第5話

案外思考はいつもと変わらずに働いていた。田中のことが好きだし、佐間のことは姉妹のようなものだと思っていた。スターリンもどきは二重の瞼をひっきりなしにぱたぱたと動かしているが、目線は常にわたしへと向いている。


 手渡された円状のものを見る。細長い突起が円周に一つ取り付けられていた。多分だけど、起動用だと思う。騎士が死んだことについては、あまり良く考えないようにしている。まずはここから出なきゃ行けない。爆弾をスカートのポケットにしまって周りを見回してみる。


 既にわたし一人になっていた。みんな少し動揺していたのかもしれない、とにかくまだ遠くには行っていないだろう。店の並びを確かめる。ハンバーガー、エクササイズ、電化製品、香水、armord battle日本系列店、不穏なものがひと目でわかる。


 大階段を下って大広間に着いた。外へは出られそうだったが、様仲に見られているだろう。あの兄弟は信用以前の問題だ、中年の首を晒し上げる人間が理性を保っているはずがない。円状の大広間には外周に沿ってカフェがいくつか備わっていて、その中には二人の騎士の姿を見ることができた。


 ハムチーズサンドをバイザーを上げて食べている。まだわたしには気づいていない。騎士は十字軍風の出立ちで、バケツ型のヘルメットには迷彩がペイントされていた。テーブルにはフラペチーノが薄ら見える。コンタクトレンズは調整していた筈だけど、また少し目が悪くなってしまったみたいだ。


 睫毛が視界に被さって焦点が定まらない、ピューラーを嫌がったからだ。だけど、それ以前にまだ身体が震えているせいでもあるだろう。スマートフォンを取り出して警察にかけようとしたけれど、電波が通じていないようだ。騎士が背を向けているうちに大階段へと戻る。


 大階段の中ほどから広間を見渡すと、カフェ内に1人の遺体が見えた。テーブルに寝そべった形で亡くなっている男性は、露わになっている背中に淵が凹凸の激しい切り傷を負っていて、少しだけ見える無機質な表情とは噛み合わないように思えた。食事の食い合わせが悪いと感じた時と、あまり印象は変わらない。自分でも奇妙なことだと思っているけれど、今はさほど同情的にはなれないようだ。


 関節が鳴らないように、靴が擦り削れないように、ゆっくりと階段を登った。早めに2人と合流したい、この体では騎士に爆弾を押し込むことは難しいだろう。ハンバーガー屋に身を隠して、人が通るのを待とう。


 書店のネオンから目を逸らし、早足で移動する。代理石が足音を秒単位で増幅させ、やむ負えない振動が行き渡る。心臓が文字通り高鳴った。ハンバーガー屋の円形のドアノブを握り、数ミリ隙間を作って中を覗く。赤色のテーブル、カウンター、その上の掲示パネル、目に悪いほど輝いて見えた。ゆっくりとドアノブを引き、中に入る。


 様式通りの、なんら変わったところのない内装が、今はとても有り難く思える。


 「誰かいますか?」


 想像以上に声が反響した。反応はなかったが、声を出すことによって少し気分が晴れたような感じがした。カウンターの横を覗くと、作りかけのハンバーガーがパティを床に滑らしていた。パティを追って目を奥に向けると、頭蓋骨を剣が断ち切れなかったのだろうか、顔の鼻が横凪にされてはいるが、刃が頬の皮を五センチほど残して止まっている男の死体がフライヤーの置いてあるキッチンにもたれかかっていた。


 あまり現実的な死に方じゃないな、と思った。ポケット内の爆弾を握る。ついさっきまで刺さっていた剣先が、男の顔を再度抉って引き抜かれた。後ろ向きのままカウンターを出ようとした。足先がもつれてテーブルに頭を打ち付ける。椅子を倒れたまま掴み、騎士に投げつけた。思いの外視界は内外共に良好で、騎士が脇を締めて椅子に向かい剣を突き出しているのがゆっくりと見え、自殺者が最後に味わうという極限状態での時の流れを思い出した。肩の肉が数ミリ削がれ、痛みで涙が口に触れ、条件反射のように爆弾を投げる。涙が舌に触れる前に鉄製のプレートが頬を裂き、確かな質感を持って床を転がった。鉄が溶ける音と自分が痛みに苦しむ声が後に残り、あまりに何もないので、どうしようもない気持ちになった。


 暫くして外に出ると、幾つもの肉と鉄が散らばっていて、騎士がまだ存在しているかどうかをまず気にする必要があった。ネームプレートのようなものを鉄の下に見つけると、それが何かはすぐに分かった。本屋の店員が身につけていたものだった。

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途方もないナイフの光 カナンモフ @komotoki

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