第5話 地底都市

 そこは地下とは思えないぐらいの広い空間であり、外と同じような風景が広がっていた。

 天井には青い空が存在しているかのように見える。これは最新鋭の技術で、実際の空と同じ映像を天井に映し出しているのだそうだ。

 定期的に吹く風は空調装置によるものであり、時おり、雨すらも降らせたりする。

 地下には町を模した風景が広がっていて、大勢の人々が暮らしていた。


 バグ。レイラがそう呼んだ人たちは、この地下の治安を守るための人たちだった。アリの顔を模したフルフェイスマスクを被っているが、このマスクは高性能マスクであり、視覚、聴覚などが通常の人間の3倍になる装置が取り付けられているとのことだった。


 何不自由のない暮らし。

 食事も缶詰ではなく、きちんと調理されたものが出された。

 水もタンクから少しずつ使うのではなく、水道の蛇口をひねれば水が出る。

 電気に至っては24時間使い放題で、荒野にいた時のように闇が訪れることはなかった。


 ぼくとレイラはそれぞれ部屋をひとつずつ与えられ、別々に過ごした。

 もちろん、用があればお互いの部屋を行き来するのは自由だった。


 ここに来てからの生活はぼくを満足させるものばかりだったが、レイラはどこか違っていた。元気なことは元気なのだが、どこか以前のレイラとは違う。

 レイラは病気なのだと言われ、看護師が一日に一回レイラの部屋を訪れていた。

 どんな病気なのかは知らないけれども、ぼくはレイラのことが心配だった。

 その日もレイラは看護師による診察を終えて、ベッドで寝ていた。

 診察を終えた後は30分ほど横になっていなければならないのだそうだ。


 ぼくはレイラのベッドの横に腰をおろすと、レイラに話しかけた。

 大抵、この時にぼくがレイラにする話は、荒野にいた頃の話だ。


 診察後のレイラは、とろんとした目つきでぼくの言葉に頷くだけ。

 30分もすれば、いつもの元気なレイラに戻る。それまでの間が、ぼくとレイラの思い出話をする時間だった。


 きょうもレイラの横でぼくが話をしていると、レイラがとろんとした目のままぼくの方へと顔を寄せてきた。顔と顔が近づき、もう少しでくっついてしまいそうなほどの距離だ。


「やっぱりあいつらは信用できない。今夜、ここを出る」


 レイラはぼくにしか聞こえないぐらいの小さな声で言った。

 その発言に、ぼくは驚かなかった。

 最初からわかっていた。レイラはここにいるべき人間ではないのだと。


 ぼくが小さくうなずくと、レイラは少し笑って、そのまま唇をぼくの唇に触れさせた。


 その夜、地下都市には警報音が鳴り響いていた。

 ぼくとレイラは最低限の荷物が入ったリュックを背負って、地上へと続く道を走っている。


 脱出する際に地下都市の電気系統を一時的にマヒさせた。

 ぼくがこの地下都市に来てから学んだことは電気についてだった。

 色々と熱心に聞いて回るぼくのことを地下都市の人たちは勉強熱心な子だと思っていただろう。もしかしたら、将来有望な電気技師になるとでも思われていたかもしれない。

 でも、本当は違った。目的があったから、色々と調べて回っていたのだ。


 暗闇を抜けて、ぼくたちはあの鉄の扉の前までやってきた。

 あとはここを開けるだけだ。


 レイラが鉄の扉に手を掛けた時、突然背後から刺すような光に照らされた。


「キミたちには失望したよ」


 そういってやってきたのは、アリのマスクを被った男たちだった。


「だが、まだやり直せる。戻るんだ」

「嫌だ、と言ったら」

「その時は仕方がないね」


 バグは光線銃を構えた。地下都市で独自に発達した文明では光線銃を作り出すことが出来ていた。この光線銃に撃たれると、人の身体は溶けてなくなってしまうという恐ろしいものだった。


「わかったよ。わかった、降参する」


 ぼくは素直に諦めて両手を挙げて降参ポーズを取って見せた。


「いい子だ。ほら、レイラも来るんだ」

「飛べ、キトっ」


 レイラの叫ぶような声。

 ぼくは両足を開脚するようにしながら、その場でジャンプした。


 ものすごい衝撃音がした。

 ぼくの足の下を何かがすごいスピードで通過していく。


 それが何であるかはぼくにはすぐにわかった。

 ミシュだ。

 鉄の扉の向こう側にはミシュが待機していたのだ。

 ミシュは光線銃を持った男に体当たりをして、他のバグたちも次々と撥ね飛ばしていった。


「いそげ、キト」


 すでにレイラは扉の向こう側にいた。

 ぼくも急いで扉の向こう側へと走り込む。

 そして、ミシュも。


 ぼくたちは鉄の扉を閉めると、大きな棚でその扉を塞いだ。


 誰も追いかけては来なかった。

 彼らは地上を恐れているのだ。


 こうして、ぼくたちは再び荒野へと戻ってきた。

 不便だけれども、こっちの世界の方がぼくは好きだった。


 レイラと二人っきりの荒野。

 電気はなく、夜になれば真っ暗だけれども、ぼくはそれでもいいと思っている。


 この荒野には謎も多く残されているし、ぼく自身がどこからなにのためにここへやってきたのかもわかっていない。


 まだやることは沢山ある。

 ぼくたちの冒険は、まだはじまったばかりなのだ。


おしまい

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荒野生活はじめました 大隅 スミヲ @smee

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