ジェットコースター
夏目有紗
ジェットコースター
小さい頃からジェットコースターが好きだった。ユニバのあの入り口から見えるやつ。小さい頃は見るだけだったけど、少し成長して乗るのが許されるようになると夢中になって何度でもあの浮遊感を味わおうとした。
東京と大阪ではナンパの仕方が違う。東京ではいかにユニークな声掛けをするかで女が釣れるかどうかが決まると思っているようだ。例えば「今目が合ったよね!」といった調子だ。合っていません。一方で大阪の口説き方はというとストレートに口説いてくる。「君、凄くタイプで」と。お笑いの県のくせに笑いで攻めないあたりが女心をよくわかっている。
何が言いたかったかって言うと、私はそんな大阪の方が娯楽も男もかなり好きだったという話だ。
「それなのに俺に抱かれるんだ?」
隣の男は面白そうに笑って私の唇に優しいキスを落とす。ちょっとー、と私は体をよじり逃げるが勿論本心ではない。男は服の上から私の胸へと手を伸ばし、優しく弄る。気分が盛り上がるようお互いに上手く上手く高め合っていく。嗚呼いつぶりだろう、男と女の駆け引き。
仕事のために上京して数年、大阪では男遊びも派手な私だったが、東京ではピタリとやんだ。良い男が現れなかったというのもあるし、生活するので精一杯だったというのもある。
そんな私の前に現れたのがこの男。仕事の帰り道だった。彼は新橋駅の大手チェーン薬局店の近くで演劇のビラ配りをしていた。たまたま目があった。それがたまたまだったのかそれとも向こうが狙っていたのか、はたまた、そのルックスの良さから気づいたら私が無意識に目を向けていたのか今となっては分からない。
「演劇、暇なら来て」
まぁ、気が向いたら、と頷いた覚えがある。ビラを手にしたもののこの瞬間までは捨てる気であった。男の次の一言を聞くまでは。
「刺激、そろそろ欲しくない?」
仕事して、帰って、最低限の家事をして泥のように寝て。そんな日々の繰り返し。仕事帰りや休みの日に副業やパパ活をするような器用さも持ち合わせてない。故に限界OLが相応しくなっていた。けれどたまに遊んでいた頃を思い出すかのように下半身だけが疼く。その熱を大人の玩具でとりあえず収めるだけ。刺激が足りなかった。それを埋めてくれると言うの?
初めて会ったこの男に何を託してしまったのか、私は社会人演劇というものを観に下北沢の小劇場へと足を運んだ。
演劇はなかなかに面白かった。ロミジュリの現代バージョン。面白かったのだけど、あの男が現れるまでは刺激が足りなかった。ジュリエットの婚約者として現れた彼は脇役ながら光を放っていた。そう、彼はまさにスパイスのようだった。会場も、というより、会場にいた複数の女の人達も彼に釘付けになっていた。恐らくは遊んでいるのだろう。良い。凄く良い。煙のように軽いくらいの男がちょうど欲しかった。気づいたら演劇の内容そっちのけで私の下の口は涎を垂らしていた。
彼への連絡先はビラに手書きで書かれていた。全員にそうしているのか気に入った子にだけそうしているのか。いずれにせよ遊び慣れてる感じが、それと真逆のような劇上での真面目な振る舞いが私の胸を高鳴らせた。
演劇後、速攻で連絡を取った。連絡は遊び人らしくマメなのか、すぐに返ってきた。そこからはジェットコースターだ。ネット上でもくだらない問答を繰り返し、出会ってからも駆け引きをしながら彼の家へと傾れ込んだ。そして今に至る。
「んっ……んっ!」
私は胸を揉まれながら甘く軽やかなキスをされ、思わず喘ぎ声をあげる。上手い。素敵素敵。
「劇の内容覚えてる?」
「んー、あんまり」
「じゃあこれはお仕置き」
舌を入れて深くなっていく。手が私のとっくに熱くなった下半身へと伸び、ずっと触ってほしかった蕾を摘む。
ジェットコースターが終わる。賢者タイムで微睡む彼が裸のまま私を後ろから抱き締める。
「見た目、幼いよね」
「何それ、貧相って言いたいの?」
「女子高生にも見えそうだなって」
「アラサーが喜ぶ言葉、よく知ってるのね」
「かなり年下に手を出したようで罪悪感」
「あら、手を出してるのはあなたじゃなくて私だけど?」
ふふん、と笑った。遊ばれたんじゃない。ジェットコースターに乗ると決めたのは私の意思だ。
男はまだ体力が戻らないのか私を抱き締めたまま動かない。私はというと次の休日は夢の国のジェットコースターも乗ってみようかななんて思い巡らせていた。
ジェットコースター 夏目有紗 @natsume_novel
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