第159話 聖女の代役

 怪我人の居場所を同行していた米兵に尋ねた俺だったのだが、最初は何をするつもりなのかと不審がられてしまった。


 何故ならそういった怪我人などの弱っている人を狙った、一部の覚醒者による襲撃事件がアメリカでも起きていたからだ。


(そういう意味では抵抗できない怪我人や病人がたくさんいる病院は狙い目な訳だ)


 手段を択ばず御霊石を手に入れるのなら、それが効率的なのは否定できない。


 だけど今の俺は、それこそ聖樹のダンジョンでオークキングを狩りまくれば結構なポイントを稼げるのだ。


 それなのにわざわざ人間を虐殺するような真似をする必要などないというもの。


 だからそれに加えて回復魔法を使って怪我人などの治療を行ないたいという話をしたら、米兵達はそれまでの怪しむ態度を翻すようにして歓迎してくれた。


「まさか回復系のスキルまで使えるだなんてな。てっきりダンジョンを単身で攻略できるってことは、強力な戦闘系のスキルに適性があるんだろうと思ってたんだが」


 通常の覚醒者は各々の適性によって習得できるスキルが限られている。


 例えば戦闘系のスキルに適性があるものは、支援や回復などの別系統のスキル適性がないことがほとんどらしい。


 だから叶恵と模擬戦でも圧倒的な戦闘能力を発揮して見せた俺が、まさか回復スキルを持っているなんて米兵の誰も思っていなかったらしい。


(そんな戦闘タイプのはずの覚醒者が急に病院に行きたいと言い出したら、何か良からぬ企てをしていると思われてもしょうがないわな)


 疑われたものの、説明したらすぐに納得してくれたので問題はないとしておこう。


 そのまま米兵の案内される形で、俺は怪我人が多く収容されているという建物に案内される。


「病院ではないんだな」


 目の前では並べられた多くのベッドの上で怪我人が寝ているその光景は、まるで野戦病院のようだった。


 いや、見渡す限りまともな医療器具があまり見当たらないこの場の状況からして、その予想は大方当たっているのだろう。


「この街に大勢が入院できるような大きな病院は存在しないし、即座に入院が必要な状態の奴らは既に搬送された後だよ。と言っても治療費が払えないからってここに残っている奴も中にはいるけどな」


 アメリカでは医療費が高額なこともあって、貧乏人はそう簡単に病院の世話になるという選択肢を選べないという事情があるとのこと。


 つまり逃げる足が残っていたり、高額な医療費を払えるくらいの金を持っていたりするような人達は、とっくの昔にこんな場所から離れているという訳だ。


「そんな訳で、ここにいる奴らに回復魔法を使っても見返りなんて期待しない方が賢明だぜ。正直、生きるだけで精一杯な奴も多いからな」

「別に金銭は求めてないから構わないさ」


 米兵には話せないが、俺は無限魔力というユニークスキルが存在するのだ。


 それのおかげで回復魔法をどれだけ使ってもMP切れの心配はない訳で、だったらその回復魔法で助けられる命を助けるに限るというものだろう。


 それにここにかつて聖女と称された美夜がいたのなら、その力を使って治療をしたに違いない。


(あいつ戻るまで、多少は俺がその代わりをしておいてやるさ)


 そんな思いを抱えながら、俺は許可を得た上で魔法の詠唱を開始する。


 使用するのはスキルレベルを上げたことで使えるようになった範囲型の回復魔法であり、これで一気にこの場にいる人の治療を終わらせるつもりだった。


 何故なら実質的に何度でも回復魔法による治療は可能ではあるものの、それを見られると困ることに陥る可能性が否定できないからだ。


 ダンジョンを単独で攻略できる実力者なこともあって、他の覚醒者よりもステータスが上だと思われているのは間違いない。


 つまりMPなども多いと思われている訳だ。


 だから他より多少は多く魔法を使えても違和感はないだろうが、それにも限度はあるというもの。


 それもあって俺はこの一回で大量のMPを込めたことにして、その範囲型の魔法を使用する。


 輝く魔法陣が俺の足元に展開されたことで、周囲が何事かとこちらに注目してくる。


 だがそれらを意に介することなく、俺は結構な時間を掛けてその回復魔法を発動した。


「エリアヒール」


 このエリアヒールという魔法は範囲内の対象のHPを一定数だけ回復する魔法だ。


 範囲の大きさはある程度までコントロールできるが、広範囲になればなるほど消費する魔力が多くなるという制限が存在している。


 それもあってこの建物に存在する全員を回復させるとなると、MPが100くらい必要になるようだったが、INTが230となった俺にとって発動できないなんてことがあるはずもない。


「ふう……これで良いな」

「す、すげえ! 皆、あっという間に傷が治ってやがるじゃねえか!」

「おいおい、こんな広範囲を一気に回復させるだなんて。あれだけの戦闘能力を持っているってのに、どれだけ強力な回復魔法まで使えるんだ?」


 無事に魔法の効果は発揮されたこともあり、範囲内の対象のHPが回復された。


 それによりこの場には怪我人が存在しなくなっていた。


 それこそ先ほどまでは怪我人だらけだった目の前の光景が、まるで幻だったかのようである。


 ただ驚いている米兵や元怪我人達には悪いが、エリアヒールはこちらからするとそこまで強力な回復魔法ではなかった。


 なにせ回復するHPの量は最大でも50と固定だからだ。


(こういう状況で大勢の一般人を回復させるのには便利だろうけど、今の俺達からすると如何せん回復量が物足りないんだよな)


 これで自分のHPを完全に回復させようとすると、それこそ何度も魔法を発動する必要があった。


 それならスキルレベルⅠで手に入った単体の回復魔法であるヒールの方がまだマシである。


 なにせエリアヒールは広範囲になったせいか、発動までの詠唱時間がヒールよりも長くなっているので。


 なんにせよ、これでこの建物にいる怪我人は全員治療が完了した。


 その証拠に先ほどまでベッドの上で呻くことしかできなかった人々が、今は平気な様子で体を起こしているのだから。


(これで少しは覚醒者と非覚醒者の隔たりが解消されれば良いんだけどな)


 エリアヒールを発動させるために魔法陣を展開させたこともあって、俺が今の回復魔法を使用したのは一目瞭然だった。


 それもあって時間が経って落ち着いてきた幾人がこちらに近寄ってきて礼を述べてくる。


 ただ中には、突然未知の力を行使した俺のことを怖がっている人もいるようだったが。


(たとえ命の恩人でも、訳の分からない未知の力を行使する存在に恐怖を抱いてしまう奴もいるってことだな)


 そういう力を持たない一部の非覚醒者からすれば、尋常ではない力を行使する覚醒者は魔物と同じバケモノにしか見えないこともあるのだろう。


「……もう少しだけなら回復魔法を使えそうだし、まだここ以外で治療が必要な人はいたりしないか? 今なら無償で治療するぞ」

「それは有り難い! それなら……」


 そのことを自覚しながらも、俺は怪しまれない範囲での治療行為を行ない続けた。


 それはまるで今はいない聖女の代役をするかのように。

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