第2話 雪溶け


「ただいま」


モネは古いボロアパートの扉を開け、靴を脱いでいると居間から太く芯のある声が家中に響く。


「放課後はすぐ帰れといつも言っているだろ。

 何度も同じことを言わせるな。」


私の父、坂井一作だ。父は三年前に会社の業績不振でリストラにあってから家族への態度が異常に悪くなり、ついには暴力を振るうようになった。父の標的になった母は暴力に耐えきれずある日突然姿を消した。今は父と私の2人で貯金を切り崩しながら生活をしている。


「お父さんごめんなさい、すぐ夕食の準備するから少しだけ待ってて。」


「酒が切れてたぞ。切らさないように買っておくよう俺言ったよな?おまえはバカか?」


一作は畳から体をお越すとモネを目掛けて足音を響かせながら近づく。彼の逞しいその腕はモネの髪を掴み、鳩尾や背中を殴打した。モネの体はいとも簡単に床に打ち付けられる。


「ごめんなさい、すぐ買ってくるね!」


モネは倒れた身体をすぐに起こし明るく元気に振る舞った。父の勘に触らぬよう細心の注意を払い近くの酒屋まで小走りで向かった。


「これも全部あいつ(母さん)のせいだ。あいつがいなくなったせいで私が標的になったんだ。」


モネは道中、姿を消した母に対し強く憎しみを覚えた。母がいなくなってからというものの、父の暴力はモネに向けられ逃げ場のない状況だった。何度も繰り返し痣ができたモネの身体は青黒く、毒に蝕まれた模様のように残り、叩かれた背中は鈍く痛む。


近所の酒屋で父の好きなビールを購入し即座に帰宅する。幸い、坂井家の住むアパートは寝室が2部屋ある物件だった為、夕食後は父が野球観戦で盛り上がってるうちに自室へと退散した。


こんな生活いつまで続くのだろう。モネはベッドに吸い寄せられるように倒れ込み、そのまま眠りについた。




翌朝、登校すると担任から職員室に呼び出された為モネは仕方なく担任の自席へ向かう。


「おまえの下駄箱が汚いとクラスからクレームが入った、1限の間に片付けておくように。先生もあまり言いたくないが、もう少しクラスに溶け込めるよう頑張らないと友達もできないぞ。


今回の件について誰がやったかはまだ分かっていないが、普段から高圧的な態度を取ってるからこう言う事態を招く事になる。愛想良く頼むぞ。まずは笑顔から!だ。」



「ーーはい。気をつけます。」


あぁ、こいつはきっとクラスの事で面倒事を起こされたくないし干渉もしたくないのだろう。自分の立場ばかり考えるこの教師も私の下駄箱を汚した奴らもみんな死んじゃえばいいのに。これも全部自分が招いた結果だと思うと私がいじめられるのも全てしょうがないことに思えた。


モネは1限開始のチャイムと同時に下駄箱の掃除に向かうと、彼女はまた現れた。


「片付けるの大変かとおもって手伝いに来た!

 ゴミ袋と雑巾も持ってきたよ!」


エリカはそれ以上は何も言わず黙々と掃除を始める。異臭を放つ残飯を次々とゴミ袋に放り込み、牛乳塗れの下駄箱は雑巾で手際よく拭いていく。


「これでよしっと...。臭いはちょっと残るけどとりあえずは綺麗になったね!外履きは水洗いだけして放課後にでもコインランドリーよって綺麗にしよ?」


私は、エリカの笑顔を見ると無性に腹が立ち

その場で声を荒げた。


「ねえ、私の手伝いして善人ぶりたいの?うちいい子ちゃんですよーアピール?ハハッ、馬鹿らしい。いじめられてる時は何するでもなく傍観してるくせにさ、正直あんたの行動全部が不愉快。」


「あははー....笑 ごめんね?余計なお世話だったよね。でも私も友達が大変そうだったから手伝いたいと思っただけだし、恩を売ろうだなんて思ってなかったから。勘違いさせちゃったならごめん。でも授業サボれたし坂井さんと話せる時間増えたしこれはこれでラッキー⭐︎だね!」


エリカはまた、昨日のようにニシシと笑いながら私を真っ直ぐに見つめてくる。


エリカの純粋な言動は自分の醜さwl思い知らされると同時に自分の愚かさを突きつけられるようで敵わなかった。掃除が終わり、教室に戻る直前一緒に帰ろうね、と小声で耳打ちされてしまったモネは無視をしづらくなり放課後、正門でエリカを待つ事にした。



「お!待っててくれたんだ〜!嬉しい!」


エリカは嬉しさの余りモネの背中に勢いよく抱きついた。


「ーーーっっっっ!!!!」


モネの身体に激痛が走る。痣は鈍く、身体を蝕むかのようにじんわりと痛みを広げた。モネは痛みに耐えきれずその場にしゃがみ込んでしまった。


「だ、大丈夫....!?どこか怪我してた...?

 無神経だったね、いきなり飛びついてごめん」


「いいよ。気にしないで」


モネは何事も無かったかのように歩き始めた。


「ねぇ、ちょっとついてきて。」


「ちょっ....!」


エリカはモネの手を優しく握り、帰り道にある公園の公衆トイレまで連れていった。


「背中見して。」


「なんであんたに私の身体見せなきゃ...っておい!!」


エリカはお構いなくモネ制服の袖を捲る。


「ーーー!!!!!」


エリカは絶句した。青あざは経験した事はあったがここまで痣が青黒くなっているのを見るのは初めてだったからだ。


「痛かったね...気づいてあげられなくてごめんね...」


エリカは涙しながら丁寧に優しく抱きしめた。

母が子をあやすようにモネの顔を自分の胸元へ抱き寄せる。


あぁ、目が、耳が熱い。全身が震える。

モネの中で堰き止めていた感情はエリカの温もりによって決壊した。


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