その末路がこれでしょう?

 大学三年生になった。


 真面目に通っていたおかげで気持ち良く夏季休暇を迎えられている。

 しかし、母さんが営む美容院。サロン・ド・ビューテは大忙しだ。

 理容師の試験を無事にクリアした俺はカミソリを使った施術ができる。そのせいで何故か女性客がまた増えてしまった。


「なあ、こんなしょぼくれた弱小サロンで、和音もカットできて美容師四人も居るのに、休む暇がねえってよぉ」


 忙しくて母さんは少しばかり気が立っている。


「和音くんがカミソリ使えるからって顔や首周りの剃毛するようになってから増えてるよね。絶対」

「私らじゃ出来ないもんね。アイくんしかできないってか、この辺じゃ美容院で顔を剃れるところってここしかないから仕方ないよ」

「和音くんのせいで男が来ないッ!」

「やー、和音が理容師の免許を取ったら男性客が来ると思ったんだけどよ。期待外れだったな。お客様は増えたけど」

「ほんと、そうだよね。アイくんの出勤予定日だけアプリに公開したらその日のその時間だけあっという間に埋まっちゃうもんね」


 エステに通うほどではないと考えている女性客がアプリで俺の出勤予定日と空き状況を確認して電話で俺の予定を直ぐに押さえる。

 そんなにか!と思っていたけど──。


「女性は理容店には入りづらいし、女性が利用する美容院には美容師免許を持った美容師ばかりで理容師免許を持ってる美容師は少ないからな」

「だから、混むのは必然。ってことだね」

「そういうこと」


 最近では理容師免許を持つ美容師もそれなりに居る。が学校に余分に通わなければならないからやはり多くはない。

 そんな感じで開店から六年目を迎えているサロンは繁盛していた。



「おはよう。アイちゃん」

「ひなっち。おはよう」


 サロンの定休日。

 今日明日とサロンは休みで、ひなっちの頼まれごとで二日間の休みをひなっちのために空けていた。


「アイちゃん。ごめんね」

「大丈夫。ひなっちのお母さんのことだよね?」

「うん。話を聞いてくれてありがとう。助かるわ」


 三年生になってから、大学からの帰りにひなっちの母親の多香子さんをよく見かける。

 いつも決まって夕方に派手な服装でどんよりと歩く多香子さん。

 ひなっちとほぼ同じ講義を受けていて、大学では行きから帰りまでいつも一緒に行動している。

 そんな日常の折、三年生に上がるとひなっちと並んで歩く帰り道で多香子さんらしき女性の歩く姿を見つけたのだ。

 派手なのに生気のない雰囲気で歩く多香子さんが何をしているのか気になって調べたいとひなっちから相談を受けた。


 直ぐには分からなかったけど、調べていたら出てきた。

 熟女専門店みたいな風俗で多香子さんは働いている。

 どこに住んでいるのかは全くわからないから、接点を作れるのは夕方のこの時間だけ。

 仲違いしたとは言え、やはり実母だから気になるんだろう。

 本当に多香子さんなのか確かめたいひなっちは協力して欲しいと頼まれて、ひなっちの前で俺が風俗店の予約を取り、今日、その日を迎えた。


「お母様なら左胸の下に目立つホクロがあるから、それをしっかり見てきて欲しいの」

「ん。わかった。じゃあ、行ってくるよ」


 大学から近いその風俗店。

 ひなっちを大学に置いて俺は予約の時間にその店に行った。


 数時間後──。


 大学に戻った俺はひなっちと落ち合って家に向かった。

 もうすっかり日が落ちて外は薄暗い。


「どうだったのかしら?」

「ひなっちが言った通りの場所に目立つホクロがあったよ。顔も間違いなく多香子さんだった」

「お母様と何かお話したのかしら?」

「特にこれと言った話はしなかったけど、俺のことはわからないみたいだったね」

「お母様がアイちゃんを見たのは小学校が最後だものね。気が付かないのは当然ね」

「俺は多香子さんを知ってるからバレないかヒヤヒヤだった」

「そうでしょうね。でも助かったわ。お母様だと確認が出来たもの。このことは一度お母様とお話をさせてもらわないとね。一旦帰ってから今夜、時間いただけるかしら?」

「ん。かまわないよ。今度は車で行けば良いね」

「そうね。車を出してもらえると有り難いわ」


 帰りの電車でひなっちは多香子さんと会うことを決める。

 まだ、免許を持っていないから俺に頼るのは仕方ない。


「なら、このまま俺の家に来るか?そのほうが良いよね?」

「そうね。アイちゃんのお言葉に甘えさせてもらうわ」


 ふたりで家に帰ることにした。


 夜半──。

 俺は車で大学近くまで行く。

 路上に車を停めてひなっちが仕事帰りでくたびれた多香子さんを拾いに行った。

 多香子さんは着いて直ぐに見つかったのだけど、やはり派手な格好でわかりやすい。

 疲労の色が濃くやつれてるのか少しばかり老け込んだ顔が痛々しい。


「失礼します」


 ひなっちに似た声だけどしゃがれていて年季を感じさせる。

 多香子さんから先に車に入ってきた。


「どうぞ。あまり綺麗ではありませんが」


 俺の真後ろに多香子さんが座る。


「連れてきたわ。この辺で三人だけで入れそうなところに行きましょう」


 ひなっちが乗り込むと誰にも邪魔されたくないのか、三人だけで話せる場所に行きたいと来た。


「ああ、あそこのホテルが良いわ。電車から見えるあのホテル。行ってみたかったのよね」

「あ……。ああ、わかったよ。じゃあ、そこに行くよ……。良いの?」

「ええ、もちろん。良くってよ」


 俺は車を走らせた。

 ひなっちの言う通りの場所に向かって。



「ちょっと!あなた!今日、来てたわよね?」


 ひなっちが部屋を選んで代金を支払うと、三人でエレベーターに入った。

 そこで多香子さんが俺に気が付いたのだ。

 今日の一番最初だったからかもしれないけど。


「若くてイケメンだと思ってたの。陽那の知り合い?」

「今、話しても良いけど部屋に入ってからにしましょう」


 ほどなくエレベーターは最上階にとまった。

 ひなっちが取った部屋に入るとソファーにベッドにと座る。


「三人でも普通に入れるものなのね。追加料金は支払ったけれど」


 ベッドに腰を下ろしたひなっちが喋る。


「お母様。彼はアイちゃんよ。知ってるでしょう?」

四月朔日わたぬきのッ!」

「そう。紫雲和音。アイちゃんよ」

「なッ!あんた、今日ッ!!」


 多香子さんは狼狽える。


「狼狽えるのもわかるけれど、確かめたかったから私からお願いさせていただいたのよ」

「そんなことで!普通に声をかけてくれればいいじゃない?」

「今朝まではお母様かもしれないって思ってたの。だからアイちゃんに頼んでお母様を指名させてもらったのよ。そのお陰でお母様だって確証を得られたんだもの」

「あんた!自分の男にあんなことさせて──ッ!」

「お母様がお父様や祐希にしたことよりもずっとマシだと思うわ。それにアイちゃんは誰の男でもないし事前に言わなきゃいけない人たちには説明してあるから大丈夫よ」

「く───ッ!!」

「お母様。それよりもどうしてあんなお仕事をなさっているの?何か事情でもあるのかしら?」

「憎ったらしいッ!透と話してるみたいだわッ!」


 ひなっちは高圧的なのか、それとも多香子さんがひなっちを苦手としているのか、ひなっちの父親の名前を出して狼狽する。


「納得させるまで話さないと帰しくれないんでしょう?」


 多香子さんはそう言って、これまでの出来事を口にする。


 透さんと多香子さんは離婚した。

 三人の子どもを設けたはずの夫婦だが夫婦の子は二人。一人、末っ子の祐希くんは多香子さんの元カレで中学まで俺の同級生だった逢坂おうさかの伯父との間に出来た子どもだった。

 透さんは祐希くんがあまりにも自分に似ていないことから機を狙って毛髪などを採取し、DNA鑑定に出したのだ。

 それが離婚する二年前の話。

 多香子さんはどうも高を括っていたのか、離婚するんだからお金を貰える。そう思っていた。

 しかし、弁護士を使って訴訟を起こした透さん。多香子さんに四百万円、浮気相手に千五百万円と言う高額な賠償を求めた。

 理由は祐希くんの養育費である。DNA鑑定の結果を受けて親子関係を解消し浮気相手の認知下に置かれたことで透さんがこれまで負担してきた養育費等々を要求した形となる。

 で、裁判で争った結果、多香子さんには二百万円、間男には満額という厳しい判決になった。

 多香子さんは祐希くんと共に逢坂の家に身を寄せたが、彼の兄の汚職などの影響で手伝いをしたことから次々と犯罪行為が暴かれて現在は服役中。刑期は十年と非常に長い。ちなみに逢坂からの賠償金は早くに支払われたが多香子さんは未だに分割で支払いを続けている。

 逢坂の家から追い出された多香子さんは仕事につけずに息子をひとり育てるために風俗業に手を染めて何とか生活を維持してる。そういうレベルで暮らしているらしい。


「透が!もっと私の傍に居てくれたらッ!アイツが私の前に現れなければッ!!こんなことにはならなかったのに!」

「お父様はお母様や私たちのために働いていたのでしょう?それを私たち子どもが居るというのに私を幼稚園に預けているほんの数時間が空いてるからと男と逢瀬と言うのがそもそもの裏切りではなくて?お父様に対してもそうだけれど、私たちに対してもッ!」


 多香子さんはベッドの中央に座っている。ダンダンとベッドを叩き苛立ちを隠さない。そんな多香子さんを見るひなっちの目は色調が薄い。ひなっちは怒っていた。


「クソッ!マサが言い寄ってこなければッ!」


 多香子さんがマサと呼ぶのは情夫の逢坂正臣まさおみ


「でも、応じたのはお母様でしょう?」


 こういったやり取りが何度か続いた。

 要約すると、多香子さんは二人目の子どもの光輝くんが生まれてからとても忙しかった。

 ある日、偶然、まだ一歳にもならない光輝くんを連れて買い物に出ている時に元カレの男と再会したのだという。

 言い寄られて悪い気がしなかったからその日のうちに家に連れ込んで光輝くんが居るにも関わらずそういったことが始まったと多香子さんが言った。

 その後は常習的に不貞行為を重ね多香子さんが身籠ったのだとか。バレないために透さんとの行為も欠かさず、本当によくやる。

 言い訳ばかりで謝罪は一切ない。悪びれることだってないから、多香子さんにとって不貞行為そのものに反省はしていないんだということがわかる。

 女ってのは怖いな。俺は彼女たちの会話を聞いてそう思った。


「アンタだって女ならわかるでしょう?」

「わかるけど理解はできないし、する必要もないわ。だって、その末路がこれでしょう?」


 ひなっちは冷たい目線を多香子さんに向けたままだ。


「でもね。お父様とお母様を見て育った私は、結婚で約束されるものはないって知ったわ。こんな人生を台無しにしかねない結婚なんてしないで幸せに生きる方法なんていくらでもある。自由に誰かを愛して、自由に生きるために批判されてもなんてこと無い環境があれば良いのよね。それに近い環境が身近にあったから私は気が付いたわ。だから今の私はこう思うの。お母様は生き方もやり方も浅かったのだとね」


 ひなっちは自分を裏切られた言うのに最終的に多香子さん自身の行動そのものには失望しても否定をしなかった。

 ただ、ひなっちの高圧的な物言いに多香子さんは激昂するも必死に堪えていたのがわかる。


「クソが……ッ!」


 ボソッと汚い言葉を吐く多香子さん。実の娘だと言うのに。


「この状況で憎まれ口を叩かれるのは悪くないわね」


 多香子さんの声がひなっちの耳に届いていた。汚い言葉で怒るのかと思ってたら、ニンマリと口端を釣り上げて言葉を続ける。


「お父様の子では無いとは言え、祐希だって私にとっては異父弟おとうと。だからよろしく伝えておいてもらえるかしら?」


 ひなっちの言葉を聞いた多香子さんはギッと目に力を込めて睨みつけていた。



 朝方。まだ空が白み始めた頃。

 多香子さんを多香子さんの住まいに送り届けた。


「こんな地元の有力者に靡いて家を捨てた末路がこんなボロアパート住まいとはとんだ笑い草ね」

「うるさいッ!!」

「まあ、良いわ。卑しくて惨めなお母様、お元気で。また会う日を楽しみにしてますわ」

「私はアンタにはもう会いたくないわ!」

「そうだと良いわね」


 バタンと乱暴にドアを閉めて、多香子さんはアパートに帰って行った。

 多香子さんが家に入るのを見てから俺は車を走らせる。


「昨日から付き合ってくれてありがとう。助かったわ」

「いやあ、こっちこそ」

「まあ、徹夜でなんてあまりしないから疲れ果てたわ」

「そうだな。帰ったら俺は寝るよ」

「ご一緒するわよ」

「………どうぞお好きに」


 俺は車で家に帰った。

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陰キャでイジメられっ子の俺は美容師の母さんが店を開いたら人生が変わった件 ささくれ厨 @sabertiger

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