第158話 覚醒者と非覚醒者

 俺と叶恵はそれぞれが別のダンジョンへと向かって攻略を進めることにしていた。


 広大な土地を持つアメリカという国には日本よりもずっと多くのダンジョンが存在していることもあって、効率を考えるならその方が良いと考えたからだ。


 米軍が移動のために車を出してくれるので魔物が出現している地域へ向かうのは問題ない。


 だからその地域に到着してからは、俺がダンジョンを攻略するのみ。


「ふう、これでよし」


 その思惑通り、俺はボスであるゴブリンキングを倒してダンジョンの攻略に成功していた。


 叶恵の方も大分張り切ったのか、こちらよりもかなり前に別の場所でダンジョンを攻略していることもあり、これで新たなに二つの聖樹の設置が可能となるだろう。


(だけど俺も叶恵も聖樹の種を手に入れることはできなかったか)


 アメリカに来て最初に手に入ったのは偶然だったのか、それとも敵が俺達の行動を察知して素早く対応したのか。


 後者だとすると、またこの辺りのダンジョンでは聖樹の種が手に入らないなんてこともあり得るかもしれない。


 残る聖樹の種は一つ。


 茜や先生の方でも種が手に入らなかったのなら、今度こそダンジョンを攻略しても聖樹の設置ができないことになる。


(それでどうなるか分からないけど、その時はその時で臨機応変に対応するしかないか)


 そう思いながらダンジョン攻略が終わるのを離れたところで待っていた米兵達の下へと戻る。


「おいおい、もうダンジョンの発見から攻略まで終えたってのか?」


 驚いたようにそう話しかけてくる米兵の一人。


 ここのゴブリンダンジョンは何の変哲もない小屋が入り口だったせいか、これまでアメリカ軍では見つけられなかったらしい。


 だが奉納者のジョブで大まかなダンジョンの場所の特定ができる俺にとって、その偽装はあまり意味があるものではなかった。


 なにせダンジョンとなっている建造物は傷一つないのだ。


 魔物が出現している広大な範囲全てならともかく、ある程度の範囲の中からそういった異様な建物などを見つけるのはそれほど難しいことではないのである。


「まあな。これで夜中に指定された場所で聖樹の種を置けば、周辺一帯は安全地帯になる」

「俄かには信じ難いが、実際に前のトレントの時もそう言った日の夜に魔物が綺麗さっぱり消え去っているんだからな。こりゃ信じるしかないか」


 これまではどれだけ魔物を倒しても日を跨いだ瞬間に復活されてきた。


 それに苦労させられてきた目の前の軍人達からしたら、そのある種の不滅とも言うべき魔物の特性の厄介さは嫌と言うほど身に染みていることだろう。


 だが俺や叶恵がダンジョンを攻略した地域だけは、逆に魔物が一瞬で消滅する真逆の事態が起こるのをこいつらは確認している。


 今回も同じ現象が起これば、どれだけ疑い深い奴でも信じるしかないに違いない。


 ダンジョンを攻略すれば、その影響下にある魔物が消えること。


 そして聖樹とその周辺は魔物を寄せ付けない安全地帯になることを。


「とは言え、まだ聖樹が設置できるようになるまで結構な時間があるな」

「それならそれまでの間、この近くにある街で一休みしようぜ。流石にここから次のダンジョンに向かう訳にもいかないだろうし」


 俺としてはそうしたい気持ちもない訳ではなかったが、ここから一番近くのダンジョンですら車で移動することを考えると、それこそ今日中に間に合うとは思えない距離である。


(仮に時間ギリギリに到着しても、制限時間的にキツイだろうしな)


 攻略に時間のかかるダンジョンだった場合、その途中でタイムアップを迎えることも考えられる。


 それなら明日にでも時間の余裕をもって攻略に臨んでも変わらないだろう。


 そうして俺をダンジョン近くまで送迎してくれる部隊の面々と一緒に、その近くの街とやらに向かう。


 そして何事もなく到着したのだが、そこはお世辞にも活気があるとは言えない状況だった。


(避難した人も結構いるみたいだな)


 ダンジョンから近い街ということは、魔物による被害を受けた人が逃げる先の一つでもある訳だ。


 そんな恐ろしい目にあってきた人が、そこで心機一転とばかりに明るく振る舞える筈もない。


 そういった人に不安や恐怖がこびりついているせいだろうか。


 街全体の雰囲気がどこか暗く、どんよりしているような気さえしてくるほどである。


「ったく、ダンジョン近くの街はこれだから気が滅入るぜ」


 そんなことをぼやく米兵達に連れられるまま適当な飲食店に入った。


 流石にこれから聖樹の設置があるので一杯引っかける訳にはいかないが、腹ごしらえするくらいは構わないだろう。


 そう思って店員に注文しようとしたのだが、


「おい、もしかしてあれって覚醒者じゃ……」

「しっ!」

「おい、目を合わせるなよ。あいつらが覚醒者だったなら、ここで暴れられたらどうなるかどうなるか分かったもんじゃないぞ」


 先に食事をしていた客の一部がそんなことを話しているのが耳に入ってきた。


 普通なら聞こえないような小声だったが、生憎とステータスで強化された聴覚はその声を拾うことなど造作もないので。


(身なりや立ち振る舞いからして非覚醒者だな)


 着の身着のまま逃げてきたようではないみたいだし、だとするとこの街の住人といったところだろうか。


 その彼らには、残念ながら俺達のような覚醒者は歓迎されているとは言い難い状況らしい。


「また人をバケモノ扱いかよ。ったく、気分が悪いぜ」

「気持ちは分かるが、そう言ってやるなよ。彼らもこれからどうなるのか分からなくて不安なのさ」


 米兵達は何か事情を知っているようなので尋ねてみると、どうやらアメリカ各地で避難民に紛れて逃げてきた覚醒者が、その力を使って暴れ回ったケースが存在したとのこと。


 そしてその情報が世間に出回ってしまっているせいか、一般人の中には覚醒者というだけで恐れを抱いて敬遠する人もいるのだとか。


(その結果が見ただけで嫌がられる現状と)


 彼らは俺が覚醒者かどうかを見た目では判断できはしないだろうから、アメリカ軍の兵士を見て、俺たちが覚醒者ではないかと判断したことになる。


 つまりアメリカ国民が国のために戦っているアメリカ軍の兵士を嫌っていることになる訳だ。


「そのくらいならまだマシさ。中には魔物に襲われているところを助けたのに、何でもっと早く来ないのかと詰られることだってあるんだからな」


 家族や友人が犠牲になった人達は冷静でいられない。


 だから時には命の恩人に対してもそうやって酷い言葉を投げかけてしまうことがあるのも理解できなくはなかった。


「大変みたいだな、あんた達も」


 魔物を撃退すべく戦っているのに、周りに感謝されないどころか罵倒されるとなると、気分が良い人などいないに決まっている。


 異世界での俺だって同じような境遇に耐えてはいたものの、それが心地良いと思ったことは一度としてなかったから、彼らの気持ちもある程度は分かるつもりだった。


 そんな若干気まずい思いを抱えながらも俺達は運ばれてきた食事に手を付ける。


「そう言えば魔物が出現してから結構な時間が経ったけど、未だに避難してきた人がこの街に残っているみたいだな」


 食事をしながら超聴覚で情報収取をしているので間違いない。


「これでも前よりは減っているはずだぞ。車とかで逃げてこられた人は、そのままダンジョンから少しでも離れることを選ぶことが多いみたいだし」

「恐らく残っているのは他に行き場がないか、怪我などでここからそう簡単に動けない人達だろうな」


 どうにかこの街まで逃げてきても、その先に行きようがない人達。


 そういう人たちが未だに残されているからこそ、街の雰囲気も暗くなってしまっているのだろう。


(他に行き場がない人はともかく、怪我人か……) 


 聖樹の設置が可能になる真夜中までまだ時間はあった。


 だったらそれまでの時間に少しでも自分にできることをしておいても良いだろう。


 なによりこれで覚醒者と非覚醒者の対立が僅かでも改善されるかもしれないし。


「なあ、怪我人が集められている場所がどこか分かるか?」

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