからいたずらはやめられない。


「はー久々に笑ったわー」


 青髪と黄髪の女神は笑いながらも、これよりおもしろいエピソードがなかったか自分の記憶をほじくり返している。


 女神の天敵は退屈だ。彼女たちは常におもしろい事件を探している。


 次は誰がどんなエピソードを話すだろうか?


 女神の茶会は続いていく。

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