NTRビデオレターで音MADを作る

ゲッター線の使者

第1話

 僕はここ数週間殆ど家に引きこもっている。ハッキリ言って不健康だ。その理由はこの前届いたある一枚のDVDだ。タイトルもない、どこにも売っていない一枚。怪しげなそれをすぐさま再生するような事は、しなかった。僕は元々警戒心が強いのである。しかし、一つの事実が僕の心の中で引っかかっていた。それは最近連絡の取れない彼女のことだ。方々を探し回っても手掛かりが見つからず、ほとほと困り果てていたところで僕はそのDVDに一縷の望みをかけて再生したのだった。

 そのDVDに映っていたのは、僕が探していた最愛の彼女の姿であった。そして、僕の知らない彼女の姿でもある。知らない男と情事に及び、僕の前ではしたことのない表情で喘いでいる。それを見た瞬間僕の心は壊れた。なんて、なんてことだ。動悸が早まる。体温が上がる。この感情はなんだ。まるでこれは。まさか、まさか彼女が、こんなにも、……面白いなんて。こんな逸材、素材にしなければ失礼だ。

 というわけで僕は今音MADを作っている。安心して欲しい。彼女を寝取られたショックで脳が破壊されてこんな奇行に走ったわけではない。僕は彼女と付き合っていた頃から、もっとそれ以前から元からアダルトビデオを切り貼りしてMAD動画を作っていた。そういう意味ではとっくの昔に僕の心は壊れているのかも知れない。だが、そんなことはどうでもいい。今はこの手にあるダイヤの原石をインターネットの海を越えて世界中に届けることが僕の使命だ。僕の手で彼女と、現在彼女が愛しているだろう相手を世界の人気者にしてあげられる。彼氏としてこれ以上のことができるだろうか。これ以上の愛情表現はあるだろうか。いやない。何度も何度も本編を再生し、ネタになりそうな部分を探す。音を刻み、映像を切り抜きBB素材にする。時には倍速再生や逆再生も駆使してキラーワードを作り出す。ちゃんと結合部や乳首などの動画サイトの規制対象になるものは隠し、キッズでも楽しめるアダルトビデオの切り抜きコンテンツを作り出す。5年もこの活動を続けていれば大まかの基準はわかってくる。それでも偶に理不尽な削除やデバイス規制を喰らう。そんなクソ運営への憎しみを込めて批判を混ぜるのも忘れない。共通の敵を作ることで投稿者と視聴者の間に一体感が生まれる。そんな努力やテクニックの結晶が動画なのである。しかし、それだけではいい動画は生まれないやはり何よりも大事なのが素材だ。面白い動画は面白いセックスから生まれる。そして、面白いセックスは僕には逆立ちしても生み出せないものである。だからこそ、今僕はこんなにも興奮しているのだ。まさか僕の彼女が、ここまでの逸材とは。僕とのセックスでそのポテンシャルを引き出せなかったことが本当に悔やまれる。至らぬ自分が何より不甲斐ない。けれど、今はこれでよかったとも思っている。僕のセックスが至らなかったからこそ彼女は僕から離れ、あの男に寝取られてくれたのだろう。神の采配だとしたらなんと奇妙で奇跡的なめぐりあわせだろうか。神に感謝だ。それに、あの寝取り男も逸材だ。セックス中の不自然で甲高い喘ぎ声、妙にオーバーなリアクション、絶妙な容姿、寝取られDVDに寸劇を挟むセンス、僕に彼女の痴態を見せつける為の映像なのに自分が前に出ようとするエゴとスター性。正にこの業界にぴったりの逸材だ。素材となる作品が一本しかないのは惜しいが一秒単位で余すところなく素材にし尽してしゃぶり尽くしてやる。しゃぶっているのは僕の元カノだが。

 動画が20本できた。音MAD、BB劇場、本編改造、ゲーム実況など多岐にわたり、総時間100分。一分あたりに10時間編集を費やした自信作だ。編集ソフトのタイムラインがバーコードよりも細かくなるまで編集した。特にきつかったのは実況動画を30分に納める取捨選択だ。このクソ動画投稿サイトは30分を超えると露骨に画質が落ちるのである。取れ高だらけなだけ何処を切るのか悩み、断腸の思いで30分に納めた。三日前投稿した本編は既に10万再生に達している。こういう時、ネーミングがかなり左右する。キャッチーで見たものをああと納得させるような名前は力を持ち、消費欲を増進させる。例えば芸能人やアニメのキャラクター似ているとか、身近にいるようなどこかで見た感じであるとか、一部の特徴を誇張するとか。特に寝取り男の方は個性がありすぎて一つに絞るのに悩んだものだ。このネーミングが今後の流れを左右してしまうと考えると名付けは重要だ。自分の子供に付けるよりも悩んで考えに考え抜いた名前だ。父親になるとはこういうものなのかと、寝取り男に教えられた。そんな努力の甲斐あってか積みあがっていく数字に、僕の目に狂いはないのだと証明されているようで喜び震えた。間違いなくあのDVDは一級品の素材だ。そして、今はBBや音MADの短い動画を投稿し、流れを作る。サクッと見れるコンテンツはそれだけ浸透が早い。それだけでなく、毎日同じ素材で投稿することにより、投稿者そのものが、その素材に偏執を抱く狂人という一つのコンテンツになり得るのだ。この動画サイトの住人はアングラ感を好み、慣れあいや共有できるミームや合言葉を求める。人を人と思わず消費できるコンテンツとして見ている。そんな畜生共のツボを点くコツを僕は心得ている。けれど、何度やろうと自らの創作物を世に出す行為は緊張するものだ。ドキドキしながら僕は動画を投稿した。エンコードする時間がまるで告白待ちのあの瞬間だった。元カノに告白した時の甘酸っぱさが胸によみがえる。懐かしい思い出を噛み締めながら、動画は世に放たれる。そして、僕はとりあえず寝ることにした。疲労が限界でもあったし、こういうのは時間が経ってから数を確認した方がお得に思える。それが僕の流儀だ。

 起きた時は夕方だった。僕は何時間寝ていたのだろうか。でも、久しぶりに眠ったという爽快感がある。その後、買いだめしていたレトルトカレーを食べて、デザートのアイスも食べて、一息ついてからパソコンを開いた。再生数、5桁。やった。行ける。この流れは生きている。いきり立つ情熱の儘に次の動画を投稿した。休んでいる暇はない。ゲームの録画を進めなくては。気力体力充実しているこの時こそが好機だ。やるのは苦行と名高いゲームだ。プレイヤーの苦しみとそれを表現する語録のチョイスこそが実況動画の華だ。だからまずは思いっきり苦しむ。それは今この時こそやるべきだ。ゲーム機を起動し録画機器を繋ぐ。いざ。

 断続的な投稿、BB配布、本編を何度も見て語録の再発見。やることはいっぱいだ。このビッグウェーブを作っているという優越感、ライブ感これこそ生きているという感覚だ。あのDVDが届いてから僕は人生で一番充実している。改めて、元カノと寝取り男には感謝してもしきれない。

 ある日、音信不通になっていた元カノから電話がかかってきた。

「あんた頭おかしいんじゃないの!!!!! 」

 当然の結論である。しかし、後悔はない。正しいことをやったと胸には誇りが満ちている。とてもすがすがしい気分だ。

「まずは謝らないとね。僕は君に隠し事をしていた。わざとだ。知ったら付き合ってくれないと思っていたからだ」

「ふざけんじゃないわよ!!! こんなことして何がしたいのよ!!!! アタシへの仕返し!!!??? 」

「いや、違う。むしろ君には感謝している。あんなに面白いセックスをしてくれて、ありがとう。おかげで僕は極上の素材に出会い、素晴らしい動画をいくつも作ることができた。とても感謝している。幸せだ! 」

「このキチガイ!!!! 訴えてやるから!!!! 」

 そう言って彼女は電話を切った。仕方ない。だが、些細なことだ。さあ、新しい動画を作ろう。アイデアは尽きない。そして僕は動画編集を再開した。

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