第160話 思わぬ罵倒とその原因

「何しに来やがった、このバケモノが!」

 

 あれから別の建物でもエリアヒールで怪我人の治療をした俺に対して、何故かそんな罵倒の言葉が投げかけられていた。


「何が覚醒者だ! 俺は騙されねえぞ!」


 敵意を隠さないその小太りな中年男性だが、どうやら怪我をしていた訳ではないらしく怪我人の家族か何かのようだ。


 つまり今のエリアヒールで治療された訳でもないからか、ピンピンとした様子で俺に突っかかってきているのである。


「ちょっと、やめなって」

「そうだよ。見たでしょう? この人が治療してくれたんだし感謝しなきゃ」


 ただ流石にその罵倒が当たり前ということはなく、周りの人間の大半はその人物の暴挙を嗜めているようだった。


 だが罵倒してきた人物はそれで止まることはない。


「何が治療してくれた、だ。お前ら、目を覚ませよ! こんな奇妙な力を使える奴が人間な訳がないだろうが。どうせこいつも魔物とかいうバケモノの仲間に決まってる!」


 そんな言葉と共に激しい敵意を向けてくる目の前の男。


「おい、お前。いい加減にしろよ」

「あんただってここにいるってことは、身内か何かを今の魔法で治療してもらったはずだろ。それなのにその態度はあんまりなんじゃないか?」


 それに対して俺に同行していた米兵が苛立ちを露わにしていた。


 まあ普通の覚醒者にとっては貴重なMPを使ってまで治療したというのに、それでこんな罵倒の言葉を投げつけられたら苛立つのも仕方ないことだろう。


 勿論俺としても気分が良いとは決して言えるものではない。


 だけどそれ以上に目の前の人物がこれだけの敵意を向ける理由が気になっていた。


(見たところ覚醒者を嫌っているどころか、それこそ憎悪していると言っても過言ではない様子だしな)


 何か原因があるのか。


 そう思って尋ねてみると、目の前の人物は意外とあっさりとそれを口にした。


「俺の娘が怪我をしたのは魔物が原因じゃない! それどころかお前達のような覚醒者のせいなんだからな!」


 聞けばこの男性は突如として現れたトレントからも、どうにか機転を利かせて無事に逃げ果せることに成功したらしい。


 だがその途中、魔物に対して攻撃を仕掛けようとした覚醒者が急に現れたそうだ。


 そしてその人物はトレントに有効な火の魔法を使用したとのこと。


 ただし周りにいる他の人間のことなどを一切気に掛けることなく。


「そのせいで俺の娘は顔と腕に大きな火傷を負ったし、それどころかそいつが放った炎が原因で焼け死んだ人だっていた。それなのにそれを見たその覚醒者が何て言ったと思う!?」


『しまった。焼けた死体から御霊石が手に入らなかったら勿体ないな』


 つまりそいつは魔物を攻撃するのに魔法の威力を誤ったとかではない訳だ。


 それどころか多少の犠牲が出ても構わないと思って魔法をその場で使用したと思われる。


 それで周りの一般人が死んでも御霊石が回収できるから、と。


(ここでもポイント目当てのゴミが湧いてるってことだな)


 実に胸糞悪い話だし、そんな経験をしたのなら覚醒者に対して好意的になれないのも多少は致し方ないなのかもしれないと思う。


「覚醒者はどいつもこいつもクソ野郎だ! どうせお前もこうやって治療するふりをして、より多くの怪我人の場所を聞き出そうとでもしているんだろう! あのクソ野郎と一緒で、御霊石とやらを狙ってな!」


 目の前の男にとって覚醒者は家族を傷つけた悪なのだろう。


 それこそある意味ではどうにか逃げ果せた魔物よりもずっとずっと。


 そんな風に一度ついた印象を覆すのは簡単なことではないし、仮に治療をしてくれた人物だろうとそう簡単に信用する気にならないに違いない。


 その気持ちは理解できる。


(……仮に美夜がここにいたら何て言うだろうな?)


 聖女と呼ばれたあいつは、異世界で治療した相手に詰られたことが何度もあると言っていた。


 それこそ今回と同じように別の奴の責任を押し付けらたり、あるいはどうしてもっと早く来てくれなかったのか、という風な理不尽な形で。


 それでも表向きは清廉潔白な聖女として振る舞っていたあいつは、きっとその理不尽な言葉に表立って反論することはなかったことだろう。


 だが俺は治療行為の代役はしても、聖女などでは決してないのだった。


「……悪いが、そんな知らないクソ野郎とやらの責任までこっちに押し付けないでくれ」


 だから言うべきことははっきりと言わせてもらう。


「な、何だと!?」

「だってそうだろう? 俺がアメリカに着いたのはつい最近のことだし、そもそもそれは俺と関係ない出来事だからな」


 確かにその覚醒者とやらはクソ野郎だ。

 それは認めよう。


 だけど同じ覚醒者だからというだけで俺まで同じ扱いにされてはたまったものではないではないか。


「別に治療した俺を讃えて感謝しろとは言わないさ。これはあくまで俺が勝手にやっていることだからな。だけどここで俺に文句を言ったところで何も変わらないし、残念だがそのクソ野郎みたいな奴は今後も増え続けるだろうよ」


 そういう奴らが法律やルールで禁止されたところで素直に守るはずもない。


 守らないからこそ、既にそういう蛮行に及んでいるのだから。そしてその影響は徐々に広まっていくことだろう。


 誰かがやっているのなら自分がやっても仕方ないという風に。


「……ところで話は変わるが、そのクソ野郎とやらはそれからどうなったんだ?」


 トレントにやられたか、あるいは危険な行為をしたとして捕まったのだろうか。


 少なくともそいつがそういう暴挙に及べない状況になっているのなら良いのだが、そのどれでもなかった場合、同じようなことが繰り返される可能性が残されてしまう。


「し、知らねえよ。俺も逃げるだけで精一杯だったし」

「ならそいつの特徴だけでも教えてくれ。それさえ聞ければ俺はここをすぐにでも去るからさ」


 これを放置すると覚醒者と非覚醒者の隔たりを大きくしかねないし、それはこちらにとって不都合なのだ。


 だとすればどうするかなど分かり切っているだろう。


 そしてどうにかそのクソ野郎の情報を聞き出した俺は、言っていた通りにその場を後にする。


 どうせこれから時間がきたら聖樹の設置に赴くこともあって、治療も終わった以上はその建物に残る必要もなかったし。


「……一応聞いておくが、どうするつもりなんだ?」

「今のところは頭の片隅に置いておくだけだよ。聖樹の設置が最優先だしな」


 だけどその過程で、もしそいつと鉢合わせやニアミスしたのなら、その時は然るべき対処を取ることになるだろう。


 質問してきた米兵は言葉にしなかった俺の意図を察したのか、ゴクッと唾を飲み込むの込むのだった。


―――――――

なんと第5回HJ小説大賞前期小説家になろう部門で受賞しました!

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【第5回HJ小説大賞受賞及び書籍化決定!】無限魔力の異世界帰還者 黒頭白尾 @zaregoto_highend

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