サトリノジャンケン

つくも せんぺい

パンの香りが君を笑顔にするから

 中学生の小遣いが月三千円なのは、普通だと友人は言う。

 けどそいつが裏で、私は一万だけど。と、考えていることを俺は知っている。

 まぁでも、夏には裏表なくジュースを奢ってくれるから、イイヤツだ。


 妖怪マンガやアニメが流行ってはいるけれど、チカラがあるからと言って、人生が劇的なんてことはない。

 サトリ。俺のこと。

 妖怪じゃない。が読めるだけ。それは人間として育った俺にとって、ただ気を遣う材料なだけだ。


 テスト?

 いや、マジメに授業聞いて復習したら、聞こえてくる思考なんて、回答を惑わすだけの誤答の種。テスト中のクラスは、妖怪も逃げ出す恐ろしい怨嗟で満ちている。もっと勉強しろと言いたい。


 スポーツ?

 いや、それは持つ者にチカラが授けられた時の話。ドッジボールで思考とほぼ同時に投げられるボールを避けるとか、バレーボールで空中でブロックをかわしてボールを打つとか、そんなのは二段ジャンプかテレポートができる超人にでも言ってくれ。

 体力一般平均男子にはムリ。


 人の姿は、世を忍ぶ仮の姿。その正体は……とか、言ってみたい。

 できるものなら。


「意味ねー」

「なにそれ。私に言ってんの?」

「いや、……お前にも言いたいけど」


 下校途中、イイヤツ兼小遣い一万大富豪の友人がこぼれた俺のグチに反応する。

 小学生からの付き合いで、ほぼ毎日登下校が一緒でよく遊びもするのに正体がバレないのは、俺が隠すのが上手いからか、こいつが何も考えていないからなのか。


「何? 文句があるならハッキリ言いなさいよ」

「え、いいの?」

「ダメ。すぐ泣いてアンタのママに言う」

「脅しか」


 何でもない話をしながらの帰り道、きっとサトリには恵まれているのだろう。たまたま出会い育った幼馴染が裏表のないヤツで、女子。見た目もまぁ、可愛い。はたから見ればこの上ない環境だ。

 しかしだよ、


「あんだけリサーチして、もう俺と下校だなんてこれ如何に?」


 こいつの想い人である先輩。その趣味や思考、行動をそれとなく伝えて、遭遇しやすくしてあげたり、話題をフォローしたりした。その甲斐あって、一緒に下校する日が続いていたはずなのだが。


「だって先輩、急につき合うとかは恥ずかしいから、もっとお互いを知っていこうって。だからお話しただけなのに、次の日ゴメンって」

「普通じゃね? 夜、電話で何話したん?」

「……むとう」

「無糖?」

「敬司。引退したじゃない? 好きだったんですよねって」

「……おん」


 無理でーす。近くに居れば阻止できましたが、電波上の心は読めないし、そもそもそんな話題を女子が脊椎反射みたいに初電話……かどうかは知らないが出すかな。


「問題です。先輩のは?」

「……華道です」

「正解。では夢は」

「獣医です」

「何で初手プロレスなん」

「私の好きなものも知ってもらわなきゃと。あと、医者に筋肉って良い話題かなって」

「半分正論だけども。獣医志望に人間の筋肉説くなよ。ちなみに何分くらい?」

「……先輩が寝るまで?」

「何それ怖っ」


 終了です。あんまり掘り返して落ちこまれても、対処も俺である。もういつものヤツに行こう。


「あーあ、残念でしたね。気晴らしにパン屋にすっか」

「アンタ小遣い大丈夫?」

「なんで負け確定で話すんだよ」

「一度くらい勝ってから言いなさいよ」


 帰り道にパン屋がある。そこでジャンケンで負けた方が奢るという話なだけだが、まぁ俺が勝つことはない。慰めのためだし。

 しかしサトリといえど、負けるためにはコツがある。


「チョキ出すから、たまには勝たせてくれてもいいぞ?」

「バカ言わないで」


 こうやって、勝負に思考を向けさせるのだ。

 そして前振りを長引かせずに始めて、思考を制限する。


「じゃん、けん」

「あ、ちょっと!」

「ほい」


 俺はパー、相手はチョキ。迷ったからあいこを狙っていた、というわけだ。


「ほい。じゃあ、俺がご馳走いたしましょう」

「え、待って。ホントに弱すぎない?」


 サラッと無視して、パン屋に入る。なぜパン屋かっていうと、この匂いと味で、アイツの機嫌が直るからだ。最近は値上がりで懐事情が厳しいけど。

 選ぶパンは、ハート形デニッシュ。高いから一つ買って出る。


「ごめん、値上がりで一個しか買えなかった」

「なら半分にして、帰りながら食べましょう」

「はい、失恋上等」


 俺はハートのパンを二つに割る。きれいに割れずに七三くらいに分かれたから、七を渡す。


「割れたハートとか、アンタじゃなかったら殴ってるわね」

「慰め役ですから」

「ありがたや。でもここのパン、先輩とよりアンタと食べる方が美味しいのよね」


 言葉と同じ思考が流れてくることが心地良い。

 七割のハート。それくらいはこいつに持っていかれているかも知れない。

 なぜ気づかないのかとすら思う。


「なぁ、心が読めたらとか思う?」

「? アンタの事くらい分かるわよ」


 自信満々の様子に、笑うしかない。

 ホント、サトリ……意味ねー。

 俺はそう実感しながら、機嫌を良くしてパンをかじる想い人を眺めるのだった。

 

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サトリノジャンケン つくも せんぺい @tukumo-senpei

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