悪食キャッチャーミット

渡貫とゐち

話題のバイキング

 そこはパーティ会場だった。


 椅子はあるものの、ほとんどの参加者は立ち歩き、知り合いを見つけては立ち話をしている。

 名刺交換をするような距離感はもう過ぎていた。顔見知りではあるものの、こうして実際に会うことが少ない者たちが顔を合わせている……、

 そのため、大半の者がその手に『話題』というボールを持っていた。


 投げる、受け取る。


 投げ返す、受け取るを繰り返す。

 そのやり取りは滞ることがない。


 元より、こういうパーティに参加する者は、慣れているのだ……、自然と生まれ、足下に落ちているボールを拾って投げているのか、それとも前日に準備したボールをいくつか抱えていたのかは分からないが、投げるボールがなくなる、となる者は少なかった。


 もしかしたら、ボールが無くなったタイミングで、用意されている料理を取りにいくのがベストなタイミングなのかもしれない……。

 飲み物ばかりが減って料理が余っているのは、そういうカラクリがあったからなのか。


 立ち話がほとんどの中で、頭一つ分、沈むように――故に浮いて見えている、椅子に座っている若者がいた。彼は一足早く料理を取り終え、自席で誰とも喋らず黙々と食事をしていた。


 そんな彼の元に近づく男がいた。

 男はボールを軽く投げ、若者が受け取る。


 投げ返し、受け取った男がまた投げ返して……だけど、若者はボールを受け取ったものの、投げ返そうとしたらボールが手元からなくなっていた――足下にもない。


 探している間にも、声をかけてくれた男は別の大人に声をかけられ、意識がそっちへ向いてしまった。若者は上げた顔を再び手元の料理に戻す。食べかけの料理にフォークを刺し、口へ運ぶ……、食べながら、頭の中はフル回転していた。


 ボールはどこだ?

 ボールはどうしたら生まれる?


 いくつか、足下に転がしておいた方がいいだろう……、一人で寂しそうに料理を食べているように見えるかもしれないが、若者は作業中だ――必死だった。


 なにもない。

 なにも作れない。


 スマホを覗いてみる。ボールになるものが、落ちているかもしれないから……。


 だけど、若者のタイミングでチャンスが回ってくるわけではないのだ。


 同情なのか興味なのか、若い女性が話しかけてくれた。

 慌ててスマホをしまい、フォークを置いて、投げられたボールを受け取る。

 最低限、このボールを投げ返すことはできるけど、こっちが作ったボールを渡すことができない……だって手元にないのだから。


 女性が気を遣って投げてくれたボールで、数回のラリーは続いたが、このボール一球で会話を続けるのも限界がある。

 なんでもいい……、どこかにボールは落ちていないものか……。


 仕事? 趣味? 大した話題でなくともいいはずだ……、若者からボールを投げる、という行為が大事なのであって、中身はなんでもいいはず……。


 なんでもいいなら、絞り出せば、出ないこともない。


 絞り出し、手元に生まれたボール。


 ほっと安堵した若者がそのボールを投げると――――



 しかし、女性は受け取ってくれなかった。


 彼女の胸に当たり、ボールが転がっていく。


 女性は悲鳴を上げて座り込んでしまった……、周囲の大人たちが、ざわざわと注目し、近づいてくる。気づけば、あっという間に若者は囲まれていた――状況に戸惑うことしかできない。


 若者の額にボールが当たる。

 大人から投げられたボール……。


 次々と。


 最初こそ丸いボールだったはずが、いくつかのボールには、鋭い痛みがあった。丸みが減り、角ばった形になっており、やがて全てのボールがトゲ付きのものに変わっていた。


 話題の種類が変わった。

 言葉に攻撃性が加わったのだ。


 若者は両手で頭を守る。その場で屈んで縮こまったが、投げられるボールは止まらない。

 顔を上げられないほど、多くのボールが投げつけられ……傷が増えていく。


 会場の隅にいた大人でさえ――

 まだ話したことがなかった大人も、手にはいくつものボールがあった。


 若者の周りには、血が付着したボールが転がっており……——若者の手が触れる。


 自分も傷がつくことを分かっていながらも、トゲ付きのボールをぎゅっと握り締め、応戦した。自分の体に当たっては、足下に転がるボールを投げ返す……、それが場を解決させる結果になるとは思っていないが……反射的だったのだ、しないことはできなかった。


 若者のがまんの限界に、周囲の大人たちも引いていく。

 やり返されるとは、誰も、微塵も考えていなかったのかもしれない……。


 トゲ付きのボールが消えていく。

 若者の反射的な行動が、結果的に間を作った。


 声を上げなければ、もしかしたらいつまでも続いていたかもしれない――。

 そう考えれば、反射的にでも行動して正解だったのだ。


 発端となった、悲鳴を上げた女性が、トゲのないボールを若者へ渡した。


 彼女も冷静になったのだろう、優しく、そっとボールを手渡した。



 ――どうしてあんな酷いことを聞いたのですか?


 ――あれが、地雷だとは思いませんでした……。



 不慣れな人間のボールは、無自覚に、特定の人間だけに見えている『トゲ付きボール』になってしまうこともある。


 難しいものだ……、得意な人間からすれば簡単なことかもしれないが、不慣れな人間からすれば人を傷つけてしまうかもしれない危険を孕んでいる……、

 どうして料理はたくさん並んでいるのに、ボールは並んでいないのだろう……?


 なければ取りにいく。

 店が用意した確認済みの安全なボールなら、喜んで取りにいくのに……。



 ごっそりと。

 溢れんばかりのボールを、この足下に転がしてやるのに。



 ―― 完 ――

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悪食キャッチャーミット 渡貫とゐち @josho

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