03

そんなヒヨコに続いて、アグネスが自信満々でユナの手を引き、目の前にある建物へと歩を進めていく。


されるがままユナはふんばるが、彼女の力に逆らえず、ダンジョンへと連れて行かれてしまった。


中に入ると、その古びた外観どおりにボロボロだった。


朽ち果てた壁にたいまつがかけられていて、奥にはこんな場所には不釣り合いの鏡が四つ置いてある。


アグネスはその中のひとつの前で足を止めると、ユナの手を引いたまま鏡に手を伸ばそうとした。


「待って! あたしはまだ手伝うなんて言ってないし! そもそもあたしじゃあなたたちの役になんて立てないよ!」


これまでろくに自分の感情を出さなかったユナが大声を出したことで、アグネスは彼女から手を離した。


アグネスはわかりやすく嫌がった彼女を見て、両腕を組みながら困った顔をする。


「だからおまえなら心配いらないって、さっきピピが言っただろう?」


「それって伝説の武器がどうって話だよね? あたし、そんなもの持ってないし、触ったこともないんだけど」


「ユウキから聞いてないのか? まったく困った奴だな、あいつは。自分の娘になんの話もしていないのか。おいピピ、ユナに見せてやれ」


アグネスが大きくため息をつき、ピピに声をかけた。


声をかけられたピピは、「はいはーい」と返事をすると、その小さな翼を振った。


すると、どういうことだろう。


何もない空間から剣や槍などの武器が現れ、宙に浮いたままユナの周囲を埋め尽くした。


「魔剣グラム、聖槍ロンギヌス、妖刀ムラマサ、聖剣エクスカリバー。他にもいっぱいある伝説の武器。これは全部ユウキが使っていたものだよ」


ピピが胸を張って誇らしそうに言葉を続ける。


ユナの父であるユウキがアグネスと世界を救った後、ピピは伝説の武器を守る者として、女神からその役割を与えられたという。


どうやら話によると、勇者の相棒としてユウキがこの世界に来てからずっと傍で見守ってきたヒヨコならば、その役が適任だと思われたようだ。


自分の周りに浮いている伝説の武器を見ながら、ユナが呆けているとアグネスが声をかける。


「ユウキの娘のおまえならばどれでも使いこなせるだろう。さあ、好きな武器を取れ。どれでもドラゴンすら一刀両断する優れものだぞ」


「こんな誰かを傷つけるものなんてヤダよ。それに重そうだし、間違って自分やアグネスさんやピピを切っちゃったら大変だし。身を守るなら、もっと安心安全な武器はないの?」


「これからダンジョンで戦うと言うのに、安心安全なんてあるはずないだろう……」


呆れるアグネスに、ユナは言い返す。


「安心安全はなによりも大事。それに目的は四つの宝石を手に入れることでしょ? だったら戦うことなんてないと思う。あたしは傷つけるのも傷つけられるのも嫌い」


「そんな甘いことが通用すると思うのか? おまえがなにを言おうが、中に入ればモンスターは襲いかかってくるぞ」


「それはあたしたちがダンジョンに入るからでしょ? それはこっちの都合で、襲ってくるからって相手をやっつけていい理由にならないよ。きっとモンスターたちだって、自分たちのことで必死なんだから」


ユナはそう言いながら宙に浮いている武器の中からひとつを手に取った。


それは魔剣でもなく聖剣でもなく、なんの変哲もないただの金属の棒だった。


ピピは、そんなものではダンジョンを進むことはできないと、ユナに言う。


「四つの宝石さえ手に入れば、その魔力でユナを元の世界に戻せると思うよ……。だからそんな役に立たないものよりも、もっと強力な武器を使いなよ」


「……ついて行くのは受け入れるけど。でも、さっきも言ったように、あたしは傷つけるのも傷つけられるのも嫌いなんだ。特に自分勝手な理由ならなおさらだよ」


断固として譲らないといった様子のユナを見たピピは、何かにすがるようにアグネスのほうに視線を動かす。


しかし、アグネスもまたユナの気持ちを変える言葉を持ち合わせていないようで、苦い顔をしているだけだった。


「わかった……。伝説の武器を使わないということは、それだけおまえの危険が増すということになるが、本当にそれでいいんだな?」


「いいよ。あなたたちの話だと、あたしにはすごい力があるんでしょ。だったら誰も傷つけないやり方でやりたい。怖いのはヤダよ」


「ユウキとは似ても似つかないな……。おまえの父は初めての実戦でずいぶんと暴れ回っていたのだが……まあいい。ユナが自分の意思で手を貸してくれるというなら、それ以上はもう何も言わん」


アグネスはユナに背を向けると、鏡に手を伸ばした。


彼女の姿が鏡の中に消えていく。


「ちょっとアグネス!? もう、相変わらずだなぁ……。しょうがない、わたしたちも行くよ、ユナ」


「う、うん。たとえ夢の中でもあたしはあたしだし。ちょっと怖いけど、他に元の世界に戻る方法もないんだもんね」


「夢じゃないんだけどね……。まあいいや。まずは風のダンジョンだよ。モンスターも風の力を持っていることが多いから気をつけてね」


肩から声をかけてくるピピ。


ユナはヒヨコの言うことにうなづくと、アグネスに続いて鏡へと手を伸ばし、風のダンジョンへと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る