第31話「紹介」

 私に色々とあってから、約三ヶ月ほど経ち。


 今ではすっかり豪華なロッソ公爵邸で過ごす日々に慣れ、ロッソ公爵夫人となった私は女主人としてそれなりに充実した日々を送っていた。


 そして、かの有名な聖女ベアトリス様の噂を聞いたのも、そんな時だったのだ。


「え。ベアトリス様の謹慎が、もう明けたの?」


 いくら尊ぶべき聖女様と言えど、あの方には残念ながら人間性に難ありな部分があった。


 だって、いくらシリルが好きだからって、国中を守る結界を盾に『結婚して』と脅すなんて、私の感覚からするととても信じられないからだ。


「そうよ。やはり王様も父親であられるヴィオレ伯爵も、あの方に対しては甘過ぎると思うわ。狙われていたフィオナは、命の危険まであって本当に大変だったと言うのに」


 私を誘拐したあの事件の真相を良く知っているジャスティナは、とても嫌な表情になっていた。


「……ベアトリス様は、何故、あんな事をしたのかしら」


 あの方の真意など、私には知る由もない。


 けれど、国を守る守護結界を張ってくれているのはあの方なので、国民全員を居るだけで守ってくれていると言えばそうなのだけど。


 私だってその一人だ。今この瞬間も、ベアトリス様に守られている。


「好きな人を脅して結婚するなんて、とても馬鹿げているわ。我が儘な人ほど、そんな生活に満足が出来るはずがないもの」


「ジャスティナだって、そう思うわよね。けれど、それを理解出来ない人になってしまったのは、彼女のせいだけでもないような気がするわ」


「……いくら誠実に話し合っても、わかり合えない人だって居るわよ。うちのお父様だって、そうだもの」


 ジャスティナのお父様は外見の良い男性だけど女好きで知られていて、彼女のお母様とジャスティナはそれで長い間苦しんでいた。


 幼馴染みで彼女たちの苦悩を知っている私は、ここで話を変えることにした。


「ジャスティナ。そういえば、シリルに同僚を紹介して貰うお話があったじゃない? あの事なんだけれど」


「……ええ。フィオナ……もしかして!」


 目を輝かせたジャスティナに、私は期待した通りよと微笑んで頷いた。


「そういうこと! シリルは紹介しても、構わないって言って居たわ。ジャスティナの求める条件を話せば、ちょうど良い方がいらっしゃるそうよ」


 その時に、コンコンと扉が叩かれたので、私は何気なく返事を返した。


「……エリュトルン伯爵令嬢、いらっしゃい。フィオナ。来客中にすまないね」


「まあ。ロッソ公爵。ごきげんよう」


 仕事に行っていたはずの夫が扉を開け、流れるようにジャスティナに挨拶をしたので私は驚いた。


「いえ。構わないわ。どうしたの? ……もしかして、何か急用なのかしら?」


 もしかしたら、来客が帰るまで待てないほどに急ぎの用があったのかと私が聞けば、シリルは何故か得意げに微笑んだ。


「いや、今日はジャスティナ嬢が遊びに来ると事前に聞いていただろう? ……それに、珍しく仕事に余裕があって、こうして昼休憩に帰れそうだったんだ」


「え? ……ええ。そうなのね」


 確かにジャスティナが来る予定だとシリルに知らせておいたし、それとこうして昼間に帰れそうだと何が繋がるのかわからずに、私は戸惑うしかなかった。


「だから、ついでに連れて帰って来たんだ。ジャスティナ嬢のご希望の条件に合いそうな、俺の部下を」


「「え!」」


 したり顔のシリルの言葉に驚いたのは私だけではなくて、思わず立ち上がったジャスティナだって同じようだった。


「……シリル……本当に?」


 信じられないくらいにタイミングが良いけれど、彼がそんなことで嘘をつくはずはないと私もわかっていた。


「ああ。こういうものは、わざわざ機会をセッティングすると、互いに緊張してしまうだろう? 会話だってなかなか弾まないかもしれない。だから、思い立ったが吉日で、勢いで会った方が楽で良いと思ったんだ。ジョナサン・クラフリン少佐。こちらへ」


「はっ……失礼します」


 シリルの背後から現れたのは、軍服を着た身長高く大きな身体、精悍な顔立ち……そして、何よりとても真面目そう。


 まあ……素敵な男性だわ。


「こちらは俺の部下なんだが、クラフリン少佐は伯爵家の次男で家柄も釣り合う。それに、ジャスティナ嬢が婿養子が必要だと言って居たし、クラフリン少佐が条件に合うと思ったんだ。それに、彼の真面目さは保証するよ。俺も良く怒られるんだ」


「……閣下の不真面目が過ぎるのでは?」


「それは、何の言い訳出来ない。しかし、仕事の話は止めよう。ここで四人で四人で話を盛り上げても良いが、もう子どもでもないし自己紹介も自分で出来るだろう。お若い二人は庭でも散歩して来たらどうだ?」


 我がロッソ邸には、庭師が丹精込めて造ってくれた庭園がある。ちょうど季節も良く、美しい花が咲き誇っていた。


「ジャスティナ嬢……では、こちらへ」


「は、はい!」


 クラフリン少佐に誘導されるままに、呆然としていたジャスティナは我に返り緊張しつつ庭園へと向かって行った。


「もう……シリル。本当に驚いたわ」


 出て行く二人を満足そうに見つめているシリルに、私は軽く抗議した。


 ジャスティナだってこういう紹介が今日あるとわかっていれば、もっとお洒落したり、色んな準備があったはずなのに。


 女心がわかっていないわと背の高い彼を見上げれば、シリルは肩を竦めた。


「フィオナ。言っただろう? こういう事は勢いが大事なんだ。二人とも初対面の感触は悪くないみたいだし、上手く行くかどうかはわからないけど、俺が見たところ割と相性は悪くなさそうだよ」


 確かにクラフリン少佐は見るからに真面目で、実直そうな性格の男性だった……ジャスティナが嫌っているお父様とは正反対の男性だと言えるだろう。


「あの……ありがとう……私のお願いを聞いてくれて」


 シリルは仕事を始めたばかりと言うこともあって、とても多忙そうだった。それなのに、こうして私のお願いをちゃんと叶えてくれた。


「愛する妻のお願いとあれば、聞かない訳にはいかないよ。それに、話を聞けばクランフリン少佐もなかなか良縁に恵まれないようでね。ジャスティナ嬢と上手くいけば、俺も嬉しい」


 庭園を散歩して居る二人は、ぎこちないながらも談笑しているようだ。


 二人が上手く行けば良いと思う。


 ジャスティナは……私にとって、大事な友人だもの。


「……ジャスティナには、私のせいで前の社交シーズンを無駄にさせてしまったから、上手くいけば良いと思うわ」


「どうかな。それって、考え方次第だと思うよ。もし、ジャスティナ嬢がクラフリン少佐を運命の人だと思ったなら、彼と出会うために、今までは良い出会いと呼べるものがなかったのかもしれない」


 私はシリルと出会って……そう、結婚してから三ヶ月だけど、なんだかやたらと眩しく思えて目を細めた。シリルは整った顔に笑みを浮かべて、私を見つめている。


 それは当然の事だろうと言わんばかりの穏やかな微笑みで。


 すごくすごく、良い考え方だと思う。けれど、私にはそういう考え方の切り口は考えつかなかった。


「ねえ。シリルって、本当に凄いわね。なんでも良い風に捉えてしまえるもの」


「……? 何かこれまでの会話で、悪く考える必要性のあるところなんてあった?」


 とっても不思議そうな表情。


 それを見て、軽く息をついてしまった私は、やっぱりシリルが世界を救う勇者様に選ばれたのは、彼がとても強いだけではないように……度々、思えてしまうのだった。


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【書籍化】「急募:俺と結婚してください」の手持ち看板を掲げ困っていた勇者様と結婚することになったら、誰よりも溺愛されることになりました。 待鳥園子 @machidori

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