第28話 恋患い・後編 ⑦(最終話)


「は!? 嘘だろ? だって、あの時スクライングで、一成さんの思いを知ってほほ笑む小林さんを見たから、それに、赤二郎さんも大丈夫とおっしゃっています、とか言ってたよな?」


「実際は、赤二郎さんはあの水槽で黒い液体により、苦しんでいただけです。それに、私には赤二郎さんが何をおっしゃっているかまではわかりませんよ、金魚ですし。


 ほほ笑んでいる小林さんの様子は水槽に、確かに投影されました。ですが、どうしてほほ笑んでいるのかまでは、わかりませんから……とにかくあの時は、瀬川さんになんとか気持ちを吐き出してもらわなければならなかったので、演技をしましたね。素直な方で助かりました」


 危険な賭けだったと知り、ノブオの冷や汗は止まらない。プルプルと震えながら、着席する。


「ま、まぁ……無事に丸く収まってよかった、ですよね。結果、瀬川さんと小林さんはデートもするわけで。ところで、スクライングって何ですか?」


 話題をなんとかそらしたいジュンジは必死だった。


「はい、スクライングはですね……鏡のようになっている黒いお皿や石を眺めたり、それから今回のように、黒い液体、墨汁などを水に入れ、揺らめくところをぼんやりと眺めることで、自分の脳内に浮かぶイメージなどを、そこへ投影します。例えば水晶玉占いは、水晶玉をのぞき占いますが、それもスクライングの手法の一つといえるでしょう」


「へぇ……イメージを投影か。今度、僕もやってみようかな」


 オカルト話が好きなジュンジはいいことを知った、とスクライングをメモするのだった。




 それから二週間ほどが経ち、冬が近づいて冷えるようになってきた、ある日の午後だった。


 ノブオが一人、留守番をしている事務所に瀬川一成は訪ねてきた。


「ノブオさん! いやぁ、すっかり元気になりました! あれからお見舞いにも来てくれて、本当にありがとうございました」


 ジーンズに白いパーカーを着ている瀬川は、寝込んでいた時のよれよれの下着姿とほど遠く、若々しく見える。


「いやいや、本当に元気そうで、よかったよかった……」


 一時は命も危うく見えた瀬川の元気な姿に、ノブオは思わず涙ぐんだ。


「実は数日前に、パスタランチのデートに小林さんと行きまして……見てくださいよ!」


 瀬川はイキイキとスマホを操作し、ノブオに写真を何枚も見せつける。


 写っているのは、まんざらでもない様子の真実子の姿がほとんどだったが、そこに緑黒い人影は一つも写っていなかった。


「それから……すごいんですよ、赤二郎が!!」


 そう言って見せられた金魚の写真……なんと、赤二郎は水槽いっぱいに大きくなっていた。


「え、これ、本当に赤二郎か!? でかくなり過ぎだろ、急に!?」


「ね、すごいでしょ!? 明日あたり、大きな水槽を買いに行こうと思ってて……」


 言いながら、すっすっと指を動かすと、見せるつもりはなかっただろう写真もうっかり出てくる。


 瀬川のお布団での、ツーショットだった。


「あっ!!」


 慌てた瀬川はノブオに背を向け、スマホを隠す。


 だがノブオはすでに、しっかりと見てしまった。


 そして、改めて確信する。瀬川が、かつて真実子の写真に写っていた、緑黒い人影の正体であることを……


「一成さん、耳、好きだよね? 耳、好きだよね?」


 顔とそれこそ耳を真っ赤にする瀬川は、ノブオに背を向けたまま、うん……と小さく頷いた。



                                  了



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【恋患い・前編/マリー ルーの三女/続・恋患い/お米とぎ/恋患い・後編】 春天アスタルテ @1119shunten

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