録画終了

 俺は「BeatSaber」というVRのリズムゲームが好きで、普段から良くプレイしている。また、一人でプレイするだけでなく、配信なんかにも手を出している。まあ、弱小配信者なので、視聴者は滅多に来ないんだけどね。


 その日も配信を立ち上げていた。OBS っていうソフトを使うんだけど、わりと手順は多い。色々設定した後、テストプレイがてら録画する。ゲーム音声やマイクの音声が入っていなかったりと、俺はそういうポカミスを良くしてしまうのだ。


 安定して視聴者がいる配信者だったら、何か不備があっても常連さんが指摘してくれるだろうけど、悲しいかな、俺ぐらいの規模だと、ミスに気づかないまま何時間も無言配信していた……なんて可能性もあるからね。配信というのは、ミスの要素がいくらでもあるにも関わらず、終わってみないと自分がどんな状態で配信していたかわからない、恐ろしい作業なのだ。


 録画を完了して、レイアウト、音声バランス、コメント読み上げ、シーンチェンジなどが問題ないことを確認。そして、最低でも一時間ぐらいは間が持つように、チャット欄にリクエストを打ち込んでおく。本来は視聴者がリクエストを投げるための機能だが、自分で使うこともできる。配信が走っていなくても Twitch のチャット欄は生きているので、これで予定譜面を準備するのが手っ取り早い。すべての準備が完了したら、満を持して配信開始のボタンを押す。まあ、これだけお膳立てしても、視聴者が一人もこないなんて可能性もあるんだけどね……。


「配信の開始を確認したらとりあえず声をかける」というマメな知り合いが居合わせたら、すぐにコメントをくれたりするものだが、残念ながら今日はそのパターンではなかった。


 ひょっとしたら無言で見てくれている視聴者もいるかと思い、独り言ともつかぬ雑談をしながらプレイを続けるが、正直この時間はとてもつらい。配信者は基本的に孤独なのだ。


 救いの神は配信開始 10 分後に現れた。


「こんばんは」


 見知らぬ ID だった。ハッシュみたいな意味不明な文字列をしていたが、何かの別サービスの初期設定のランダム文字列をそのまま使っていたのかもしれない。bot か何かじゃないの、とちょっと身構えたが、そうではなさそうだった。


「私も最近このゲームを始めました」

「リクエストを投げていいですか」


 といった他愛もないやりとりをした後、急にその人はぶっ込んだ質問をし始めた。


「どの辺に住んでいますか」


 おいおい、いきなりリアル住所かよ……最近だと気にしない人も多いけど、ちょっと不躾だなとは思った。この人の年齢とかはわからないが、悪気なく聞いているだけかもしれないので「南の方ですね」とぼかして答えてはおいた。


 それからしばらくはまた普通のやり取りが続いた。リクエスト、譜面の感想、ビーセイあるあるなど。やはり、悪意のある人物ではなさそうだな、と安心したあたりで、次の爆弾がきた。


「今から遊びにいってもいいですか」


 え、配信に来てるのに? 俺の家に来るってこと?


 さすがにこれはちょっと意味がわからない。冗談だろう。慣れてる配信者だと、こういう、ちょっと変なコメントをはぐらかしたりするのも自然にできるけど、残念ながら俺にそういうスキルはない。


「今から遊びにいってもいいですか」


 また同じコメントがきた。さすがにこれは冗談の範疇を超えている。付き合いきれなくなったので、俺はそのコメントにはあえて答えず、「ちょっと腕痛くなってきたんでそろそろやめます」とだけ伝えて、配信を終了しようとした。


 HMD を脱ぎ、OBSの配信終了ボタンを押そうとしたあたりで、俺は固まった。OBSの表示はこうなっていた。


配信開始

録画終了


 ミスっていた。ボタンを間違えていた。俺は今まで、配信じゃなくてしていたんだ。


「今から遊びにいってもいいですか」


 その視聴者、いや、視聴してはいない、とにかくコメントを送り続けてきている「何か」は、同じようにコメントを続ける。


「今から遊びにいってもいいですか」


 俺は恐ろしくなって、OBSと読み上げソフトを終了した。


 それからしばらく配信してしていないが、今でもその無機質なコメントが送り続けられているような気がして、Twitch の自分のアカウントを覗けないでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る