第4話 地下室の扉
「上手くなってきたな、キト」
「ああ。かなり離れたところからでも当てられるよ」
ぼくは構えたライフル銃で200歩離れたところに置いた空き缶を撃ち抜けるほどの腕になっていた。
ちなみにレイラは、300歩離れていても正確に撃つことができるから、まだまだかなわない。
あの日以来、谷には行っておらず、バグに遭遇することは一度もなかった。
お昼を食べ終わった頃、空が鳴っていることに気がついた。
いつの間にか、空は黒い雲に覆われている。
ぼくは大慌てで干していた洗濯ものを家の中に入れて、雨に備えた。
この世界に来て三か月。大雨は月に一度ぐらいの確率で降るということがわかっていた。
レイラは地下にある貯蔵室へと向かっていた。貯蔵室には数年かけても食べきれないくらいの缶詰があり、それを少しずつ毎日ぼくたちは食べて過ごしている。
缶詰に賞味期限はないのかとレイラに尋ねたが、レイラは賞味期限という言葉自体を知らなかった。
その扉を見つけたのは、偶然だった。
地下貯蔵庫の中で積み上げられた缶詰をレイラが取ろうとしたところ、積まれていた缶詰が雪崩のように崩れてきた。あまりにも大きな音だったため、地上で作業していたぼくの耳にも届き、ぼくは慌てて地下貯蔵庫へと向かった。
「レイラ、大丈夫?」
ぼくの呼びかけに崩れた缶詰の山の中からレイラが手だけをにょきっと生やして、ぼくの方へ振っている。
これは大丈夫だということなのだろうか。それとも助けを求めているのだろうか。
どちらなのか判断できなかったぼくは、崩れ落ちた缶詰をかき分けながら、とりあえずレイラに近づいていった。
「びっくりしたよ。いきなり、崩れてくるから」
崩れた缶詰の山の中から顔をのぞかせたレイラはそういうと、奇妙な表情を浮かべた。
「どうした、レイラ」
「あれ……知らない扉がある」
そういってレイラが指さした先には鉄の扉が存在していた。
いままで缶詰の山によって隠れてしまっていた扉のようだ。
「なんだろう?」
レイラも知らない扉ということは、随分と長い間開けられていない扉ということになる。
ぼくとレイラは扉に近づいていき、その扉の向こう側にあるものを見極めようとした。
扉の向こう側からは、風のような音がしている。
「開けてみる?」
ぼくはレイラに聞く。
レイラは無言で頷くと、ふたりでその扉を押し開けた。
鉄製の扉はかなり重かった。ふたりでようやく開けられるくらいの重さだ。
扉の向こう側は、闇だった。
レイラがライトを持ってきて、闇の中を照らす。
よく映画とかだと、ここでコウモリの大群が凄い勢いで出て来たりするのだろうけれど、この扉の向こう側には生物はなにもいないのか、静かな闇があるだけだった。
その闇はずっと奥まで続いている。
「通路?」
ぼくは誰に言うわけでもなく、つぶやいた。
その空間にぼくが一歩足を踏み入れた瞬間、周りが急に明るくなっていった。
天井に埋め込まれた電気が点いたのだ。
「え? なにここ」
そこは綺麗な建物の中のような場所だった。
理解が全然追いつかない。
天井に設置されたカメラが作動し、こちらを映している。
レイラは後ずさりして元来た扉の向こう側に戻ろうとしたが、さっきまであったはずの扉の姿は消えてしまっていた。
「いやだ、いやだ」
レイラは泣きそうな声をあげながら、扉のあった場所の壁を叩き続けている。
何が何だかぼくには理解ができなかった。
足音が聞こえてきた。
そちらに顔を向けると、あのバグと呼ばれるアリの顔をした二足歩行の化け物たちが立っていた。
「おかえり、レイラ」
その中にいた一匹のバグが言った。
え? どういうこと?
考えが全然追い付かず、ぼくの頭は混乱した。
ピッという短い電子音が聞こえ、アリの頭が外れる。その外れた頭の中から出ていたのは、人間の顔だった。どうやら、あれはアリの頭ではなく、アリの顔に似たヘルメットのようなものだったようだ。
「キトくん、ありがとう」
ぼくに向かって、アリのヘルメットを脱いだ男の人がいった。
「え、ぼくの名前を知っているの」
「ああ。全部、我々は見ていたよ」
男の人はそういうと、手のひらに乗せた小型のドローンをぼくに見せた。
「これでレイラのことを我々はずっと見ていたんだ」
「なんで?」
「我々は地上で暮らすことを諦めざる得なかった。だけれども、レイラはひとり地上に残って生きることを選択したんだ。でも、我々はレイラのことが心配だった。だから、これを使ってレイラのことを見守っていた」
「そうだったの?」
「ああ。荒野の向こう側からキミが現れた時は驚いたけれどね。まさか、レイラ以外にも荒野で暮らしている人間がいたとはね。でも、もう終わりにしよう。キトとレイラも一緒に地下で暮らそう。ここには何でも揃っている。不自由する暮らしは何もないんだ」
男の人はそういって、ぼくに手を差し出した。色が白く綺麗な手をしていた。
ぼくが困惑していると、レイラが叫んだ。
「騙されるな、キト。そいつらは嘘つきだ」
「おやおや、レイラは興奮状態のようだ。少し落ち着いた方がいい」
男の人がそういうと、別のアリのマスクを被っていた人がレイラに近づき、そっと首に触れた。
レイラは抵抗しようとしていたが、その人が首に触れただけで静かになった。
「レイラ、もう我がままを言わないの」
その声は女性の声だった。どこか優しく、耳ざわりの良い声だった。
レイラはその声にこくりと頷く。
「さあ、行こう。我々の楽園へ。キト、レイラ。我々はキミたちを歓迎するよ」
男の人はそういうと、ぼくたちを地下施設の奥へと案内した。
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