春の気配はプロローグ

外清内ダク

春の気配はプロローグ



 季節が変われば何か起きるかも、なんてのは都合のいい逃げ口上で、私は結局この春も、夏も秋も冬を過ごしたその先の春も、何も変わらないまま次第にしなびていくのだろう。そんな確信が急に胸を締め付けたから私は花粉症をおして旅に出た。厳重にマスクとメガネで防御したってどこからか滑り込んでくる花粉という名の春の気配は私を涙でグシャグシャにする。これだってたぶん言い訳なんだ。嫌なことって山ほどあって、冒険しない理由を探そうと思えばいくらでも見つかる。ずっと彼が好きだった。伝えるべきだと頭の中では思っていながら、なんやかんやと理屈をつけて致命的な行動を避けに避けてもう3年。私はこの春大学生になり、彼も来週大阪へ越す。これがホントに最後のチャンス。曖昧な恋の曖昧さそのものをねぶり続けた青春時代、今日がそのエピローグ。

 私はずっと幸せだった。グループ学習で一緒の班になれたとき。インハイ応援の観客席でたまたま出くわしたとき。クラスの仲良し男子組と女子組7人で試験打ち上げカラオケ行ったとき。体育祭のフォークダンスで彼に手を握られたとき。二人きりで物理の入試直前補習を受けたとき。私はホントに幸せだった。ただの知り合いではない。少なくとも友達以上ではある。わりと気安く笑い合える仲。けど決して彼氏彼女の関係じゃない。その中途半端さがぬるま湯のお風呂のように心地よく、私はあまりの快適さにそこから抜け出す気力さえなくしてどっぷりと浸かり切ってしまってた。でもそれが幸せだった。些細な日常での憂さや笑いや感動を、分かち合うってほど大げさじゃなしにちょっとシェアできる気楽さが。でもなんでだろ。なんで高校って3年しかないんだろ。所詮モラトリアムでしかない私の平和な日常は、時間という暴力によって強制的に中断させられる。大人はずるいよ。だって会社とかなら5年も10年も一緒でしょ。20年も30年も共に歩んだりするんでしょ。いきなりどうにもならない外的な理由で人間関係をぶち壊されたりしないでしょ。たぶんそうでしょ。知らないけれど。

 これから先に待ってる世界がどんな形してるのか、私は全然、知らないけれど。

 だから私は心を決めた。どうせ「今」が終わるなら、時間とか、大学とか、進路とか、そんなくだらないものじゃなく、私のこの手でエンドマークを打ちたい。何もかもぶち壊して。曖昧さと片付かなさにケジメをつけて。私が生きた3年間が、無価値じゃなかったと証明したい。

 いきなり呼びつけられた彼はロータリーの日時計前で待っていて、私を見ると軽く手を振る。私は胸の前で小さく手を振り返し、マスクの中の神妙顔のまま彼に一歩ずつ攻め寄っていく。

「よお。言いたいこと、あるんだけど。聞く?」

 彼はうなずき、私を見据える。

 私はまた視線を逸らしかけ――ギリギリのところで踏みとどまった。

「私は、私は、私は、お前が――」



THE END.

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