第3話 毒牙

「―――どう?落ち着いた?」


「なんとか・・・」


モネは照れ臭そうに返事をした。目尻は赤く腫れ不揃いな呼吸はまだ治まりそうにない。人前で泣いたのはいつぶりだろう、モネはどこか懐かしく心地良い感覚に浸っていた。


二人は公園のブランコに腰を掛け、赤く染まる夕焼けを眺めながら暫し沈黙する。ブランコの軋む音、風で葉が擦れる音だけが公園に響き渡りまるで世界から隔絶されてるかのようだ。


いじめにあってからは1対1で喋る機会が極端に減った為無言の空間に緊張する。しかし痣を見られてしまった上心配をしてくれたエリカには事情を打ち明けたいという思いを抑えることができなかった。


全身が脈を打ち、震える身体を抓りながら毅然とした態度でエリカに話し始める。



「あ、あのさ。

 聞いて欲しいことがあるんだけど。」



エリカは私の目を見つめながら優しく微笑み、小さく頷いた。それからモネは母が家を出ていったこと、父が暴力を振るうようになったこと。家庭の状況を筒に隠さずエリカに話した。


「ごめん、こんな話されても困るよね。何となく言いたくなっただけだから気にしないで。」



「大丈夫、それと痣の事とか家庭の事は誰にも言わないから安心して。てか痣に関してはうち全然気づかなかったよ、よく今までクラスの子に気づかれなかったね!?」



「体育のある日とかはインナー着てくから更衣室で着替えても特に問題ないし。それに見えるところに傷はないから今までは何とか隠せてた。」



「確かに黒のインナー着てるの見たことあるー!だから気づかなかったのか...」



悪態をついた上、めんどくさい家庭事情を話したらせっかく話す事のできる友人ができたというのに離れていってしまうのではと恐れていたが、エリカの態度に安堵する。



「ね、良かったら今週末うちに遊びにこない?せっかく友達になったんだし!そしたらもーーっと仲良くなれるでしょ?」



「は!?私人んちに泊まったことないし...そもそもあんたとだって昨日喋り始めたばっかなのにまだ友達かも危うい奴が泊りに行くのもなんか変だろ...?」



モネはエリカの誘いに戸惑いながら彼女の表情を伺うと私を見つめながら喰い気味に話し始めた。



「じゃーいつになったら友達?時間が経ったら?秘密を話したら?それとも相手の事を全部知ることができたら仲良し?モネにとって仲良しって何?うちは時間じゃなくて心の距離だと思うな。モネはどう?」



エリカは先程と変わらぬ声色でモネに問いかける。しかし、その声とは裏腹に吸い込まれそうなほど不気味な瞳はモネの背筋を凍らせた。



「よく、、分からない。けど今はあんたの事そんな嫌いじゃない」



エリカはブランコから腰を上げ、私に振り返るとニカりと微笑んだ。



「よろしい、そしたら今週の土曜日にモネのお家まで迎えにいくから準備しといてよ。」



「お父さんが許してくれないよ...誘いは嬉しいけど。」



母が失踪して以降、父は友人と出かける事を許さなかった。モネがいなくなっては生活に困るのも理由の一つだが、一番の理由は家庭内暴力が世間に露呈するのを恐れているからだ。基本外出は学校以外許可制となっており、大人同伴や周りにいる可能性がある環境への外出は許可が下りない。また、学校でも人に見られぬよう念入りにモネを脅していた為、今までの結果から考えると遊びに行けない事は明白だった。


「なるほど...家事は全部モネがやってるんだ。で色々バレちゃうと困るからパパはソクバッキーになってるんだね。そしたら私に考えがあるから任せておいて!多分何とかなるし、他の事も片付くと思うよ。」



「何とかなるって...私はお父さんに口答えなんかできないし...泊り行っても良いかは聞いてみるけど、ダメだって言われたら行かないよ?」



「分かった分かった。お泊りの話、まだお父さんには言っちゃダメだからね!私が言ってーって言ったらお父さんに話してみて。」



「。。。」



根負けしモネはしぶしぶ了承してしまった。



「17時前だしもうそろそろ帰ろっか!パパ怒らないかな?」



「大丈夫だよ、私がヘマしなかったら基本的には怒ったり殴ったりはしてこないし。」



「わかった。じゃーまた明日ねー!」


エリカの駆ける姿を横目に私も歩き始める。会話の勢いで約束を取り付けられてしまったが、あの父が人の家に泊まりに行くのを許すはずがないと思う反面、一縷の望みを叶られるよう泊りに行くまでは最大限、父への奉仕に努めようと心に誓い駆け足で帰宅した。



ただいま、と声を上げたが父は外出しているようだった。父の靴がいない事を確認し胸をなでおろす。どうせならエリカともう少し話していたかったと心の中でぼやきながら床に荷物を下ろした。


父が帰る前に夕食の支度を済ませたものの、20時を過ぎても帰る気配はなかった。モネは父に怒られぬよう勘に触りそうな事をいつも以上にシミュレーションし出迎える準備を整えたがその日、父が帰ってくることはなかった。

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独を喰らわば花まで @serizawa_haru

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