最終話 夢にまで見た異世界生活が始まったーっ!

 流星君の手から放たれた風の刃と、それが向かった先であがった悲鳴。その出来事は、私達を驚かせるのには十分すぎるものだった。


「ちょっと。どうして私があれだけ全力で叫んでも何も起きなかったのに、流星君が適当にやったら出てきたの!?」

「俺が知るか! って言うか、そんなこと言ってる場合か。声が聞こえたった事は、人がいるって事だろ。とにかく行ってみるぞ」


 言ってることはもっともだけど、なんとなく行くのは気が重い。だってさっきの悲鳴、どう考えても流星君が出した風の刃に当たったものだよね。本人もそれは十分に分かってるみたいで、駆け出したもののその表情は暗かった。


 不安を抱えながら森の中を進んでいくと、その先に人影を見つける。いや、果たしてそれを人と言っていいのだろうか?


「これ、オークだ!」

「オーク? なんだそれ」


 私の声に流星君が首をかしげるけど間違いない。2メートルは優に越える巨体に、どんと出っ張った大きなお腹。そしてその首の上には、豚のような顔が乗っかっている。その姿は、まさしく私の知ってるオークそのものだった。


「ゲームなんかにも出てくる有名なモンスターで、大抵の場合悪役。って言うか、敵の兵隊として使われたり、主人公にあっさりやられたりするザコキャラだよ」

「本人が聞いたら怒りそうな説明だな」


 こんな話をそのオークの目の前で呑気にできるのには理由がある。それは、当のオークが、現在ひっくり返って気を失っているからだ。もしこんなのが立ち上がってこっちを睨み付けてでもいたら、怖くてとても説明してる余裕なんてなかったよ。


 だけどその場にいたのはオークだけじゃなかった。


「あ、あなた達は!」


 そこにいたのは、鎧に身を包んだ一人の男の人だった。いかにも、異世界マンガに出てくる兵士って感じ。

 そしてその人は、私たちを見たとたん声をあげる。


「今の魔法、それにその変わったお召し物。あなた方が、異世界から来た賢者様ですね。おーい、みんなーっ! 賢者様がいらしたぞーっ!」


 するとその声を聞きつけたのか、辺りから続々と人がやってくる。

 みんな、最初の男の人と同じように鎧を着ている。そしてその全員が、私達を見たとたん、片膝をついて頭を下げた。


 その中で、一人だけちょっと鎧の作りの違う人がいた。多分、この人が隊長か何かかな。


 隊長さんは、少しだけ顔を上げ、私たちに向かって言う。


「賢者様。このような場所での出迎えとなってしまい、申し訳ありません。しかし、どうかお願いです。その力で、魔物の驚異から我々をお救いください」


 多分、とっても偉いと思う隊長さんが、私たちに向かって頭を下げる。そして、今の言葉。

 これが意味するものはなにか。異世界もののマンガが大好きな私は、すぐにわかった。


 同時に、心の底から喜びが溢れてきた。


「や……や……や…………」

「あの、賢者様?」

「やったーーっ!勇者召喚! いや、勇者じゃなくて賢者か。けどどっちでもいいや!」


 とうとう喜びが抑えられなくなって、気がついたら立ち上がって声を上げていた。

 兵士達と流星君がそれを見てポカンと口を開けてるけど、だってこれって異世界ものに憧れた人なら誰もが夢見る展開だよ。そんな奇跡みたいなことが自分の身に舞い降りて喜ばないなんて事がある? いや、ない!


「流星君。私達は今大変な事になってるんだよ。ああ、もしかして異世界ものに興味ないから分からない? これはつまりね──」

「いや、ここまでベタな展開だと俺でも分かる。要は自分達が危機だからって、よそから勝手に人を呼び出しておいて、助けてくれって言ってくるんだろ」

「なにその悪意に満ちた解釈? ここは素直に喜ぶところでしょ」

「喜べるか!」


 そうかな? 私は嬉しいし、オタクの夢みる理想の異世界ライフの一つだと思うけど。

 マンガ研究会のみんなやお兄ちゃんが知ったら、泣いて羨ましがられるところだよ。


 こうして始まる、オタクで厨二病な私と、ちょっぴり嫌〜な同級生との異世界冒険譚。


 これも、日々異世界ものを愛して厨二病であり続けたおかげかも。


 だけど、この時私はすっかり忘れてた。さっき魔法を使ったのは流星くんで、私じゃいくら叫んでも、何の変化もなかったことを。

 って言っても、私がしたことも、後々考えればちゃんと意味があったんだけどね。それが何なのかわかるのは、まだ少し先の話になりそうだ。


 了

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オタクで厨二病の私が世界を救う? 〜異世界ライフは天敵男子を添えて〜 無月兄 @tukuyomimutuki

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