第157話 幕間 戦乙女の苛立ちと戸惑い

 英雄様が日本に戻ってから、私は居住区などをアメリカ政府の関係者に案内していた。


 だがしばらくすると、サファリスの御神石の効果で聖樹に新たな機能が追加されることとなる。


 私は念話でその内容を聞くために少しの間、その集団から離れて一人になっていた。


 そうして追加された機能の一つである聖樹の管理をサポートする聖霊。


 そいつが一人でいる私に密かに接触してきたのだった。


『マスター叶恵。神の使い達からあなただけに伝えるようにという言伝を預かっています』

「言伝? ……わざわざ私一人にだけ聞かせようとするってことは、碌な内容ではなさそうね」


 裏切り者が潜んでいる神の使いからの伝言だ。


 どんな内容だとしても簡単に信用できるはずがない。


 だがそれでも情報を得るためにはここでその伝言を聞かないという選択肢はあり得なかった。


 だから拒否することなくその言伝とやらを聞いたのだが、その内容は私の気に障る内容でしかなかった、


『神の使い達は帰還者達の事情を把握しており、そして今のあなたが生きる意味がないことを懸念しています。このままでは貴重な戦力であるあなたが、いずれ死を選ぶことになるだろうと』


 生きる理由もなく、ただ流されるままにいるような奴が生き残れるほど戦いは甘くはない。


 それは私自身が良く分かっていることだった。


「だけどお生憎様。私はそれで良いのよ」


 適当なところまで英雄様を手伝って、それに満足したら終わりにすればいいのだ。


 スキル継承があるなら、私の能力を誰かに引き継がせることはできるのだし。


 だが神の使い達はその私の考えに賛同できないらしい。


『あなたほど、その能力を巧みに扱える人物はいないでしょう。そのような人材を失うのはあまりに惜しく、それを避けるために神の使い達はあなたに特別な報酬を用意するとのことです』

「特別な報酬?」

『はい、その通りです。かつて異世界でも勇者と呼ばれる人物は邪神討伐の功績により、本人が望んだ何らかの特別な報酬を与えられたと聞いています』


 それは聞いたことがなかった。


 先生や茜もそんなことは言っていなかったし、もしかして誰もそのことを知らないのだろうか。


 邪神を倒した勇者が異世界の神に何を願ったのか。


 それについて考えようとした私の思考は次の言葉でかき消される。


『この調子で聖樹の設置を進め、更に邪神陣営の撃退に成功した暁には、あなたの両親と祖父母を生き返らせても良いとのことです』


 ドクン、と心臓が跳ねた気がした。


 だってそれは私がこの世界に戻ってきた理由であり、同時に戻ってきた時には既に失われてしまっているものだったから。


『異世界で死亡した者の魂はこちらの世界に存在しないため、生き返らせることは不可能のようです。ですがあなたの家族ならば可能とのことであり、特例として御霊石が存在しなくても蘇生させるとのことで』

「もういい! 黙りなさい!」


 あまりに癪に障る内容であり、反射的に相手の言葉を遮ってしまった。


「育ててくれた祖父母はともかく、私を捨てた両親を生き返らせる? 笑わせないで。私はそいつらを殺したくてこの世界に戻ってきたのよ」


 それなのに生き返らせるなんて、それこそどうかしているだろう。


「聞くだけで胸糞悪い。二度とこの話をしないで」


 聖樹の主としての命令権を行使して、聖霊にそう厳命した私は苛立ちながらアメリカ政府関係者の下へ戻った。


 その機嫌の悪い私に対して一人の兵士が挑発してきた結果、


「……五月蠅いわね。文句があるならかかってきなさいよ」


 八つ当たりの対象として選ばれることになるのだった。





 ガクンと大きく車が揺れたことで目が覚めたようだ。


(ああ、イラつく)


 つい先ほどの出来事を夢で見たせいで、また機嫌が悪くなりそうだ。


 いや、そう考えている時点で既に気分を害しているのだろう。


 今の私は英雄様との模擬戦を終えて、新たなダンジョン攻略に出向いている最中だ。


 それも米軍が手配した車で送られる形で。


(……本当に御霊石なしで生き返るなんてあり得るのかしら)


 この話を聞いたときは流石に混乱した。


 それもあって思わず話を遮ってしまったほどだ。


 両親も祖父母も魔物が襲撃してくる前に死んでいた。


 だから当然のことながら御霊石など存在しない訳で、そうなれば蘇生スキルでも生き返らせることはできない。


 だけど邪神陣営を撃退すれば、その本来なら不可能な蘇生を神の使いが可能にしてくれるという。


(祖父母はともかく、両親を生き返らせてどうするの?)


 幼い頃に私を捨てた両親。

 それも邪魔だからという身勝手な理由で。


 殺してやりたいほど憎い相手だ。


 どうあっても許すことなどできそうもない。


 それでも私がこの世界に戻ってきた時には既に死んでしまっていたから、どうしようもないと諦めるしかなかった。


 遺体が埋められているだろう墓を荒らしたところで気が晴れる訳もないのだし。


(生き返らせた上で、今度こそ私の手で殺す……?)


 復讐を果たすことだけを考えるのなら、それで良いはずだ。


 だけど何故かそうしたいと心の底から思うことができなかった。


 神の使いの良いように動かされているからだろうか。


 いや、だとしても復讐を果たせるなら、そんなのは些細なことのはず。


(だとしたら私は何を迷っているのよ?)


 自分でも掴み切れない戸惑いの原因が何か分からず、それ故に苛立ちが際限なく募っていく。


「ああ、本当にむしゃくしゃするわね」


 そのせいだろう。到着した次のダンジョンで、私はエネルギードレインを全力で開放して魔物を蹂躙するのだった。

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