第四話 神神社
取材から一週間、私は自宅の近所にある喫茶店「ドルニエ」で珈琲を飲んでいた。
莫迦舌の私には珈琲の味の違いなどよく解らないが、それでもこの店の珈琲は悪くないと思う。何よりアップルパイが非常に美味しいので、私はこの店が大のお気に入りだった。
しかし今の気分では、珈琲もアップルパイも素直に味わう気にはなれない。
食べかけのアップルパイの皿を避け、ノートパソコンのモニターを見る。
取材から帰った後、私はとりあえず現在持っている情報を簡単に纏めた。
まず問題となっている人形「キッカ」は
そしてそのお寺は恐らく人形供養をするお寺であるが、旅行先であった為に詳細は不明。あの後、
真理さんはキッカに異常な執着を持っており、キッカ自身も何かいわくがあるのか棄てても彼女の元に帰って来る。
そして無理やり引き離そうと試みた
これだけいわくがありながら、しかし私はキッカ自体に不気味な印象を受けなかった。
「よっす。悩んでる顔も可愛いね」
いつの間に来たのか、
志津は浅黒い肌をした高身長の美男子だ。原稿をしている時などは癖毛を後ろに束ねて側頭部の刈り上げを露にしているが、今は下ろしているので少しだらしない印象を受ける。
取材の後、私は改めて志津に画像と聴き取った内容を伝えて助力を仰いだ。私には手に余りそうな案件だったからで、彼は「一緒に温泉旅行に行ってくれるなら良いよ」と少し茶化した後に了承してくれた。
ちなみにこの「温泉旅行に行く」という約束は既に過去三回ほどしているが一度も実行に移されてはない。どうも彼なりの冗談であるようだ。
「やっぱり河童は簡単には見つからなかったよ」
残念そうに言いながら肩掛けの鞄を下ろし、志津は私と同じ珈琲を注文した。
「頼まれていた調べ物はして来た」
志津はノートを取り出して、何枚かページをめくる。この動作が少し独特で、私はそれを見るのが好きだった。
「まず人形供養の寺だけれど、該当地域にはない」
「ない?」
では人形供養ではなかったのだろうか。それとも専門ではないが、たまたまその時だけ行っていたのか。
「ただそれに近い神社なら見つけた」
「神社?」
「素人、それに子どもから見れば神社と寺の区別なんか付かないだろ」
そう言って、志津は私にノートを見せた。
ノートには大まかな地図のような物と「神神社」と書いてあった。
「かみじんじゃ?」
私は首を傾げる。
「いや、
何処かで聞いた事があるような気がしたので少し考える。
「あっ、奈良の三輪にある」
「あれは
「分祀?」
私は首を傾げる。恥ずかしながらオカルトばっかり調べているせいで、学術的な言葉や専門用語などはよく解っていないのである。
「解りやすくいえば地方に置かれてる支店みたいなもんだ。だから規模の大小はあっても祭っている神様は同じってわけだな」
店員が珈琲を持ってきたので、志津は「ありがとう」と受け取る。
「じゃあこの神神社に祭っている神様も解るんですか?」
「神神社の流れなら
「その神様は人形供養に関係が」
「いや、全くない」
「えっ」
思わず素っ頓狂な声を上げる私を余所に、志津は珈琲に口を付ける。
「この神神社自体、人形供養の類はやってない」
「じゃあなんで」
「順を追って話す」
志津は珈琲カップを置いた。
私から調べて欲しいと依頼された後、出先でありながら志津は大まかに該当地域周辺を調べてくれていた。
しかし赤桐さんが旅行で行ったという地域――記憶に残っていただけの大まかな範囲だが――には人形供養をしているような寺や神社はない。そのため少し調査の方向性を変えてみたのだそうだ。
そうしたら完全ではないが、よく似た傾向の神事を行っているというこの神神社が浮かび上がって来たらしい。
「神事というと何をしていたんですか?」
「水子供養だ」
「水子っていうと、流産とか堕胎で亡くなった赤ちゃんですよね」
志津は頷く。
「その水子の霊を鎮める目的で人形を奉納していたらしい。もっともそれ以上詳しい事はまだ調べてないから解らない」
「じゃああの人形にはもしかしたら水子の霊が」
「霊って物が実在して、順当に考えればそうなるな」
ただ解らん事もある、と志津は付け足す。
「というと?」
「神神社の祭神である大物主大神は水子供養とは全く関係がない。それなのに何故その神様を祭っている神社で水子供養をするのかが解らない」
確かに全く関係ない神様に水子供養を頼んでも御利益は少なそうである。というよりも神様が困りそうだ。
「そもそも神社で供養っていうのもおかしい。それは本来なら寺の領分だ」
例外もあるけれど、と志津は付け足す。
「いま調べられる範囲だとこのくらいだな。それにその女の子がこの神社に行ったという証拠もない」
「ありがとうございます」
私は礼を言いながら頭を下げた。
「ところで前に人形の写真を見せた時、何か入っているんじゃないかって言っていましたけれど」
志津は眉間に皺を寄せた。
「あれは気持ち悪い人形だったな」
「私には可愛いぬいぐるみにしか見えませんでしたけれど」
「いや、気味悪いよ。オレは近寄りたくないね」
それほど志津にとっては気持ちの悪い物であるらしい。
しかし何故そこまで気持ち悪いのか、何故中に何かが入っていると思ったのかまでは当の本人も解らないようだった。
直感なのだから当然と言えば当然である。しかしその直感がよく当たるのだから問題だ。
「オレの直感が鋭いんじゃない。世の人間が愚鈍過ぎるんだ」
嫌そうな顔をする志津。
どちらかというと心霊否定派に属している側の人間なので、目に見えない「第六感」が自分に備わっていると思いたくないのだそうだ。
難儀な人である。
「で、桃子ちゃんはこれからどうするつもり?」
「とにかくもう一度会って、今度は直接見せてもらいます」
これだけ話題にされていながら、私はまだ直接人形を見ていない。
それに人形が帰って来た事について、真理さん当人にも話しも聞きたかった。
「あんまりお勧めしないけれどな」
「なんでですか?」
「だって別にオレたち専門家ってわけじゃないし、変に手を出して呪いを貰ったりしても対処できないじゃないか」
それを言われると弱い。実際、心霊スポットに行って心霊現象を体験した時、私は何も出来なかった。
「触らぬ神に何とやら、とも言うし、あんまり深入りしない方が良い。実際、人も死んでいるわけだしな」
まったくもって志津の言う通りだ。正論に違いはない。
しかし私にはその言い分が些か軽薄であるように感じられた。
私が何か言い返そうとしたとき、不意にスマホの着信音が鳴る。見てみれば赤桐さんからであった。
「はい、もしもし」
『斎賀さん、大変なんです』
電話口の赤桐さんは息も絶え絶えで、何か慌てている様子であった。
「どうかしたんですか?」
『人形です』
「人形がどうかしました?」
『人形のせいで、また』
そこでプツンと通話は切れた。
何が起きたのか解らない。ただ何か尋常ならざる事が起きた事だけは理解が出来た。
「どうした?」
焦っている私を見て、志津が不思議そうな顔をする。
「何か人形の件で起きたみたいです。私ちょっと行ってみます」
机に広げていた資料やパソコンを片づけながら私は立ち上がる。
「行かない方が良いぞ」
「そういうわけにもいきません」
ハッキリと言う私を見て、志津は溜息を吐く。
「心配だからオレも行こう」
そう言いながら志津も立ち上がった。
会計を済まし、二人で店を出る。外は憎たらしいほどの快晴だった。
禍魅《かみ》 矢舷陸宏 @jagen
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