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 俺は「BeatSaber」というVRのリズムゲームが好きで、普段からよくやっている。それについて、この間、不思議な体験をしたことを話そうと思う。


 このゲームにはマルチプレイというものがある。同じ譜面を二人以上で同時にプレイして点数を競うことができる。一部のプレイヤー同士では、これを使ってわいわい多人数でプレイするというのをよくやる。俺もその一人だ。


 それは八月の夜のことだった。


 マルチプレイは、普通、DiscordみたいなSNSで募集する。複数人を誘うのだからそれが合理的だ。だから、そいつからDMが来た時は何か妙だなと思った。


「今度、一緒にマルチプレイをしませんか」


 そいつ、仮にAとしよう。Aは四年前ぐらいに良く一緒に遊んでいた。学生っぽかったので、年下だと思うけど、詳しい年齢は知らない。ただ、いつからかフェードアウトしていった。多分、飽きたんだろうな。こういう趣味の界隈ではよくあることだ。


「おお、めっちゃ久しぶり! 他にも誰か誘う?」


 俺は素直に嬉しかったし、俺以外にも、Aが帰ってきたとなれば数人は喜んで参加する人は多いだろう。音信不通の後にいきなり募集をかけるのは気が引けるから、最初に声をかけやすい個人として俺を選んだんだろうな。その時はそう思っていた。が、返ってきたのは意外な返事だった。


「いえ、今からしたいんです。もう部屋も立てました」


 いやいや、一時間ぐらい待てば、さすがにもうひとりぐらいは捕まるだろ。なんでそんな急ぐんだよ。っていうか、今まで何してたんだよ。そこら辺の世間話をしてからでもいいんじゃないの、とは思ったが、まあそこまで言うならと、BeatSaberを起動してルームに入った。


 ゲームを起動してからはVRの世界になるので、基本的に音声でやりとりをする。Aは、自分の音声を機械音声に変換をする(いわゆるボイロってやつ)技術を使っていた。


「全然いなかったじゃん、就職して忙しかった?」

『ちょっと事情があって、さわれていませんでした』

「まあ、色々あるよね。何やる? 最初は精度譜面で慣らす?」

『いえ、もう決めてます』


 ルームにはすでに次の譜面がセットされていた。それを見て俺は面食らった。それはランク譜面という奴で、楽しむというよりは、極限までスコアを求めるタイプの譜面だった。まあ、それはいい。


 譜面が古すぎる。


 譜面IDが4桁って……。当時は最難関譜面で、「これをクリアしたら人間卒業」なんて言われていたが、今ではもっと難しくて、配置が洗練された譜面がいくらでもある。


 こいつ、マジでこのゲームを長期間一切触ってなかったんだな……。


「ちょ、懐かしすぎるでしょ」

『これがやりたいんです』


 プレイスタート。古い譜面がゆえのどぎつい配置もあって戸惑ったが、俺だって数年間やり続けているいっぱしのプレイヤーだ。納得いくスコアではないが、クリアはできた。しかし、Aはというと、一番のサビで早々にフェイルしていた。


「もう満足しただろ。最近は色々おもしろい譜面があるから、紹介してやるよ」


 俺はそう言ったが、次にセットされたのは同じ譜面だった。


『これをクリアしたいんです』


 渋々付き合ったが、Aはやっぱり一サビでフェイル。明らかな早振りだ。プレイしながら横目でもわかる。当時は似たような実力だったが、今となっては経験値の差は歴然だ。


 もう一度、同じ譜面がセットされたところで、さすがに俺は切り出した。


「あのさ、今は諦めた方がいいんじゃないの」


「クリアチャレンジしたいなら一人で練習した方がいいだろ。せっかくのマルチなんだし、色々な譜面を楽しもうぜ。時間がもったいないよ」


 きつい口調になってしまったが、正直イライラしていた。せっかく久しぶりにあえて嬉しかったのに、なんでこんな苦行みたいなことをさせられてるんだ?


 だが、その譜面が解除される気配はない。さすがに付き合いきれない。


「久しぶりにあえて嬉しかったけど、そんな調子ならやめるよ」


 しかし、ルームから出ようにも退室ボタンがない。バグか? まあ、ゲームを強制終了すればいい、とHMDを脱ごうとしたところで、異変に気付いた。


 HMD。いや、何を言っているかわからないと思うが、VRのゲームの世界にいるはずなのに、HMDがない。コントローラーを握っているはずの手は、セイバーと一体化したかのように離れない。1メートルも歩けば現実世界の壁にぶつかるはずだが、その向こうも歩けてしまう。俺は頭がおかしくなってしまったのか?


『ごめんなさい』


 Aは続ける。そもそもA? 機械音声なんていくらでも偽装できる。


『でも、時間がないんです。どうしても、クリアしたいんです』


 いや、そんなこと言っている場合じゃない。ゲームから出られない?「ソードアート・オンライン」じゃあるまいし……。


『あと数時間ぐらい粘れば、いける気がするんです』


 ああ、そういえばAは配信でも粘着するやつだったな。


 配信でもよくそんなことを言っていた。


 視聴者が退屈するだろうってのに、クリアできるまで何度もやってた。そんな風景を思い出した。あの時は配信者も視聴者も少なくて、くだらない配信でもダラダラ続けてたし、どんな譜面でも、何時間でも楽しんでたな。


 状況は明らかに異常だったが、不思議と、こいつに付き合ってやるかという気分になった。


「わかったよ。付き合うよ、お前に」


 その後は、ひたすらその譜面をリトライする時間が続いた。俺はAに、早振りするな、手首をリセットするタイミングを暗記しろ、お前は昔から左手が遅れるんだよ、など、とにかく思いつく限りのアドバイスをした。後半になると、もう自分はプレイせず、Aがミスりそうなところに気たら大声で注意喚起をするという感じだった。


 何十回目のリトライが終わった時、ついにその時はやってきた。三回のサビを通り抜け、難所の片手地帯もクリアし、最後のウィニングランも無事に終了。


「うおおお! やったじゃん!」


 最初はうんざりしていた俺も、さすがに達成感があった。


『やりました。これで大丈夫です』


 変換された無機質な機械音声だが、心なしか嬉しそうだった。


 やったな。もういい加減、この数年間何があったのか聞かせろよ、そういえばさっき変なことが起こってさ、HMDが―――


 そう思った瞬間、意識が途切れた。


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 目が覚めた時、俺は床に寝転んでいた。季節が夏じゃなかったら確実に風を引いている。周りには乱雑に置かれたHMD。当たり前だが、現実世界だった。俺は、夢を見ていたのだろうか?


 Aのアカウントを見てみた。あった。ほとんどの記録は四年前だけど、最後のプレイだけは、二時間前に、例の譜面が。ていうか、俺も筋肉痛だし、色々指示や応援をしすぎて喉が痛い。


 その日、Discord で何となしに雑談した。


「そういやA君って覚えてますか?」

「ああ、いましたね。どうして?」

「いや、昨日A君から連絡があってさ」

「え」

「なんかしらんけど二人でマルチすることに笑」


「誰かのイタズラじゃないですか。Aさん、四年前に病気で亡くなったはずですよ」

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