05

アグネスが止めを刺そうと詰め寄ると、ミスト·スネークがホーン·バニーと·アーマー·ベアを守ろうと前に出てきた。


その大きな体を盾にするように二匹を隠そうとする。


だが、ホーン·バニーと·アーマー·ベアもまたミスト·スネークを手を出させないとばかりに大きく鳴き、蛇と並ぶ。


折れた角、砕けた鎧が痛々しく、それでもモンスターたちは互いを庇いながらその身を震わせていた。


「いい覚悟だ。ならば三匹とも、せめて苦しまないようにしてやる」


「待って、アグネスさん!」


ユナがアグネスの前に立ちはだかった。


彼女は両手を左右に伸ばして、モンスターたちに手を出さないように叫んだ。


その行動にユナの肩に乗っていたピピが驚き、アグネスのほうは顔をしかめる。


「なんのマネだ、ユナ?」


「もう勝負はついてるでしょ。これ以上は戦う必要ないよ。あなたたち、今のうちに逃げて!」


ユナは自分がアグネスを止めている間に逃げろと、モンスターたちに声をかけた。


三匹のモンスターは、少し戸惑いながらもその場から素早く去っていく。


敵がいなくなったことを確認したアグネスは、グレートソードを背に収めると、目の前にいるユナの胸倉をつかんだ。


「自分のしていることがわかってるのか? おまえは敵を逃がしたんだぞ」


「もうあの子たちは戦うつもりはなかったよ。だったら命まで奪うことないじゃない」


「甘い、甘いぞ、ユナ。それで、もしまたあいつらが襲ってきたら、どうするつもりなんだ?」


問い詰めるアグネス。


静かだが、力強い声でユナのしたことが間違っていると胸倉をつかんでいる手に力を込めていた。


それでも、ユナは表情ひとつ変えずに言い返す。


「最初に言ったとおり、ここへ来たのはあたしたちの勝手でしょ。むしろあの子たちは被害者なんだよ」


「なにが被害者だ。襲ってきたのはあいつらだぞ。だったら倒して当たり前だろう」


「いきなり自分の住んでいるところに武器を持った人間がやってきたら、襲ってくるのもしょうがないじゃない!」


「私たちにはやらなければならないことがある! そのために、いちいちモンスターのことなど気にしてられるか!」


二人の言い合いは止まらなかった。


アグネスは、世界の異常現象を止めるために、四つの宝石を手に入れる必要があると説く。


一方でユナは、そのためにこのダンジョンに住んでいるモンスターを傷つけるのは間違っていると、両方ともけして引かない。


そんな状況を見かねて、ピピが間に入った。


今は言い争っているときではない。


ともかく誰もケガをしていないのだから先へと進もうと、なんとか二人を引き離す。


「フン、だが私は使命を果たすためならば遠慮なくモンスターを倒すぞ。それはおまえやピピを守るためでもあり、ひいては世界のためにやらなければいけないことなんだ」


吐き捨てるように言ったアグネスは、ユナの顔を見ることもなく歩いていってしまった。


ユナはそんな彼女の背中を見ながら、歩を進め始める。


ピピはユナの肩から彼女に声をかけた。


正直なところ、自分もアグネスと同じ意見だと。


間違っているのはユナのほうだと。


しかし、何を言われようが、ユナはピピの言葉を受け入れなかった。


彼女の考えとしては、やはりこちらの都合でモンスターたちを傷つけるのは間違っていると思っている。


ユナにいくら説得しても聞き入れてもらえないことに、ピピはもうため息をつくしかなかった。


「はぁ、ユウキは喜んでモンスターを倒してたんだけどなぁ……」


「あたしはパパとはちがう。ジャマしてくるからって、モンスターだからって、相手を傷つけるなんておかしいもの……」


仲たがいをしたまま、ユナたちはさらに洞窟の奥へと進んだ。


その後はモンスターが現れることはなく、次第に強く吹いてくる風を受けながら、彼女たちは広がっている空間へとたどり着く。


そこには壁にたいまつがいくつもかけられており、天井も高く、まるで絵画で見たような神殿のような造りになっていた。


その空間の奥には、竜が眠っていた。


先ほど現れたミスト·スネークよりも大きく、まるで何かを守るように両目をつぶって丸まっている。


「これが風竜……。風の宝石の番人か」


これまで黙っていたアグネスがつぶやくように言った。


彼女の強張った顔からして、風竜の名が有名であり、かなりの強敵なのだろうということがわかる。


それは、風竜の名を知らないユナにも理解できた。


言葉にすることができない威圧感を、目の前で眠っている風竜からは感じる。


竜など初めて見るユナだったが、先ほどのモンスターたちよりも、ずっと恐ろしい生き物だとわかる存在感だった。


風竜はユナたちに気がつき、ゆっくりと体を起こした。


そして威嚇するように咆哮すると、吹いていた風がさらに強まる。


吹き飛ばされそうになるユナだったが、アグネスが彼女の前に立ち、風をさえぎった。


「ピピは私に強化魔法をかけてくれ。ユナはジャマしなければいい。そこで見ていろ」


その言葉を聞き、ピピが強化魔法をアグネスにかける。


アグネスの全身が光輝き、彼女は剣を両手で構えて風竜へと突進していった。


「はぁぁぁッ!」


大剣がうなる。


鉄のかたまりを身に受けた風竜は、ひるみながらも全身から風を放った。


それが刃となり、アグネスへと襲いかかる。


まるで雨のように風の刃が振りそそぐ。


剣で防ぎながらもアグネスの体にキズが増えていく。


「さすがは宝石を守るもの……一筋縄ではいかないか……」


顔をしかめたアグネス。


このままでは、近づく前に彼女が倒されてしまう。


「ピピ! あたしにできることを教えて!」


アグネスと風竜が戦ってる後ろで、ユナが叫んだ。


しかし、ピピは苦い顔をしながら言い返す。


「戦うのはイヤなんでしょ。だったらユナにできることなんてないよ」


「だからってアグネスさんを放っておけないでしょ。お願い……。あたしがパパの、勇者ユウキの娘ならなにかできることがあるんでしょ? だからここまで連れてきたんでしょ?」


ユナがそう言った次の瞬間――。


風の刃が彼女とピピのところまで飛んできた。


これをユナは慌てて避ける。


そして目の前では、傷だらけのアグネスが辛うじて立っているといった状況で、もはや風竜をどうにかできるようには見えなかった。


風の刃はさらに数を増やし、ユナたちへと降りそそぐ。


このままやられてしまうかと思われたが、突然、彼女たちの前に壁のようなものが現れた。


「あなたたちッ!?」


驚愕するユナの前では、先ほど襲ってきた·ホーン·バニー、アーマー·ベア、ミスト·スネーク三匹が、彼女の盾になって刃を防いでいる。


ユナ以上に驚いているピピに、彼女は叫ぶ。


「ピピ! 早く、早くあたしにできることを教えて! 風竜も傷つけずに、アグネスもモンスターみんなも守れるように……あたし、がんばるから!」


ユナの願うような声の後、ピピは詠唱を始めていた。


すると、どういうことだろう。


ユナの体が輝き始め、全身から魔力が放たれた。


放たれた魔力は、その場をすべて包み込むように飛散し、傷だらけになっていたアグネスやモンスターたちの体を治していく。


さらには風竜の放つ風の刃すら吹き飛ばし、すべてがユナの放つ光で覆われていた。


「これがあたしにできることなの……?」


「この魔力はユナのだけど、わたしが借りて操っているんだよ。でも、やっぱり勇者の娘だけあって、すごい魔力量だったね。これなら風竜にだって負けない」


ピピは小さな羽を振って、再びユナの放つ魔力を操った。


凄まじい光が風竜を覆い、そして鎖となって縛り上げていく。


次第に締め付けていく鎖に、風竜が苦しそうにうめいていると、ユナがピピの体を手でつかんだ。


「うわ!? なにするの!? もう少しなのに!?」


「ダメ! 風竜を傷つけないで!」


「またそれかぁ……。本当に君って子は……」


ピピが呆れていると、風竜の体が小さくなっていった。


そして、気がつくとその体はエメラルドグリーンの宝石へと変わっていた。


一体何が起きて風竜の姿が変わったのかはわからなかったが、とりあえず目的だった風の宝石を手に入れることに成功する。


「まずはひとつか……。よし、ピピ。一度外に出るぞ。転移魔法を」


「はいはーい」


ピピが魔法を唱えると、ユナたちの姿が消えていく。


それを三匹のモンスターは名残惜しそうに眺めていた。


ユナはそんな三匹を見ながら、小さく微笑んで手を振る。


最後にありがとうと口にしたとき、彼女たちの姿は完全に消え、鏡のあった場所へと戻っていた。


全員が無事なことを確認し、ユナがアグネスに声をかける。


「やったね、アグネスさん。風の宝石を手に入れたよ」


「なんとかなったが、次はこう上手くいかないだろうな」


「でも、モンスターたちを倒さなくてよかったでしょ。あの子たちがいなかったら、あたしたちみんなやられちゃってたよ」


ユナの言葉に、アグネスもピピも苦い顔をしていた。


ぐうの音も出ないとはこのことだ、とでも言いたそうな顔だ。


「まあいい。では、次の鏡に入るとしよう」


「うん。さっきみたいにモンスターが出てきても倒さないようにね」


アグネスとピピは、嬉しそうに言ったユナに向かってうなづいた。


今回のようなやり方が続くはずないと思いながら、苦い顔のままで。


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勇者だったパパと間違われて異世界へ コラム @oto_no_oto

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